文字は一つ一つに音と固有のカタチを持つ、言葉の意味を伝達するためのサインの一つです。そういった本来の使われ方以外に、デザインの世界では文字をカタチとして捉え、デザインのモチーフとして使用されることがしばしばあります。文字のカタチは不思議なもので、よく見ると完成された美しさがあり、心を動かされるデザイナーは少なくありません。
今回ご紹介するイタリアのフリーランスデザイナーAleš Brce 氏もその一人。彼はタイポグラフィーや幾何学的なデザインを得意とし、文字や数学的な図形を、魔法のようにロゴデザインに変えてしまいます。彼がどんな魔法を使っているか、少し種明かしをしながら見ていきましょう。※記事掲載はデザイナーの許諾を得ています。(Thank you, Aleš ! )
蜂のダンスと文字を融合させた、養蜂所のロゴデザイン
イタリアにあるSettimi & Zianiは、質が高く美味しい蜂蜜を生産販売しているファミリー経営の養蜂所。その技法は特殊なもので、昔から伝えられている伝統的な製法を守り代々受け継がれてきました。ロゴデザインをするにあたり、そうした背景を踏まえ、クラシックな蜂の姿をシンボルマークのモチーフとして扱うことに決まりました。しかし、ただ蜂の姿をシンボルにしたところで個性の創造や差別化は図れません。そこで、蜂のアイコンを構成する要素として、蜂のコミュニケーションシステム「8の字ダンス」と、ロゴタイプにも通じる文字の要素を入れていくことになりました。
「8の字ダンス」とは、餌になる花の蜜や水源など蜂たちにとって有効な資源を見つけたとき、仲間の蜂たちに在り処を示すためにとられるコミュニケーション行動です。「8」の字を描くように動くことから「8の字ダンス」と呼ばれるようになりました。
そして、もう一つ、蜂蜜の製造に欠くことができない要素。それは養蜂家たちのたゆまぬ努力・皆で協力して作業にあたる団結の心です。Settimi & Zianiは家族経営の養蜂所。ファミリーの結束なくしてこの養蜂所を語ることはできません。その結束をあらわすモチーフとして、ブランド名にも入っている「&(アンパサンド)」を使用することになりました。
「8」と「&」のカタチを比べたとき、真ん中にある「S」のような部分が共通のパーツであることがわかります。この湾曲した形を中心にし、蜂を形作っていきます。
中心が決まり、蜂を構成する他のパーツづくりの様子です。文字をロゴの構成要素に使う場合、同じフォントファミリーの別の文字から分解・引用するのがAleš 氏流です。この方法は、効率よく、そして完成されたフォルムに近づけることができます。蜂の羽は同じフォントファミリーの「?(クエスチョンマーク)」を傾け、巻き上がった尻尾のような部分から線を延長し、羽の形を形成しています。触覚や足、針は「,(カンマ)」や「”(ダブルクォーテーション)」を縮小・拡大し傾けて使用しています。同じフォントファミリーの記号を用いることで雰囲気を統一し、完成度の高い一つのイラストレーションを構成することができるのです。
こうして出来上がった蜂のシンボルマークに「&」をアクセントにおいたロゴタイプを合わせ、ロゴマークが完成します。すっきりとしたサンセリフ体の中にある優美なセリフ体「&」が大きな存在感を放っています。
カラーリングは、濃い目のオレンジに鮮やかなブラウン。蜂蜜をイメージさせるのに適した2色です。
このロゴマークを生かし、パッケージデザインや名刺、ステイショナリーなどが制作されました。魔法をかけられた文字がまるで命を吹き込まれたかのように蜂になり、生き生きと飛び回っていますね。
モノグラムであらたなカタチを作り出すロックバンドのロゴデザイン
Full Waveは、イタリアのインディーズバンドです。彼らの音楽の魅力を反映したビジュアルアイデンティティを作るため、まずはバンドのロゴマークを制作することになりました。
Full Waveの「f」と「w」を組み合わせたモノグラムが基本的な形です。「f」はセリフフォントを使用し、「w」はサンセリフフォントを使用しています。これは単に、デザイン的な差異を狙うだけの組み合わせではなく、それぞれの書体がもつイメージとバンドのもつイメージを重ねわせているそうです。
セリフフォントがもつ、ロマンティックで繊細なイメージは、バラードソングを歌うバンドの甘美な側面を、サンセリフフォントがもつ幾何学的なイメージは、ロックを演奏するエネルギッシュでソリッドなイメージをあらわしています。また、横に寝かせられたような「f」のセリフ部分は、Full Waveの名前にある「wave(波)」を表現しています。
「f」と「w」が完全に一体化し図形になったロゴマークは、もはやモノグラムというよりは一つのアイコンと呼ぶ方がしっくりきます。
そんなロゴマークをバンドのビジュアルアイデンティティとし、さまざまなグッズやアルバムジャケットが作成されました。バンドのイメージを一つのマークに集約しアイコン化したロゴマークは、広告塔としてさまざまなメディアに登場することでしょう。
タイポグラフィーとピクトグラムを融合させたDJのロゴ提案例
続いては、女性DJ Alyosha Papsのために提案されたロゴデザインをご紹介します。シンプルで華奢なサンセリフフォントで書かれた「Alyosha Paps」の文字。女性らしく尚且つクールで美しい印象を受ける書体です。そこに斜めに刺さる1本の長い線、そして「P」と「S」の下に引かれた横線。これらが何を意味しているかお分かりになるでしょうか?
文字を隠してみるとわかりやすくなったのではないでしょうか。これはDJプレイ中のDJを横から見たピクトグラムになっているのです。
上のアニメーションのとおり、斜めに伸びた長い線は体、円は頭、円と線が重なっている部分はヘッドフォン、短い斜め線は手、そして横線はターンテーブルをあらわしています。
文字と合わさることで、これらのピクトグラムはデザインの一部と化し、その意味を潜めます。しかしながら、ロゴデザインの大胆なアクセントとして注目を集め、上の写真のようにジャケットデザイン等でアレンジされることにより、その構図を左右するビジュアルアイデンティティの要となるほどの大きな存在となります。隠された意味をもつインパクトのあるロゴデザイン。何とも魅力的なアイコンです。
カードやバッジ、ピクトグラムを生かしたTシャツなどさまざまな展開が想定されました。残念ながらこのデザイン提案は採用には至らなかったそうですが、見るものを魅了する刺激的で実験的なデザインは、大きく評価されてもよいのではないでしょうか。
まとめ
彼独特の魔法=技法は、文字という存在域を超え、アートの世界を垣間見せるロゴデザインの作り方を教えてくれました。文字を文字として見ず、そのカタチを捉えたとき、既存の世界観とは違う新たなデザインのフィールドが目の前に広がるのではないでしょうか。デザインというのは、ある意味、既成概念や先入観との戦いです。まだ誰も見つけていない景色を見つけるために、まずは殻を破り、新たな視点で物事と向き合うことの大切さを教えてくれます。
design : Aleš Brce ( Italy )
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