国際的なレベルでデジタル化が各方面で推進される現在、各種カタログが電子カタログに変わりつつある様に、デザインの分野でも今までの紙媒体中心だったものからデジタル化したものが増えてきています。ポスターやチラシもその影響を顕著に受けているもののひとつ。紙媒体のポスターやチラチに替わり、モニター上に表示されるバナー広告や、街中で大きなスクリーンに映し出されるデジタル広告はもはや一般的になってきています。
表示と通信にデジタル技術を活用し、平面ディスプレイやプロジェクターなどを使って映像・文字を表示するデジタルサイネージに置き変わりつつある印刷物のデジタル化動向は、これから益々加速すると考えられています。
とは言え、紙媒体の ポスター・チラシは情報伝達のアイテムとしてまだまだ主流です。インターネットの活用はどこからでも興味があればアクセスできる利便性を持つ反面、基本的には自分の意思でそのサイトを訪問しないと見ることができません。また、インターネットを積極的に利用されない方もまだ多くいらっしゃるのも現状です。
このような状況の中、紙媒体にもデジタル媒体にも通用するデザインを創り上げられる資質が、現代のグラフィックデザイナーに求められています。今回は、デジタルアートやモーショングラフィックスを取り入れながらオリジナル性に富むポスターやチラシをデザインしている Serafim Mendes 氏の制作例をご紹介します。※記事掲載はデザイナーの許諾を得ています。(Thank you, Serafim! )
Serafim Mendes氏はポルトガル共和国の北部の湾岸都市、ポルトを拠点とするグラフィックデザイナーです。ポルト県にある芸術大学Escola Superior De Artes E Design (ESAD)で修士課程のコミュニケーションデザインを専攻しながら、フリーランスデザイナーとして活動しています。チラシ/ポスターやブランディングデザインに加え、3Dグラフィックスやエディトリアルデザインを得意とする新進デザイナーです。
野外フェスを彩るカラフル&幾何学的なグラフィックデザイン
まずは、彼の代表作とも言える『Natural Highs Festival 2017』のデザインを見てみましょう。
『Natural Highs Festival 2017』は、2017年の9月1日と2日に渡ってベルギー王国のアントワープ市で行われたエレクトロニックミュージック野外フェスティバルです。 このフェスティバルのキーワードは、「二日間自然に戻って、最も魅力的な電子音楽を楽しもう」。Mendes氏はフェスティバル全般のアートワークを担当しました。
最初に行ったのが、ビジュアルとしてのアイデンティティー形成です。フェスティバルのキーワード「電子音楽と自然」に沿って彼が考えたアイデアは、電子音楽を幾何学的要素で表現することに加え、イベントが開催される場所に繁殖している植物・生物やその他有機的な自然要素を視覚的なモチーフとして盛り込むことだったそうです。
ビジュアルイメージのキーポイントとなるのは、「Natural Highs」の頭文字「N」と「H」をアイソメトリックに立体的に表したフェスティバルのロゴマーク。
このロゴを中心に、同じアイソメトリックの視点から見たバリエーション豊富な幾何学形態や各種植栽などのモチーフがふんだんに追加され、フェスティバルのビジュアルイメージが決定されました。
カラーリングには赤・紫・黄・緑の四色を基本としています。これだけの複数色が使われているのに関わらず、全体的に一体感のあるテイストとなっているのは、使用カラーの各彩度・明度が共にバランスの取れたものであるためでしょう。
このビジュアルイメージは、フェスティバルのメインポスターやチラシ、WebサイトやFacebookのバナー・コンテンツ、ビデオクリップ、また実際のステージを構成する横断幕など、『Natural Highs Festival 2017』の全てのビジュアル要素に展開し、一貫としたブランディングを形成しています。
シンプルなエレメント群で構成されたこのビジュアルアートワークは、紙媒体にしてもデジタル媒体にしても一度見たら記憶に残りやすく、ブランディングデザインの良い例と言えるでしょう。
面白いギミックが隠されたアートフェアのポスターデザイン
次のデザイン制作例は、ポルトガル共和国の北部、ヴィアナ・ド・カステロで行なわれたアートフェア『Sargaçodarte』です。
『Sargaçodarte』は、ポルトガルの新進アーティストのプロモーションを目的とするアートフェアです。グラフィックデザインやジュエリーデザイン、音楽に絵画・彫刻と、幅広い分野での創作活動を展示・ワークショップ・講演等が行われるフェアで、Mendes氏は2017年の10月に行われた第3回目のこのフェアのメインポスターデザインとアニメーションを担当しました。
まずはポスターデザインを見てみましょう。 バリエーションに富んだアーティストの競演フェアということで、それを示唆する多数の造形モチーフで構成されていますね。三次元空間の中に所狭しと配置されたこのモチーフは、フェア参加の各アーティストを表現しています。
こちらのデザインも前述の『Natural Highs Festival 2017』同様、数多くのエレメントがありながらも一体感を保っているのはカラーリングの仕方にあります。青色・水色・ピンク色等をトーンを揃えつつ組み合わせているため、統率されたカラーコンビネーションとなっています。この巧みなカラーリングは、柔らかくおしゃれな雰囲気を全体に醸し出しながら、形態の異なる数々の造形モチーフで構成された一枚の絵という様相を創り上げています。
この紙媒体のポスターに加え、従来の静止画像のグラフィックデザインに動きや音を加えたモーショングラフィックスを使ったアニメーションポスターも制作されました。 こちらは、音響デザインを担当したKevin Pires氏のサウンドと共に、それぞれの造形モチーフが回転や上下左右の移動をするものです。 このアニメーションポスターは、スマートフォンやタブレットでも見ることが出来、まさにデジタルとペーパーデザインの両方での活用を可能としたデザインです。
幾何学模様で美しく構成された、ある書籍に関するグラフィックデザイン
最後は、Mendes 氏が手掛けたポスター・エディトリアルデザイン『Invisible Cities』です。 表題の「Invisible Cities(目に見えない都市)」 は、Italo Calvino著の1972年に出版された書籍で、有名なヴェネチア出身のトラベラー”マルコ・ポーロ”とモンゴル帝国の皇帝”クビライ”の二人の会話を通して、幻想的な都市についての55の記述で構成されています。Mendes 氏は、彼なりの解釈でこの本の記述を視覚的に表現することを目的としたポスターのデザインに取り組みました。
Mendes 氏が挙げたデザインコンセプトは、「見えない都市を見せてしまうことなく、視覚的に表現する」こと。このコンセプトに沿って、オリジナル書籍の記述にあるそれぞれの都市は、読む人や見る人に自由な想像や解釈を促すために、幾何学的な表現を用いて描くこととなりました。
「CITIES&MEMORY(都市&記憶)」「CITIES&DESIRE(都市&願望)」「CITIES&SIGNS(都市&サイン)」など、55の都市を11のカテゴリーに分け、各カテゴリーには全カテゴリーに共通する白と黒を加えた三つの異なる色のカラーパレットを設定。
それぞれの都市は、相当するカテゴリーで設定されたカラーパレットを使って、16×16のグリッドのマスを塗りつぶすことで表現されています。
全ての都市とその都市が属するカテゴリーのリスト表は、記述がなされる「Chapter(章)」も表し、表自体がチェス盤のパターンにも見えますね。皇帝クビライはチェスの名人であったとオリジナル書籍の中で語られていることより、今プロジェクトの中にオリジナル書籍を隠喩させるアイテムとして「チェス」を何かの形で取り入れたかった、とMendes 氏は述べています。
出来上がったポスターデザインを見てみましょう。各都市のイラストレーションがオリジナル書籍と同じ順序で表示されています。それぞれの都市の記述の内容を視覚的に表現した方法とも言えます。 また下部には書籍タイトルとキャプションが明記されています。
ポスターの補足として、背後にある概念から塗り分けられた各都市のイラストレーションの考え方や、成り立ちを記したプロジェクトの説明書も作られました。表紙のデザインには上記のリスト表で用いた「チェス盤」のパターンが採用されています。
一般的に、紙は読む媒体であり、デジタルは(モニター越しに)見る媒体であるため、それぞれの見せ方やデザインの仕方には格別な配慮が必要です。 シンプルなモチーフの設定と的確なカラーリングを施し、媒体を選ぶことのないデザインを創る Serafim Mendes 氏の手法は、 双方を意識したグラフィックデザインの参考となるのではないでしょうか。
design : Serafim Mendes ( Portugal )
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