謄写版とは?
謄写版は、日本では「ガリ版」とも呼ばれます。世代によっては、こちらの方が親しみのあるひとが多いかもしれません。米国の発明王トーマス・エジソン(Thomas Edison)が19世紀後半に考案した仕組みがもとになっています。エジソンの特許に基づいて、シカゴのA. B. Dick社が「Mimeograph(ミメオグラフ)」という名前で1887年に製品化しました。日本でも同様の機構を持つ製品が「謄写版」の名前で発売されます。現代の複写機(コピー機)の元祖といえる機器です。
謄写版は本格的な印刷に比べて安価で使いやすく、学校のプリントや社内の資料から、文芸誌や政治活動まで社会のさまざまなシーンで広く利用されました。活用の仕方は現代のコピー機に近いといえるでしょう。実際、英語では「ステンシル複写機(stencil duplicator)」とも呼ばれます。また、Mimeographは商標でしたが、のちには普通名詞化し、謄写版全般が「mimeograph」または縮めて「mimeo(ミメオ)」と呼ばれるようになりました。
謄写版の印刷の原理
表面にロウを塗った「原紙」に、文字や画像を直接描いて版とします。描画した部分はロウが削られます。原紙をメッシュのシートに重ねて、印刷用紙の上に置き、その上からローラーなどでインクを塗ると、ロウが削られた箇所だけインクが押し出されて印刷されるという仕組みです。
原紙への描画には鉄筆が使われます。ヤスリ盤の上に原紙を置き、鉄筆を強く押しつけるように線を引くと、ヤスリによって細かい孔があき、そこをインクが通り抜けます。ヤスリの上で鉄筆を動かすときの音から、日本では「ガリ版」と呼ばれるようになりました。
謄写版は孔版(こうはん)という手法を利用して印刷します。印刷方式は、凸版(とっぱん)、凹版(おうはん)、平版(へいはん)、孔版の4つの種類に大きく分けられます。孔版は簡易な方式ですが、大量印刷に向きません。そのため、孔版印刷以外を印刷の三大方式とすることが一般的です。
輪転謄写機と製版法の進化
世界で初めてA. B. Dick社が発売した商品は、発明者にちなんで「Edison-Mimeograph(エジソン=ミメオグラフ)」という名前でした。これは、謄写器、鉄筆、ヤスリ盤、原紙、修正液、インク、ローラーなど一式が木箱におさめられていました。謄写器は平らで、ローラーを手で動かしてインクをつけます。
その後、原紙とスクリーンを取り付けたドラムを回転させて印刷する輪転謄写機が登場しました。その後、電動輪転謄写機が開発されるなど、様々なメーカーが競うなかで進化していきました。
製版するときは、日本ではもっぱら鉄筆を使って手書きしましたが、欧米では文字原稿はタイプライターを使っておこなうのが一般的でした。鉄筆のかわりにボールペンが使えるボールペン原紙や、普通の紙に鉛筆やペンで書いた原稿や印刷物を電気的に原紙に複製する電子謄写製版機なども開発されます。謄写版は、1980年代に複写機が登場するまで広く利用されました。
Mimeographから謄写版へ
万国博覧会を視察する目的で1893年にシカゴを訪れた堀井新治郎は、A. B. Dick社のMimeographに出会います。手軽な印刷技術の必要性を感じていた堀井は、帰国するとMimeographを手本にして、日本の事情に合う印刷器具を作成しました。
1894年に「謄写版」の名前で発表し、翌年には特許を取得します。特許権、意匠権、商標権などに関するパリ条約に、日本がまだ加盟していなかったのでこれが可能でした。
ミメオ革命とガリ版文化
謄写版は、原紙とインク、謄写機と印刷用紙があれば、特別な知識やスキルが不要な印刷手段です。
米国では1960年代から70年代にかけて、謄写版を使った文芸出版が盛んにおこなわれました。「ミメオ革命(Mimeo Revolution)」と呼ばれています。既存の社会のシステムや規範にとらわれず、自由にアート表現をおこないたい若い作家やアーティストにとって、自前で印刷できる謄写版は強い味方でした。
日本でも、学校のプリントや問題用紙、文集づくり以外にも、映画や演劇の台本、同人誌、歌集、楽譜、学生運動のビラなどで活躍しました。謄写版は、さまざまなシーンで情報の共有、伝達を可能にした身近なメディアでした。
「デジタル印刷機」は進化したガリ版
謄写版をデジタル化した「デジタル印刷機」が1980年代なかばに登場しました。製版の段階を省略して、デジタルデータからダイレクトに印刷をおこなう印刷方式を「デジタル印刷」といいますが、ここで紹介する「デジタル印刷機」は、それとは別のものです。
デジタル印刷機では原稿をスキャナで読み取って製版します。内蔵されたドラムを使ってインクでイメージを転写します。機器の外観は複写機(コピー機)に似ていますが、版を作ってインクで高速に何枚も複製する「印刷機」です。
【参考資料】
・Mimeograph – Wikipedia (https://en.m.wikipedia.org/wiki/Mimeograph)
・Mimeograph | printing technology | Britannica (https://www.britannica.com/technology/mimeograph)
・謄写版 – Wikipedia (https://ja.wikipedia.org/wiki/謄写版)
印刷(印刷機)の歴史
木版印刷 200年〜
文字や絵などを1枚の木の板に彫り込んで作った版で同じ図柄を何枚も複製する手法を「木版印刷」(もくはんいんさつ)といいます。もっとも古くから人類が利用してきた印刷方法です。
活版印刷 1040年〜
ハンコのように文字や記号を彫り込んだ部品を「活字」(かつじ)を組み合わせて版を作り、そこにインクをつけて印刷する手法を「活版印刷」(かっぱんいんさつ)といいます。活字の出っ張った部分にインクを付けて文字を紙に転写するので、活版印刷は凸版(とっぱん)印刷に分類されます。
プレス印刷 1440年〜
活字に油性インクを塗り、印刷機を使って紙や羊皮紙に文字を写すという形式の活版印刷が、ヨハネス・グーテンベルク(Johannes Gutengerg)によって初めて実用化されました。印刷機は「プレス印刷機」と呼ばれ、現在の商業印刷や出版物に使われている印刷機と原理は変わりません。
エッチング 1515年〜
「エッチング」は銅などの金属板に傷をつけてイメージを描き、そこへインクを詰め込んで紙に転写する技法です。くぼんだ部分がイメージとして印刷されるので凹版(おうはん)印刷に分類されます。
メゾチント 1642年〜
銅版画の一種である「メゾチント」は階調表現にすぐれています。銅板の表面に傷をつけてインクを詰め込み、それを紙に転写します。くぼんだ部分のインクが印刷されるので凹版印刷に分類されます。
アクアチント 1772年〜
「アクアチント」は銅版画のひとつの技法で、水彩画のように「面」で濃淡を表現できることが大きな特徴です。表面を酸で腐食させてできた凹みにインクを詰めて、それが紙に転写されるので、凹版印刷に分類されます。
リトグラフ 1796年〜
「リトグラフ」は水と油の反発を利用してイメージを印刷する方式です。凹凸を利用してインキを載せるのではなく、化学反応によってインキを付ける部分を決めます。版には石灰岩のブロックが使われたので「石版印刷」(せきばんいんさつ)ともいわれます。版面がフラットなので平版(へいはん)に分類されます。
クロモリトグラフ 1837年〜
「クロモリトグラフ」は、石版印刷「リトグラフ」を改良・発展させたカラー印刷技法です。カラーリトグラフと呼ばれることもあります。
輪転印刷 1843年〜
「輪転印刷機」(りんてんいんさつき)は、円筒形のドラムを回転させながら印刷する機械です。大きなドラムに版を湾曲させて取り付けます。ドラムを高速で回転させながら、版につけたインクを紙に転写することで、短時間に大量の印刷が可能です。
ヘクトグラフ 1860年〜
「ヘクトグラフ」は、平版印刷の一種で、ゼラチンを利用した方式です。ゼラチン版、ゼラチン複写機、ゼリーグラフと呼ばれることもあります。明治から昭和初期まで官公庁や教育機関、企業内で比較的部数の少ない内部文書の複製用に使われました。
オフセット印刷 1875年〜
「オフセット印刷」とは、現在の印刷方式の中で最もポピュラーに利用されている平版印刷の一種です。主に、書籍印刷、商業印刷、美術印刷など幅広いジャンルで使用されており、世界中で供給されている商業印刷機の多くを占めています。
インクジェット印刷 1950年〜
「インクジェット印刷」は、液体インクをとても細かい滴にして用紙などの対象物に吹きつける印刷方式です。「非接触」というのがひとつの特徴で、食用色素を使った可食インクをつめたフードプリンター等にも利用されています。
レーザー印刷 1969年〜
「レーザー印刷」は、コンビニエンスストアや職場で身近なレーザー複写機やレーザープリンターに採用されている印刷技術です。現在では、レーザーの代わりにLEDも多く使われています。1980年代中ごろに登場したDTP(デスクトップパブリッシング)で重要な役割をはたしました。
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