自動鋳植機とは?
自動鋳植機(じどうちゅうしょくき)とは、活版印刷の工程の一部を自動化した機械です。19世紀末から20世紀初頭に実用化されました。活字の鋳造(ちゅうぞう)と植字(しょくじ)の両方を同時におこなえるため、活字組版(くみはん)のスピードを飛躍的に向上し、新聞・雑誌などの発展におおいに貢献しました。自動鋳植機には、1文字ずつ鋳造していくモノタイプ、1行分をまとめて鋳造するライノタイプ、などいくつかの種類があります。
・シカゴ・デフェンダー紙、ライノタイプオペレーターの列 (1941年)
活版印刷と活字鋳造
活字を組み合わせて作った版で印刷する方式を活版(かっぱん)印刷といいます。活版印刷はルネサンス期に、ヨハネス・グーテンベルク(Johannes Gutenberg)が発明したと言われています。グーテンベルクの発明の画期的な点は、プレス印刷機、油性インク、活字といった技術を組み合わせて、大量印刷を可能にしたことです。
このうち、活字の鋳造方法の発明もグーテンベルクの功績です。文字の母型(ぼけい)に、溶かした鉛合金を流し入れて活字を鋳造することで、金属活字を短時間に量産できるようになりました。
植字とは
活字や図版、写真などを組み合わせて、印刷するための版をつくる作業を「組版」といいます。組版をおこなうためには、まず、活字棚から原稿にもとづいて活字を集めていきます。この工程を「文選(ぶんせん)」といいます。そして、集められたた活字を、ひとつずつ並べてレイアウトしていく作業が「植字」です。いずれも熟練した職工でなければ難しい仕事でした。
自動鋳植機が登場する前の組版
グーテンベルクの印刷技術が発明されて以来、活字鋳造も植字もひとの手でおこなわれてきました。とりわけ、印刷する文章どおりに文字をすべて拾い集めて、組み合わせていく植字は、文選とともに、たいへんな時間と労力、そして高度なスキルが必要な作業です。
たとえば「Easy come, easy go」というごく短い文を活字で印刷する場合を例にします。活字は1文字ずつの金属のハンコのようなものですから、大文字「E」を1個、小文字「a」を2個、小文字「e」を2個、「s」を2個 …… と印刷する文字、さらには、コンマやスペースもすべて必要な数だけの活字を集めて、正しく並べる(組む)必要があるのです。
活字の準備も、現代のようにデジタルフォントをインストールするだけというわけにはいきません。デジタルデータのように、拡大縮小、変形が自由におこなえないので、アルファベット大文字・小文字や数字、記号に、イタリックやボールド、合字などを加えた活字のセットを、いくつかの文字の大きさ(ポイント)で揃えておかなくてはいけません。また、同じ文字がひとつのページで何個も出てきますので、それぞれ同じ活字を複数個準備しておく必要があります。複数の異なる書体(タイプフェイス)を使ってデザインする場合は、書体ごとにそういった活字のセットが必要です。
活字を保存するスペース、必要な文字をピックアップする作業、活字組版(植字)といった作業が、とてもたいへんなことは想像できると思います。
活字鋳造と植字を自動化した自動植字機
自動鋳植機は、活字鋳造、文選、植字の工程を劇的に効率化しました。
自動鋳植機には3つの機能があります。キーボードなどで使う文字を集める、選ばれた文字を鋳造して活字を作る、鋳造された活字を組み合わせる、という働きを自動でおこないます。それぞれ熟練工がおこなっていた、文選、鋳造、植字(組版)に相当します。自動鋳植機では、人が行なっていた工程とは文選と鋳造の順番が逆になります。
自動鋳植機には、鋳造のための母型が一式セットされています。キーボードで原稿の文字を打ち込んでいくと、その順番で母型が選ばれていきます。その母型を使って、熱く溶けた鉛合金から活字が鋳造されます。すぐに冷やされた活字は、キーボードで指定した順番どおりに並べられ、組版がおこなわれます。この一連の工程を自動的におこなうのが自動鋳植機です。複数の職工が分担していた別々の作業を、機械に向かって座るひとりのキーボード操作によって行えるようになりました。
1行分の活字をまとめて鋳造するライノタイプ
ドイツで生まれ米国に移住したオットマール・マーゲンターラー(Ottmar Mergenthaler)が発明し、1884年に特許を取得した自動鋳植機がライノタイプです。活字1文字ずつではなく、あらかじめ設定した長さの1行分をまとめて活字に鋳造する点がライノタイプの特徴です。1行の活字という意味の「line o’ type(= line of type)」という表現からライノタイプ「Linotype」と名付けられました。この画期的な発明によって、マーゲンターラーは「第2のグーテンベルク」と呼ばれることもあるようです。
ライノタイプ機の上部には母型格納庫があります。タイプライターのようなキーボードで文章を打ち込むと、文字の母型が格納庫からスライドに沿って落ちてきます。単語の間には、スペースバンド(spaceband)とよばれる部品が挿入されることで1行が両端揃えになります。1行分の母型が整うと、それに基づいて1行分の文字がまとめて鋳造されます。1行分の活字の連なり(金属の塊)は「スラッグ (slug)」といいます。キーボードで原稿の打ち込みを続けると、1行分の活字が次々に並べられ、特定のブロック分の版が組みあがります。鋳造に使われた母型も自動的に格納庫の所定の位置に戻されるという仕組みになっていました。
紙面のレイアウトに合わせて、ブロックを組み込んでいって、紙面全体の版ができあがります。特別な書体を使ったり、文字詰めが必要な見出しなどは、従来どおり手作業で組んだ活字が使われました。
第1号機は1886年に『New York Tribune(ニューヨーク・トリビューン)』紙に納入されました。労力、効率、そしてコスト的にも劇的に改善されたことから、新聞業界を始め、書籍の印刷用に広く普及します。欧米では、大量印刷のために中心的役割を果たしました。その後、1970年代から80年代にかけて写真植字機(写植機)や電算写植機が登場すると、主役の座をゆずることになります。
自動演奏ピアノに着想を得たモノタイプ
オルゴールの仕組みはご存知でしょうか。小さなピンがたくさんついた金属の筒(シリンダー)を回転させると、音程の異なる金属の小さな板を弾いてメロディを奏でます。19世紀中頃に登場した自動演奏ピアノの中に、金属のピンではなく、巻き紙に穴をあけて、どの鍵盤の音を鳴らすかをコントロールする機構のものがありました。モノタイプ(Monotype)を発明した米国人トルバート・ランストン(Tolbert Lanston)は、これに着想を得たといわれています。
モノタイプは、モノタイプキーボードとモノタイプキャスターの2つの機械で構成されます。モノタイプキーボードは、文字を打ち込んで、紙のリボンに穴をあけていきます。モノタイプキャスターは活字鋳造機です。穴のあいたリボン(さん孔テープ)をキャスターにセットすると、リボンの穴を読み取って、母型から活字を鋳造し、植字まで自動でおこないます。ランストンは、1885年にモノタイプキーボードの特許をとり、改良を重ねて1897年に製品化しました。のちには、リボンの情報を通信で送って遠隔地のキャスターで鋳造、植字することも可能となりました。
文字単位で修正や調整が可能なので、細かな文字詰めや、自然科学系の数式などの文字組みにも対応していました。そのため、書籍やパンフレットなどで活躍しました。
邦文モノタイプ
日本では、邦文タイプライター(和文タイプライター)を発明した杉本京太が、1920年に邦文モノタイプ(和文モノタイプ)を発明し、製造を開始しましたが、あまり普及しませんでした。第二次世界大戦後に邦文モノタイプの開発が始まりました。1950年代にはいると新聞社が導入を開始します。同じころ写真植字機(写植)も登場します。自動鋳植機は「ホットタイプ」、写真植字機は「コールドタイプ」と呼ばれました。
活版印刷は、数はきわめて少ないとはいえ、名刺やカード、アート作品づくりの用途にいまでも利用されていますが、自動鋳植機はほとんど使われていません。現在の活版印刷では、活字をひとつひとつ拾い、手作業によって版が組まれています。
ライノタイプ社とモノタイプ社の現在
自動鋳植機は知らなくても、フォントベンダーとしてのライノタイプ社とモノタイプ社ならわかるというひとも多いでしょう。自動鋳植機が活躍の場を失ってからも、書体を提供し続けてきました。
ライノタイプ社からは、Frutiger、Neue Helvetica、Univers Next、Optima nova、モノタイプ社からは、Gill Sans、Times New Roman、Arial、Century Gothicなどが生み出されました。
長年ライバル関係にあった両社ですが、2006年の合併によって、現在では、ライノタイプ社(Linotype GmbH)はモノタイプ社(Monotype Imaging Holdings Inc.)の子会社となっています。
【参考資料】
・Hot metal typesetting (https://en.wikipedia.org/wiki/Hot_metal_typesetting)
・Typesetting machine | printing | Britannica (https://www.britannica.com/technology/typesetting-machine)
・Linotype machine – Wikipedia (https://en.wikipedia.org/wiki/Linotype_machine)
・Linotype.com – Company (https://www.linotype.com/10/company.html)
・Ottmar Mergenthaler | American inventor | Britannica (https://www.britannica.com/biography/Ottmar-Mergenthaler)
・Font & Technology Specialists | Monotype (https://www.monotype.com/)
・Monotype system – Wikipedia (https://en.wikipedia.org/wiki/Monotype_system)
・欧文活字組版の機械化-印刷100年の変革 (https://www.jagat.or.jp/past_archives/story/4155.html)
・3.自動鋳植機を理解する | JAGAT (https://www.jagat.or.jp/archives/15055)
印刷(印刷機)の歴史
木版印刷 200年〜
文字や絵などを1枚の木の板に彫り込んで作った版で同じ図柄を何枚も複製する手法を「木版印刷」(もくはんいんさつ)といいます。もっとも古くから人類が利用してきた印刷方法です。
活版印刷 1040年〜
ハンコのように文字や記号を彫り込んだ部品を「活字」(かつじ)を組み合わせて版を作り、そこにインクをつけて印刷する手法を「活版印刷」(かっぱんいんさつ)といいます。活字の出っ張った部分にインクを付けて文字を紙に転写するので、活版印刷は凸版(とっぱん)印刷に分類されます。
プレス印刷 1440年〜
活字に油性インクを塗り、印刷機を使って紙や羊皮紙に文字を写すという形式の活版印刷が、ヨハネス・グーテンベルク(Johannes Gutengerg)によって初めて実用化されました。印刷機は「プレス印刷機」と呼ばれ、現在の商業印刷や出版物に使われている印刷機と原理は変わりません。
エッチング 1515年〜
「エッチング」は銅などの金属板に傷をつけてイメージを描き、そこへインクを詰め込んで紙に転写する技法です。くぼんだ部分がイメージとして印刷されるので凹版(おうはん)印刷に分類されます。
メゾチント 1642年〜
銅版画の一種である「メゾチント」は階調表現にすぐれています。銅板の表面に傷をつけてインクを詰め込み、それを紙に転写します。くぼんだ部分のインクが印刷されるので凹版印刷に分類されます。
アクアチント 1772年〜
「アクアチント」は銅版画のひとつの技法で、水彩画のように「面」で濃淡を表現できることが大きな特徴です。表面を酸で腐食させてできた凹みにインクを詰めて、それが紙に転写されるので、凹版印刷に分類されます。
リトグラフ 1796年〜
「リトグラフ」は水と油の反発を利用してイメージを印刷する方式です。凹凸を利用してインキを載せるのではなく、化学反応によってインキを付ける部分を決めます。版には石灰岩のブロックが使われたので「石版印刷」(せきばんいんさつ)ともいわれます。版面がフラットなので平版(へいはん)に分類されます。
クロモリトグラフ 1837年〜
「クロモリトグラフ」は、石版印刷「リトグラフ」を改良・発展させたカラー印刷技法です。カラーリトグラフと呼ばれることもあります。
輪転印刷 1843年〜
「輪転印刷機」(りんてんいんさつき)は、円筒形のドラムを回転させながら印刷する機械です。大きなドラムに版を湾曲させて取り付けます。ドラムを高速で回転させながら、版につけたインクを紙に転写することで、短時間に大量の印刷が可能です。
ヘクトグラフ 1860年〜
「ヘクトグラフ」は、平版印刷の一種で、ゼラチンを利用した方式です。ゼラチン版、ゼラチン複写機、ゼリーグラフと呼ばれることもあります。明治から昭和初期まで官公庁や教育機関、企業内で比較的部数の少ない内部文書の複製用に使われました。
オフセット印刷 1875年〜
「オフセット印刷」とは、現在の印刷方式の中で最もポピュラーに利用されている平版印刷の一種です。主に、書籍印刷、商業印刷、美術印刷など幅広いジャンルで使用されており、世界中で供給されている商業印刷機の多くを占めています。
インクジェット印刷 1950年〜
「インクジェット印刷」は、液体インクをとても細かい滴にして用紙などの対象物に吹きつける印刷方式です。「非接触」というのがひとつの特徴で、食用色素を使った可食インクをつめたフードプリンター等にも利用されています。
レーザー印刷 1969年〜
「レーザー印刷」は、コンビニエンスストアや職場で身近なレーザー複写機やレーザープリンターに採用されている印刷技術です。現在では、レーザーの代わりにLEDも多く使われています。1980年代中ごろに登場したDTP(デスクトップパブリッシング)で重要な役割をはたしました。
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