アジアで初めて、同性カップルの結婚が実現した台湾。家族の定義がますます多様化していく中、これまで伝統とされてきた物事のあり方も、少しずつ変化を見せ始めています。
その一例として、結婚披露宴で贈られる引き出物にも、「多様性」を意識した商品が登場。時代の変化を捉えたコンセプトがパッケージにも反映されており、台湾で起こっている変化を「見える化」したデザインと言えるかもしれません。
キーワードは「婚姻平權」。アジアで初めて同性カップルの結婚が実現した台湾。
2020年の「台灣同志遊行(台湾LGBTプライド)」。コロナ禍前の2019年には、参加者およそ20万人を記録。
毎年10月に、台北で開催されているLGBTプライド「台灣同志遊行(台湾LGBTプライド)」。国内外から20万人近くもの人々が参加するパレードは、アジア最大級と言われています。このパレードの規模にも象徴されるように、台湾ではこれまで、LGBTの権利に関する討論が盛んに行われてきました。
台湾でのLGBTの権利に関する運動の歴史は長く、アジアで初めてとなった同性カップルの結婚実現も、30年以上にわたる努力の結果として表れてきたもの。結婚に関する討論においては、「婚姻平權(婚姻平等の権利)」の言葉が掲げられ、自身のセクシュアリティや、パートナーの性別に関係なく、誰もが自由に結婚できる権利を求めて、様々な動きが起こってきました。
台湾で同性カップルの結婚が実現したのは、2019年。その大きなきっかけとなったのは、2017年5月に発表された憲法法庭での判決でした。
「同性カップルに結婚の権利を認めない現行の法律は、違憲状態にある」との判決。またその内容には、確実に違憲状態が解消されるよう「2年以内に法整備を行うこと」と、強制力を持った期限も盛り込まれていました。
2018年の「台灣同志遊行(台湾LGBTプライド)」で掲げられたプラカード。国民投票での婚姻平權(婚姻平等の権利)の支持を訴える。
しかし、判決発表から1年6ヶ月後の2018年11月、同性カップルの結婚を支持しない団体の呼びかけを皮切りに、「同性カップルの結婚は、どのようなカタチで実現されるべきか?」を問う国民投票が実施されることに。
婚姻平權の観点から、「異性カップルに適用されている法律の中に、同性カップルも含むべき(=現行の結婚に関する法律を修正すべき)」と主張していた当事者たちの想いに反し、「異性カップルの結婚と同性カップルの結婚は、別々の法律を適用すべき(=同性カップルの結婚には、異性カップルとは区別した、新たな別の法律を作るべき)」との結論が、導き出される結果となりました。
この結果を受け止めつつ、迎えたタイムリミットの2019年5月。「司法院第748號解釋施行法」の名の下に、同性カップルの結婚を実現するための法律が可決されました。
血縁関係にない子供との養子縁組や、外国籍パートナーとの結婚などの面で、現在も実現が待たれている事項はあるものの、台湾人同士であれば同性カップルも結婚ができる、新しい時代が到来しました。
結婚の多様化で変化が求められる、台湾の「喜餅」事情。
台湾の老舗菓子店・郭元益の菓子詰め合わせ「embrace 擁抱」の菓子たち。
同性カップルの結婚が実現した新たな時代の幕開けと共に、いち早く変化を迫られるのが、台湾のウェディング業界。結婚記念写真「婚紗」を撮影するカメラマンやスタジオ、結婚披露宴を執り行う式場やホテルなど、これまで異性カップルであることを前提としていたサービスや対応に、意識の変化が求められています。
台湾で、結婚披露宴の引き出物として来賓に贈られるものに、「喜餅」と言うお菓子があります。
餡を包んだ生地の表面に、縁起の良い文字や模様をあしらった伝統的な中華菓子の他、現在では、クッキーやマドレーヌなどの洋菓子が喜餅として選ばれることも。喜餅を作る菓子店が密集する区画「喜餅街」は、台湾各地の多くの街で発展しており、ウェディングを彩るための重要な業種の1つとして数えられています。
この喜餅、伝統的には新郎側が感謝の意を表す目的で、結婚披露宴の際に新婦側の家族や来賓に贈るもの、とされています。(近年では、新郎側新婦側の双方が合意すれば、全ての来賓に贈られる場合もあります。)
台湾で結婚式を挙げる同性カップルの友人から届いた招待状。「囍」は縁起の良い文字として、結婚の場でよく使われる。
しかし、同性カップルの結婚が実現した現在では、双方ともに新郎または新婦、となる場合も。これまで伝統的とされてきた決まりごとを、そのまま適用するのが相応しくないケースも表れ始めています。
それでは一体、どのように来賓へと贈るべきなのか。より多様で柔軟な捉え方・意識の変化が、喜餅にも求められるようになってきました。
「想いに、ルールはない。」老舗菓子店・郭元益が打ち出した、新時代への回答。
台湾の老舗菓子店・郭元益の「embrace 擁抱」パッケージ。ペーパーバッグとふた部分にはホログラムペーパー、身箱には環境に配慮した再生紙を採用。
そんな新たな時代の幕開けに合わせ、台湾の老舗菓子店・郭元益から発表されたのが、「embrace 擁抱」という菓子詰め合わせ。
郭元益の創業155周年に合わせて発表されたこのパッケージのデザインは、台湾の有名デザイナー・聶永真(アーロン・ニエ)氏が手がけています。
パッケージに入っているリーフレット。「embrace 擁抱」のコンセプトとなっている「心意,沒有規則」のメッセージが。
「心意,沒有規則」とは、「想いに、ルールはない」との意味。
結婚披露宴で喜餅として贈る場合は、新婦側・新郎側などの伝統的な縛りにとらわれることなく、誰もが自由に想いを伝えられるように。郭元益の公式通販サイトでは、「embrace 擁抱」は喜餅としてだけでなく、伴手禮(手土産)としても取り上げられており、コンセプトに符合した、贈る場をも制限しない多様なあり方が提案されています。
「embrace 擁抱」に詰められた菓子は、華洋折衷。贈る相手の味覚の好みに合わせて、多様に対応できる。
1色に定まることなく、セクシュアリティのグラデーションを連想させるように輝く、ホログラムペーパーのパッケージ。その中には、華洋折衷の菓子たちが詰め合わせられています。
贈る相手の味覚の好みに合わせて、きめ細かく対応できるようラインアップされている点も、「embrace 擁抱」の特徴。喜餅として贈る場合には、中華菓子を多めにする、あるいは反対に洋菓子の比率を上げる等、中に詰める菓子のカスタマイズも可能となっています。
婚姻平權の考え方にもつながる「多様性」をトータルに意識した完成度の高いパッケージは、台湾のデザインアワード「金點設計獎」を始めとする、国内外のデザイン賞でも話題に。
新しい時代に向かって歩みを続ける台湾の変化を象徴するプロダクトとして、世界的に高い評価も獲得しています。
まとめ
台湾に訪れている新しい時代の変化を、結婚披露宴で贈られる「喜餅」の一例から考察してみました。
アジアで初めてとなる同性カップルの結婚実現など、「多様性」がますます重視されている台湾。ダイナミックな変化の中から生み出されている台湾のデザインには、これからの日本が学んでいくべき、取り入れていくべきエッセンスが練り込まれているのかもしれません。
<プロフィール> Mae
2012年より台湾・台北在住。グラフィックデザイナーとしてお仕事をする傍ら、現地生活や旅行情報を綴るブログ『にじいろ台湾』の運営や、ライターとしても活動しています。日本と近くて、似ているようで、本当は色々違っている。そんな台湾での発見を、みなさんとシェアしていきたいです。
ブログ『にじいろ台湾』 → https://kazukimae.com/
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