エストニアのフリーランスデザイナー Anton Burmistrov 氏はかつてロンドンの大手広告代理店に勤め、幅広いメディアの仕事で経験を積んできた実力派。彼と仕事をするクライアントは、日本企業のPanasonicをはじめ、Red BullやP&G、メルセデスベンツ、NIKEなど聞き覚えのある大手企業がずらり。作品の多くは数々の書籍やwebサイトで紹介されており、世界各地で彼の作品を見ることが出来ます。
デザイナーを天職と称する彼の作品は、実に表現の幅が広く、加えて物事を捉える視点がとてもユニーク。デザインに偏りがなく、どの作品も丁寧に作り込まれているのが印象的です。世界を股にかけ活躍する彼の作品から、今回は、個人向けのものやイベントなどに向けて制作されたプロジェクトをご紹介します。 ※記事掲載はデザイナーの許諾を得ています。(Thank you, Anton! )
繊細なイラストで描くカバーデザインとポスター
ロシアの文化誌「ПЛУГ」の「デモクラシー(民主主義)」をテーマにした表紙カバーデザインです。一つの大陸の中に1本の梯子のような道が敷かれ、下から上に行くに従い戦争や奴隷制度が蔓延る文化圏から、快適で豊かな暮らしへと風景が変わっていきます。これは、現代の民主主義と資本主義の流れを象徴したイラストレーションで、ほのぼのとしたタッチとは裏腹に、戦争で動く資本や搾取で成り立つ世界の姿をイラストであらわした風刺画です。
風景の一つひとつの要素が細かく描き入れられ、まるで絵本のような出来栄えです。殺伐とした世界の構造を淡々とフラットなイラストであらわすことで、逆に世界の構図を誰にでもわかりやすく表現しています。
遺伝子疾患に関する支援ポスター&Tシャツデザイン
欧米諸国に多くの罹患者がいる遺伝子疾患「嚢胞性線維症」の人々を支援するポスターとTシャツのデザインです。人の横顔を模した陸地のイラストに、伸びやかに広がる道のように描かれた「Body Mind&Spirit」の文字。呼吸器疾患を引き起こすこの難病は、ウォーキングやランニングなどのリハビリテーションを必要としています。自然の中で、体と心、魂を解放し病と向き合っていこうというメッセージがこのデザインに込められています。
エストニアで行われているアート&ミュージックイベントのポスターシリーズ
エストニアで定期的に行われているアート&ミュージックイベント「Sputnik」。Sputnikはロシアで打ち上げられた、人類初の無人人工衛星の名前。イベントのロゴマークのシンボルになっているオブジェクトも空に飛び立つ衛星をモチーフにしています。Anton Burmistrov氏は、このイベントのデザインを数多く手掛けており、様々なバリエーションのポスターを制作しています。
年輪とレコード盤をモチーフにした屋外イベントのポスター
通常、屋内で行われることの多いこのイベントですが、「INTO THE GREEN」と題されたこの回は野外ライブ形式での開催。様々なジャンルの音楽をオープンエアでプレイすることから、レコード盤を樹木の年輪に見立ててメインビジュアルにしています。
実際に年輪レコードが回る動画も作成されており、レコードとは一味違う強弱のある線や不規則な間隔が自然の構造物であることを感じさせ、ユニークでやさしい印象を与えます。
3つの都市の頭文字を組み合わせたモノグラムデザイン
サンクトペテルブルク、モスクワ、タリンの3つの都市から招かれたバンドが出演するイベントのポスターです。組み合させているのは、それぞれの都市の頭文字「П」「М」「Т」の3つの文字。立体的に描かれ、まるで鉄格子のような重みのある質感が印象的です。
点描画で描く小さな「Sputnik」
「Sputnik Café」と題されたこのイベントは、従来のSputnikよりも規模が小さく、出演者数も少ないコンパクトな音楽イベント。そのサイズ感をあらわすため、指先でイベントのシンボルオブジェクトを摘み上げるイラストが描かれました。点描画で描くことで、より対象に迫る、クローズアップされた印象をあらわしています。
バナナ×電池の奇想天外な組み合わせのポスターデザイン
「Electro Reede」 =「機械仕掛けの金曜日」 と訳される週末のイベントです。上記と同じく「Sputnik Café」のイベントの一つで、エレクトリックミュージックに特化したパーティーのようです。なぜ、バナナと電池なのか、その理由は定かではありませんが、とにかくインパクトの強いビジュアルのポスターデザインです。中差色素配色を利用した、爽やかながら互いを際立たせるカラーリングがPOPな印象を色濃く演出します。
雑誌の3周年を祝うコラボレーションポスター制作例
ロシアの文化誌「ПЛУГ」の創刊3周年を記念して開かれる、イベント用のポスターデザインです。2種類とも誕生日などのモチーフとしてよく使われる「ケーキ」と「風船」をベースに、Sputnikの衛生のデザインを絡めつつ、シンプルながらおめでたい雰囲気を表現しています。実写を使ったデザインがこれまでのポスターと異なり、新鮮な印象を与えます。
パンクバンドの無実を訴えるキャンペーンポスター
2012年モスクワの救世主ハリストス大聖堂でゲリラライブを行い逮捕された、ロシアの女性パンクバンドPussy Riot。彼女たちは裁判で実刑判決を言い渡されました。この事件に強い違和感を覚えたAnton Burmistrov氏は彼女たちの無実を訴えるポスターを制作し、世の中に疑問を投げかけました。彼の伝えたかったことは、「音楽は犯罪ではない」ということ。表現の自由に警笛を鳴らすこのポスターは、刑務所を思わす鉄線や鉄格子、黒く塗られたドラムスティックをモチーフに「When did punk rock become a prison sentence?(パンクロックはいつから獄刑になったのか)」と問いかけます。
紙幣をデザインし貼り付けた風変りなポスターとCDジャケットデザイン
このCDのアルバムタイトルは、「Talented Poor People(貧しくも才能のある人たち)」。5ポンド紙幣をモデリングし、ミュージシャンの顔を当てはめた新たな紙幣を精密にデザインしています。そして、その紙幣を使い貼り絵のようにコラージュし、また一つのアーティストの姿を描き出しています。
知名度も資産もないが、才能溢れるアーティストをバックアップするこのCDアルバム。ここから生み出されていく金銭的な価値の集積と音楽の世界でも蔓延る資本主義への皮肉を、このアートワークは表現しようとしています。
まとめ
今回ご紹介したのは、Anton Burmistrov氏のプロジェクトの中でも、規模は小さいながら個人的な思い入れの強い作品を中心に取り上げました。大きなプロジェクトでは、なかなか見ることのできない作り手の思いや感性が反映されており、本来の彼の思想や個性が垣間見られるデザインが多かったように思います。
デザイナーという仕事は、クライアントから発注されてデザインを起こしていくのが常ですが、時には、自分の思想や伝えたいことをカタチにすることも必要なのかもしれません。自身の内側から溢れる思いをデザインに反映することで、また一つ表現の幅が広がるのではないでしょうか。
design : Anton Burmistrov ( Estonia )
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