
クロモリトグラフとは?
クロモリトグラフ(chromolithography)は、1796年にドイツ人アロイス・ゼネフェルダー(Alois Senefelder)が生み出した石版印刷「リトグラフ(lithography)」を改良・発展させたカラー印刷技法です。カラーリトグラフ(color lithography)と呼ばれることもあります。
1860年代に商業印刷技術として広く使われるようになり、書籍や雑誌などの出版物、ポスター、広告、製品ラベルなどさまざまなカラーの印刷物がリトグラフによって大量に提供されるようになりました。

“Love or Duty”, a chromolithograph by Gabriele Castagnola, 1873
19世紀末から20世紀初頭は、多色刷りリトグラフによって新しい美術様式のポスターが盛んに制作されたため「ポスターの黄金時代」と言われています。
クロモリトグラフは「オレオグラフ(Oleograph)」と呼ばれることもありますが、この場合は主に商業印刷を意味し、美術版画としての多色刷りリトグラフは含まれません。
クロモリトグラフは1830年代に実現し1860年代に普及
ドイツで発明されたリトグラフは、水と油の反発を利用して、版面の凹凸ではなく化学変化によってインキをつける部分をコントロールする印刷技法です。画像再現性にすぐれたこの革新的な技術はすぐに欧州各国に広まり、各地でリトグラフによるカラー印刷が試みられました。
フランスのGodefroy Englemannや英国のThomas Shotter Boysなどが1830年代に複数の石版を使った多色刷りのカラーリトグラフを印刷しています。ひとつの画像を完成させるために30枚の石版を使うこともありました。
20世紀初頭にクロモリトグラフで刷られたある葉巻のラベルの色校正紙には、色版の見当を合わせるためのトンボと色見本があります。それは現在Adobe Illustratorで出力される入稿データとほとんど同じであることに驚きます。ただ、網点による掛け合わせの技術が生まれる前ですので、CMYKではなく、10色以上の特色で印刷するようなかたちになります。
「色数の制限」が、当時のポスターの強い色彩設計を支えていた
クロモリトグラフは色ごとに石版を準備して重ね刷りする技術なので、色数を増やすほど工程が長くなり、コストも上がります。30枚もの石版を使うこともあった、と書かれていますが、商業印刷の場面では現実的に色数を絞る必要がありました。
この「制限」が、結果的に強い色彩設計を生む土壌になっています。当時のポスターをよく見ると、限られた色数で構成されているものが多く、それぞれの色を最大限に引き立てる配置や面の取り方が徹底されています。色を増やせないという前提が、デザイナーに「どの色を残すか」を真剣に考えさせていたわけです。
現代のデジタル制作では、色は実質無制限に使えます。それゆえに、つい色数が増えて全体のバランスが崩れることもあります。当時の作品を眺めていると、「使う色を決めてから引き算する」という、今でも通用する構成の作法が見えてきます。
ポスターの黄金時代到来
クロモリトグラフの出現によって大量のカラー印刷が可能になりました。とくに商業印刷の分野ではポスターが盛んに作られるようになり、新しい表現が試みられました。このため19世紀後半は「ポスターの黄金時代」といわれます。
ジュール・シェレ(Jules Chéret)

1858年にジャック・オッフェンバック( Jacques Offenbach)のオペレッタ『地獄のオルフェ』のポスターをデザインしたジュール・シェレ(Jules Chéret)は「近代ポスターの父」と呼ばれています。自由で躍動感にあふれた女性をビジュアルの中心に置き、印象的なレタリングをあしらった明るいデザインのポスターは人気を博しました。
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック(Henri de Toulouse-Lautrec)

また、1880年代からパリのモンマルトルに住み、キャバレーで働く人々や客たちの姿をリトグラフに写し取っていたアンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック(Henri de Toulouse-Lautrec)もキャバレー「ムーラン・ルージュ」のポスター(1891年)で一躍脚光を浴びます。30,000部ものポスターがパリ中に貼られましたが、壁からはがして持ち帰る者も出るほどの人気でした。
アルフォンス・ミュシャ(Alfons Mucha)

また、チェコ出身のアルフォンス・ミュシャ(Alfons Mucha)も1894年に制作した芝居『ジスモンダ(Gismonda)』用のポスターが大評判となりました。ロートレックとともに「ポスターの黄金時代」を築き、またアール・ヌーヴォーを象徴する作家にも数えられています。
100年以上前のポスターが、いまも古く感じられない理由
シェレやロートレック、ミュシャの作品は、1890年代の制作とは思えないほど、現代の目で見ても違和感なく入ってきます。理由はいくつかありますが、印刷技術の特性が生んだスタイルの「平面性」が大きい、という点は押さえておきたいところです。
リトグラフは石版にインクを定着させて刷る性質上、写真のような連続階調よりも、輪郭線と平塗りの面で構成するほうが安定してきれいに刷れます。当時のポスター作家たちは、この特性に合わせて「線で形を取り、面で色を置く」表現を磨いていきました。アール・ヌーヴォーの様式は、その延長線上にあります。
平面で構成された絵は、時代を象徴する写実描写よりも陳腐化しにくい、という特徴があります。同時代の写実絵画より、こうした商業ポスターのほうが現代のグラフィック表現と地続きに感じられるのは、技術の制約が生んだ平面性が、結果的に時代を超える耐久性につながっているからだと思います。
モノクロ写真をカラーで印刷するフォトクローム
スイス人Hans Jakob Schmid(ハンス・ヤコブ・シュミット)が1880年代に発明した技術に「フォトクローム(Photochrom)」があります。これは感光剤を塗布したリトグラフ用の版に写真のモノクロネガフィルムの像を焼き付けて、写真を印刷する方法です。

A photochrom of Belgian milk peddlers with a dogcart, c. 1890–1900.
モノクロ写真の像を版面に焼き付ける際に、完成イメージをどのように彩色するかを決めて、焼き付ける場所や強さを調整します。使用するインキの数だけ版を作り分け、さまざまな色のインキで重ね刷りすることでカラー写真ができあがります。10色から15色で印刷するのが一般的で、最小でも6色刷りでした。
米国では、民間出版会社がハガキを制作することが1898年に認められると、フォトクローム印刷による街並みや建物、風景などの絵葉書が大流行しました。
19世紀はリトグラフの時代
1865年に英国でさらなる大量印刷を求めて、蒸気機関のリトグラフ印刷機が生み出されます。
また、1870年代には同じく英国でオフセットリトグラフが考案されました。19世紀にリトグラフは商業印刷と芸術作品の両方で大いに隆盛を誇りました。
その後の写真製版やオフセット印刷にとって代わられると商業印刷の手段としての役割は終わり、現代ではリトグラフは、もっぱら芸術としての版画作品の制作に利用されています。パブロ・ピカソ、マウリッツ・コルネリス・エッシャー、ジョアン・ミロなどもリトグラフ版画作品を残しました。
古い印刷技術の知識は、いまの制作の引き出しになる
クロモリトグラフはオフセット印刷に取って代わられ、芸術版画の領域以外ではほとんど使われない技術になりました。ただ、表現の参考としての価値はいまも残っています。
たとえば、印刷時のわずかなズレや色の重なりが生む「版ずれ」のニュアンスは、現代のデジタル印刷でもあえて再現しようとされることがあります。レトロ感のあるパッケージや書籍カバーで「クロモリトグラフ風」が選ばれるのは、当時の制約から生まれた独特の質感が、ノスタルジー以上の魅力として残っているからだと思います。
過去の技術を知ると、何を「古さ」と感じて、何が「時代を超えて残る要素」なのかが見えやすくなります。新しい技法を追うのと並行して、過去の様式を観察してみると、現役の仕事にも応用できる発見があったりします。
【参考資料】
・Chromolithography – Wikipedia(https://en.wikipedia.org/wiki/Chromolithography)
・Lithography | printing | Britannica(https://www.britannica.com/technology/lithography)
・Oleograph | printing | Britannica(https://www.britannica.com/technology/oleograph)
・Photochrom – Wikipedia(https://en.wikipedia.org/wiki/Photochrom)
・Jules Chéret | French artist | Britannica(https://www.britannica.com/biography/Jules-Cheret)
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