イタリアと聞くとどのようなイメージをお持ちでしょうか。デザインの分野に限って言うと、高級車やファッションブランドなどを思い浮かべる人が多いかもしれません。「イタリア製」と聞くだけで、高級品のイメージがあり、デザインもハイソなものを想像しますが、イタリアのグラフィックデザインはクラシックなものからカジュアルなものまで、実に自由で多様。
今回は、イタリアで支持を集めるグラフィックデザイン事務所 Studio Mut をご紹介します。彼らのプロジェクトは、強いインパクトを与えるパワフルさを持ちながらも計算された美しさも持つクレバーなデザインが特徴的。ハッとするようなアイディアと目を引くカラーリングで見る人の心を掴みます。どのようなデザインがイタリアで評価されているのか、彼らの作品を見ていきましょう。 ※記事掲載はデザイナーの許諾を得ています。(Thank you, Studio Mut ! )
3年連続でアートディレクションを担当した、サマーフェスティバルのポスター・パンフレットデザイン
イタリアのトリエステで行われた3ヵ月に渡って開催されるサマーフェスティバル「Torieste Estate」。アートショーを軸にし、コンサートや映画、演劇などがトリエステの各所で行われました。このサマーフェスティバルのアートディレクションを任されたのがMut Studio。初開催となる2015年から2017年まで3回に渡り担当しています。
夏のモチーフで大きくわかりやすく表現した2015年のアートワーク
記念すべき最初の「Torieste Estate」の年となった2015年。夏に開催されるロングスパンのイベントであることから、イタリアの「夏」に意識を向けたデザインが考えられました。
デザインコンセプトの中心に据えたのは「真夏の太陽」。ポスターの紙面、左右いっぱいに描かれた黄色の太陽は、空の存在すら薄く感じさせるほどの大きなインパクトを与えます。この太陽のデザインをシンボルに3パターンのポスターがデザインされました。
一つめは、太陽とスイカのパターン。大きな太陽の下、ポスターの1/3ほどのスペースにジューシーなスイカの断面が描かれています。
単にスイカの断面といっても、イラストレーションという明快なものではなく、形と配色でスイカと認識させるデザインと呼ぶのが相応しいもの。イラストを抽象化して太陽のデザインと対等になるようバランスをとっています。
2つめのパターンは、太陽と真っ赤なドリンクが注がれた「グラス」をデザインしたものです。一つめと太陽の位置や大きさは変わらず、下段のデザインだけが変わっているのですが、グラスの大きく手前に引いた位置関係のせいで、スイカのパターンの時とは見せ方が大きく変わっています。
面白いのは、グラスを描いたデザインながら、グラス自体は「フチ」しか描かれていないこと。注がれたドリンクとストローの存在が、そこにグラスがあることを教えてくれます。また、光の屈折を大げさに表現したストローの存在がデザインに動きを与え、太陽に大胆にかぶさることで、他のパターンと大きく見え方を変えるアクセントになっています。
3つめは、「浮き輪」をモチーフに加えたパターンです。太陽の下におもむろにあらわれた水平線。それを覗き込むように配置された浮き輪。ポスターの中にある3つの円が視覚的な面白さを作り出しています。
ポスターデザインを表紙にしたパンフレットが作られ、中面のカラーもポスターの配色を基準にしてシンプルに見やすくデザインされています。
太陽とストライプで夏を表現した2016年のアートワーク
2015年に続き、2016年もアートワークを担当することになったStudio Mut。2015年のデザインへの反響がとても大きく好評であっただけに2年目のデザインには頭を悩ませたといいます。
2015年のデザインを考案した際、Studio Mutは採用した案の他にも、いくつもスケッチ画を描いていました。当初はそのスケッチ画から発展させ2016年度版を作ろうという意見もありましたが、ともすれば昨年の反復になりかねないその方法に、彼らは違和感を覚えました。好評を得たデザイン方法を繰り返し使うことは間違いではありませんが、そこに大きな成長は見込めません。
色々と試行錯誤した結果、昨年使用した大きな太陽はこのイベントのアイデンティティとして残し、夏を感じさせるモチーフとして「ストライプ」を取り入れることにしました。ストライプは、浜辺で見かけるパラソルやビーチタオルを想起させ、抽象的ながらビーチにそよぐ夏の風をイメージさせます。
デザインされた3つのパターンは、実際にストライプの紙を切り取りスキャニングし、太陽のシンボルデザインの上に重ねて、色のコントラストや配置について納得がいくまでシュミレーションされました。
そして、2015年同様、ポスターのデザインを表紙にしたパンフレットが制作されています。
太陽を絶妙なグラデーションで表現した2017年のアートワーク
2015、2016年に続き3年目の「Torieste Estate」。イベントのアイデンティティである太陽をこれまでとは違った角度からアプローチして表現し、今までとは一味違うデザインで仕上げています。
カラーリングと太陽の配置で、これまでのデザインにはなかった時間の概念と太陽の表情を表現しています。
グラデーションのかけ方が絶妙で、まるで布地に施したタイダイ染めのように広がる色の動きに、奥行きの深い闇と眩い光の包容力を感じます。
パンフレットのデザインも、前年度同様にポスターのデザインを転用し制作されています。今回は、グラデーションを生かした作りになっており、紙面のアクセントとして随所に太陽を用いています。
「原石」を示唆するアートフェスのポスター・チラシデザイン
イタリアの北部で1年に一度行われるアートフェスティバルのポスターです。この風変りなフェスティバルは、市街地から離れた郊外にある古い発電所を拠点に、巨大な劇場やステージを舞台にして新たな芸術やパフォーマンスが繰り広げられます。
チラシの表面には、ポスターのデザインと同様の石。石から光のように漏れるゴールドのラインが外に向かって伸びています。背景に書かれている「MOTHER LODE」という言葉は、日本語で「鉱脈」のような意味合いを持っています。
それらを総括して考えると、石はあらゆる才能や可能性の「原石」をあらわし、まさに、今、その姿をあらわそうとしている場面ととれるのではないでしょうか。
チラシデザインの裏面にはイベントスケジュールが掲載されています。そして、中央に書かれたキャッチコピー「THINGS DO NOT HAPPEN THINGS ARE MADE TO HAPPEN」の文字が大きな存在感を放っています。直訳すると、「物事は起こらない。物事は起こすもの。」という意味合いでしょうか。何かが起こるこのイベントへの期待感を最大限に煽る、シンプルながらストレートで重みのあるメッセージです。
ポスターやチラシと同じデザインテイストで制作されたブックレットです。ブラック・ゴールド・ホワイトの3色を使い、アートイベントらしい抽象的なイメージを用い、美しくレイアウトされています。
まとめ
サマーフェスティバルの3連作、そして斬新なアートイベントの広告。これらはStudio Mutのプロジェクトのほんの一部ではありますが、とても見応えのあるものでした。同じイベントのデザインでも、アイデンティティは共有しつつ見せ方の方向性を変え年々変化と成長を遂げていくプロジェクトの形は、現状に甘んじない仕事への強いこだわりを感じます。
イタリアは、プロダクトデザインだけではなくグラフィックデザインにも秀でた国。イタリア人が持つ高い美的センスに適うデザインスキルと、柔軟な発想力を兼ね備えたMut Studioが国内に広く受け入れられているのは当然といえるのではないでしょうか。
design : Studio Mut ( Italy )
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