木版印刷とは?
文字や絵などを1枚の木の板に彫り込んで作った版で同じ図柄を何枚も複製する手法を「木版印刷」(もくはんいんさつ)といいます。
小学校の図画工作の授業の木版画と原理は同じです。もっとも古くから人類が利用してきた印刷方法で、はじめて木版印刷がおこなわれたのは中国です。朝鮮半島や日本など東アジアで広くおこなわれてきました。中国や朝鮮半島、ヨーロッパで活字による活版印刷(かっぱんいんさつ)が普及するようになってからも、日本では19世紀末まで木版印刷が主流でした。
日本では木版印刷による浮世絵が江戸時代に完成され、ヨーロッパの人々を魅了しました。
小学校の木版画の原理
小学校高学年を日本の学校で過ごした人のほとんどが図工の授業で経験した木版画と「木版印刷」(もくはんいんさつ)は同じ原理です。木版画は木の板を彫刻刀で彫ります。絵や文字を描き終えたら、板の表面にインクを塗ります。その上から紙をのせ、紙の裏からバレンでこすってインクを紙に写すことで絵や文字が印刷されるしくみです。
木版印刷も同様に、木の板や塊の印刷に不要な部分を彫り下げ、必要な部分にインクをつけて、紙や布などに印刷する技術です。出っ張っている部分で描画するので凸版印刷方式に含まれます。
また、版面と印刷された像は鏡のように左右が反転します。紙に印刷する文字や絵などのコンテンツをすべて1枚の木版に彫り込むのが特徴で、このように1枚の版にまとめる手法またはその版自体を「整版」(せいはん)といいます。
木版印刷は最も古い印刷技術
木版印刷は人類の歴史でもっとも古くから利用されてきた方式です。現存するもっとも古い印刷物は中国の漢の時代(紀元前206年~紀元220年)に3色の花を木版印刷したシルクの布です。また、現物は残されていませんが、史料の記述から中国ではすでに6世紀から7世紀には紙への印刷がおこなわれていたと考えられています。
・『百万塔陀羅尼』/ ReijiYamashina777 (CC BY-SA 4.0)
現存する世界最古の紙への印刷物は、日本で奈良時代(8世紀)に作られた『百万塔陀羅尼』(ひゃくまんとうだらに)で、木版印刷とされています。
・『金剛般若経』-868年
中国西部の敦煌(とんこう)で発見された『金剛般若経』は唐の時代868年に印刷され得た経典と仏教画の書物で、出版年が明記された完全な木版印刷物としては世界最古のものです。
印刷技術は10世紀から13世紀に中国で発展し、宋の時代には印刷業も発達しました。同時期に朝鮮半島の高麗でも木版による経典の印刷が盛んにおこなわれました。
日本では19世紀末まで木版印刷が主流
日本では16世紀末にヨーロッパ人や朝鮮半島から活字を使った「活版印刷」が伝わりました。
しかしあまり普及せず、日本の印刷手法の主流は木版印刷でした。19世紀末までそれが続きます。活字が定着しなかった理由としては、文字が漢字かな混じりであったため活字化の労力が大きすぎた、ひらがなは文字がつながった草書体が好まれたので活字化が難しかった…などが考えられています。
また、「読み・書き・そろばん」を子供に教える文化があったため江戸時代から日本の識字率は高く、庶民も広く読書を楽しんでいましたが、人気のあった『好色一代男』『南総里見八犬伝』『東海道中膝栗毛』といった書物は、文字と絵を一緒に彫れる木版印刷の方が製作も保管にも都合がよかったのです。
江戸時代に完成した「浮世絵」
日本の木版印刷は「浮世絵」として芸術的発展を見ました。現代のポスターやブロマイドのような「美人画」や「役者絵」、あるいは報道写真のような情報メディア、各地の名勝を紹介する観光パンフレットなどのようにさまざまな形で楽しまれました。
どちらかというと現代の書籍や雑誌のような印刷メディアとしての意味合いが大きく、1枚1枚シリアルナンバーがふられるようなアート版画作品の扱いではありませんでした。そのため日本ではあまり大切に保管されず、この時代に輸出された漆器や陶磁器の包み紙として、失敗したり古くなった浮世絵が使われていたのです。その美しさがヨーロッパ人の目にとまり、モネやゴッホなど印象派の画家に大きな影響をおよぼしました。
・浮世絵(木版画)の印刷、製造風景 – 歌川国貞 (1857)
浮世絵の魅力のひとつは色彩鮮やかな多色摺(ず)りです。色ごと彫られたいくつもの版の位置を正確に揃えるための技術が「見当」(けんとう)です。これにより色ズレのない多色印刷が可能になりました。
「見当」は現代の印刷用語としても残っています。また、一般的に使われている「見当はずれ」「見当違い」も浮世絵由来の表現です。
ヨーロッパの「木版本」
中国の木版印刷技術は13世紀にヨーロッパに伝わり、14世紀末までには布に印刷する技術として広まりました。15世紀には宗教画や教会の免罪符、トランプカードの印刷に木版印刷が広く利用されました。
15世紀の中頃、グーテンベルクの活版印刷術が発明されると、高価な活版印刷による本の低価格版として、木版印刷の「木版本」(block-book)が登場します。文字と絵を彫り込んだ1つの版で1ページまたは2ページ分の内容を紙の片面に印刷しました。
宗教的な内容の書物が多く、『人類救済の鑑 』( Speculum Humanae Salvationis)や『往生術』(Ars moriendi)などが有名です。木版本は15世紀末まで作られました。
挿絵として発展した「小口木版」
18世紀後半に「木口木版」(wood engraving)という手法が英国で開発され、欧州諸国に広がりました。木材を輪切りにした切り口、つまり小口(こぐち)を版面にした木版印刷の手法です。堅い木材を版木とし、銅版画と同様にビュランと呼ばれる鋭い彫刻刀を使います。精密で緻密な表現が可能で、書籍の挿絵として利用されました。
・トーマス・ビューイック(Thomas Bewick)-History of British Birds の挿絵
写真製版が登場して以降はアート表現のひとつの手法となっています。トーマス・ビューイック(Thomas Bewick)、ポール・ギュスターヴ・ドレ(Paul Gustave Doré)などが代表的な挿絵や版画の作家です。小口木版は主にヨーロッパで用いられていたので「西洋木版」(せいようもくはん)と呼ばれることもあります。
【参考資料】
・Woodblock printing – Wikipedia(https://en.wikipedia.org/wiki/Woodblock_printing)
・Block book – Wikipedia(https://en.wikipedia.org/wiki/Block_book)
・Wood engraving | Britannica.com(https://www.britannica.com/art/wood-engraving)
・Wood engraving – Wikipedia(https://en.wikipedia.org/wiki/Wood_engraving)
・木版印刷 – Wikipedia(https://ja.wikipedia.org/wiki/木版印刷)
・ぷりんとぴあ | 第8話 江戸時代の文化と栄華を支えた木版印刷 | 日本印刷産業連合会(https://www.jfpi.or.jp/printpia/topics_detail21/id=3565)
・日本の木版印刷・木版画の歴史 -発展期を迎えた江戸時代- | 木版印刷・伝統木版画工房 竹笹堂(http://www.takezasa.co.jp/mokuhan/mokuhan02_2.html)
・武蔵野美術大学 造形ファイル | 武蔵野美術大学による、美術とデザインの「素材・道具・技法」に関する情報提供サイト(http://zokeifile.musabi.ac.jp/)
印刷(印刷機)の歴史
木版印刷 200年〜
文字や絵などを1枚の木の板に彫り込んで作った版で同じ図柄を何枚も複製する手法を「木版印刷」(もくはんいんさつ)といいます。もっとも古くから人類が利用してきた印刷方法です。
活版印刷 1040年〜
ハンコのように文字や記号を彫り込んだ部品を「活字」(かつじ)を組み合わせて版を作り、そこにインクをつけて印刷する手法を「活版印刷」(かっぱんいんさつ)といいます。活字の出っ張った部分にインクを付けて文字を紙に転写するので、活版印刷は凸版(とっぱん)印刷に分類されます。
プレス印刷 1440年〜
活字に油性インクを塗り、印刷機を使って紙や羊皮紙に文字を写すという形式の活版印刷が、ヨハネス・グーテンベルク(Johannes Gutengerg)によって初めて実用化されました。印刷機は「プレス印刷機」と呼ばれ、現在の商業印刷や出版物に使われている印刷機と原理は変わりません。
エッチング 1515年〜
「エッチング」は銅などの金属板に傷をつけてイメージを描き、そこへインクを詰め込んで紙に転写する技法です。くぼんだ部分がイメージとして印刷されるので凹版(おうはん)印刷に分類されます。
メゾチント 1642年〜
銅版画の一種である「メゾチント」は階調表現にすぐれています。銅板の表面に傷をつけてインクを詰め込み、それを紙に転写します。くぼんだ部分のインクが印刷されるので凹版印刷に分類されます。
アクアチント 1772年〜
「アクアチント」は銅版画のひとつの技法で、水彩画のように「面」で濃淡を表現できることが大きな特徴です。表面を酸で腐食させてできた凹みにインクを詰めて、それが紙に転写されるので、凹版印刷に分類されます。
リトグラフ 1796年〜
「リトグラフ」は水と油の反発を利用してイメージを印刷する方式です。凹凸を利用してインキを載せるのではなく、化学反応によってインキを付ける部分を決めます。版には石灰岩のブロックが使われたので「石版印刷」(せきばんいんさつ)ともいわれます。版面がフラットなので平版(へいはん)に分類されます。
クロモリトグラフ 1837年〜
「クロモリトグラフ」は、石版印刷「リトグラフ」を改良・発展させたカラー印刷技法です。カラーリトグラフと呼ばれることもあります。
輪転印刷 1843年〜
「輪転印刷機」(りんてんいんさつき)は、円筒形のドラムを回転させながら印刷する機械です。大きなドラムに版を湾曲させて取り付けます。ドラムを高速で回転させながら、版につけたインクを紙に転写することで、短時間に大量の印刷が可能です。
ヘクトグラフ 1860年〜
「ヘクトグラフ」は、平版印刷の一種で、ゼラチンを利用した方式です。ゼラチン版、ゼラチン複写機、ゼリーグラフと呼ばれることもあります。明治から昭和初期まで官公庁や教育機関、企業内で比較的部数の少ない内部文書の複製用に使われました。
オフセット印刷 1875年〜
「オフセット印刷」とは、現在の印刷方式の中で最もポピュラーに利用されている平版印刷の一種です。主に、書籍印刷、商業印刷、美術印刷など幅広いジャンルで使用されており、世界中で供給されている商業印刷機の多くを占めています。
インクジェット印刷 1950年〜
「インクジェット印刷」は、液体インクをとても細かい滴にして用紙などの対象物に吹きつける印刷方式です。「非接触」というのがひとつの特徴で、食用色素を使った可食インクをつめたフードプリンター等にも利用されています。
レーザー印刷 1969年〜
「レーザー印刷」は、コンビニエンスストアや職場で身近なレーザー複写機やレーザープリンターに採用されている印刷技術です。現在では、レーザーの代わりにLEDも多く使われています。1980年代中ごろに登場したDTP(デスクトップパブリッシング)で重要な役割をはたしました。
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