演劇や映画などは、表現したいテーマや制作側の想い、演者の個性など様々な要素が集まり一つの作品を作り上げています。多くの人に作品を紹介するため、ポスターやチラシのデザイン、CMなどの広告宣伝が行われますが、ここでどのようなアプローチをするかによって集客数にも大きく関わってきます。
ブラジルのデザイン事務所 Estúdio Lampejo は、広告デザインに幅広く携わっていますが、中でも映画や演劇・イベントやキャンペーンなどカルチャー/アートに関わる分野を得意としています。商品を売り込むのとは違い形を持たない作品のPRは、その表現の仕方によって大きく印象が左右されます。彼らがどのような方法でイメージを伝達していくのか、具体的なデザイン事例を見ながらご紹介いたします。 ※記事掲載はデザイナーの許諾を得ています。(Thank you, Estúdio Lampejo ! )
ぬくもりを感じる「手紙」をテーマにしたキャンペーンのブランディング事例
電子メールやSNSなどのデジタルコミュニケーションが主体となった今、改めて手書きの手紙の良さを再発見し、手紙を書くことを奨励するキャンペーン「Chá com Cartas」がブラジルで行われました。
このキャンペーンは、手書きで意思相通を図る「手紙」という文化が、社会生活や人間関係にどのような影響を与えるかというテーマに基づいており、それに付随するポスターやチラシ、ポストカードなどのデザインも「手作業」を重視した作りになっています。
はじめに考えられたのが、このキャンペーンのビジュアル・アイデンティティとなる切手のデザインです。
「Chá com Cartas」は、「紅茶と手紙」という意味。くつろぎを意味するティータイムと手紙を結びつけるキャンペーンタイトルです。切手のビジュアルは、まさに、そのイベントタイトルを視覚的要素で構成したデザイン。ティーカップとスタンプによく使われる波線をモチーフにシンプルで親しみやすいマークが制作されました。この切手をロゴマークとしキャンペーン全体のブランディングが構築されていきます。
続いて行われたのが、ポスターの制作です。キャンペーンタイトルが印刷されたポスターに、シルクスクリーンを使い、住宅地図や荷物の取り扱い表示、消印やエアメールのフレームなど、郵便に関わるモチーフが一版一版丁寧にプリントされていきます。
次の工程では、シルク印刷が終わったポスターにステッカーを貼っていきます。ロゴマークと配達する場所や日付などが入ったステッカーを大胆に配置することで、目を引くポスターのアクセントにしています。
次の工程では、ポスターに郵便に関連したスタンプを押し、デザイン全体のバランスを整えていきます。
縦横斜め、重ねて押すなど自由にレイアウトし、手作りの風合いをさらに加えていきます。
完成したポスターです。パソコンで制作するのが当たり前になったグラフィックデザインをあえて手作業で制作し、「ぬくもり」と「味」を表現しています。アナログでありながら洗練されたビジュアルに仕上げており、手書きの手紙を再評価するキャンペーンにぴったりのポスターデザインです。
先に制作されたポスターデザインをベースに、同じサイズのポスターを4色刷りのシルク印刷で制作しました。じつは、このポスター、ポスターそのものとして使用するのではなく、ポストカードとして使用するのが目的で制作されたもの。裏面に印刷を施し、ポスターを8枚に分割することで、ポストカードに生まれ変わります。
ディテールにこだわったポスターは、8分割してもその個性を失わず、どのパーツを見ても「Chá com Cartas」キャンペーンの一環だということがわかります。
偶然の美を切り取るマーブリングで制作されたポスターデザイン作例
18回目を迎えた「ベロ・オリゾンテ国際短編映画祭」。2500を超える世界中の映画の中から厳選された136作品が上映されるこの映画祭は、ブラジルでも重要な文化的祭典です。
今回の映画祭のビジュアルテーマは「予測不能」。ジャンルも国籍もバラバラの136本の映画。訪れる観客たちはその全てのラインナップを知る由もありません。映画祭で起きる出会いはまさに「予測不能」。未知なる映画との遭遇にぴったりのテーマです。
そのテーマをあらわすビジュアル制作に選ばれた方法が「マーブリング」。
マーブリングとは、水面に水よりも比重の軽い絵具を垂らし、できた模様を紙で染め取る技法です。風やペン先などで操りながらも、偶然できた模様をデザインにすることで、人の思惑や感性から一歩離れた幻想的なイメージを形にすることができます。
ポスター用に作られたマーブリングは、メタリックゴールドとブラックの2色で構成されています。
3種類のポスターがデザインされましたが、どれも同じインクを使ったマーブリングであるにも関わらず、それぞれがまったく違った表情を見せています。人物の顔に見えるものや、動物に見えるもの、地図のようなもの…。見る人によって姿を変え、正解も不正解もありません。その見方は、映画にも言えること。観る人によって感想や解釈は千差万別。作品から何を感じるかを委ねられる映画は、デザインやアートを鑑賞することとよく似ています。
どんなカテゴリーにも属さないこの不思議なポスターは、デザイン表現で映画の奥深さを語るポスターデザインと言えるのではないでしょうか。
一人三役の舞台を紹介するポスター&チラシデザイン作成例
一人の俳優が三役を演じる一人舞台「cachorro enterrado vivo」。カップルと一匹の犬が繰り広げる、人間の内面にある残酷さや非合理性を描いた舞台劇です。この作品の見所でもある、俳優の中に宿った複数の人格を表現するポスターやチラシがデザインされました。
青一色で刷られた男性の写真の上に重なるように印刷された犬の姿が印象的なポスター。二つの人格をだぶらせ一つの絵に仕上げています。犬が身を震わせる時のような表情をする男性の顔と、対照的に理知的な眼差しを持つ犬の顔。意味深な二つの表情が劇中のテーマをちらつかせます。
チラシのデザインは、ポスターと同じく男性と犬の顔をだぶらせていますが、先ほどのポスターとは違い、グラデーションの濃度に変化をつけています。顔の上半分は男性、下半分は犬の顔が強く出るように調整されています。 犬と人間が合わさったような顔は、人間の中の野蛮さをあらわす強いメッセージ性のあるビジュアルです。
両面印刷のチラシを封筒のような形に折りたたんだプログラムフライヤーです。折りたたむことで一直線上に並ぶタイトル文字。中を開くと、折り目に沿って文字や写真が配置されています。
動きのあるレイアウトが舞台の躍動感を感じさせ、劇中の雰囲気を表現しています。舞台にそれほど興味がなかったとしても、面白みのあるレイアウトが見る人の興味を引き、テキストに誘導されるよう仕掛けがなされているのではないでしょうか。
まとめ
表現したいものを実現するために様々な技法を駆使し形にしていく過程は、一般的なデザイナーとは一線を画す旺盛なチャレンジ精神を感じます。また、そのどれもが一定のクオリティを満たし、斬新かつスタイリッシュな出来栄えであることに更に驚かされます。
グラフィックデザインと言えば、「机に座りパソコンに向かってする仕事」という固定概念を覆し、アーティストのように色々な道具を操って作品を生み出す仕事ぶりは、デザインは机の上だけに存在するものではないということを再確認させてくれます。 本来自由であるべき発想に、知らず知らずにブレーキをかけてしまう。そんな自覚のある人は、彼らのデザインを見習い「作りたいものを作る」という原点に立ち返って、デザインの方法論から考えてみるのもいいのではないでしょうか。
design : Estúdio Lampejo ( Brazil )
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