マカオでデザイン事務所「Untitlled macao」を設立し、世界中に革新的なデザインを発信し続ける、Au Chon Hin氏。そのデザインは、日本でもよく知られており、2018年には東京TDC主催の年間TDC賞を受賞しています。その他にも、世界的権威のあるIFデザイン賞や、ドイツデザイン賞、中国、メキシコ、台湾、マカオなど世界各地で賞を受けています。
彼の持論は、「優れたデザインは人だけでなく都市にも影響を与える」というもの。デザインを机上のものとは捉えず、世間に強く関わっていく「文化」として創造し続ける、彼の情熱的な作品の数々を見ていきましょう。※記事掲載はデザイナーの許諾を得ています。(Thank you, Au Chon Hin! )
12 EXHIBITION OF iCENTRE ― マカオにある専門学校の12周年記念展のポスターデザイン
「icentre」はマカオにある、アートや音楽、デザインを専門に学ぶことができるアートスクール。開設から12周年を迎えた2017年、「12 EXHIBITION OF iCENTRE」と題された記念展覧会が行われました。
この展覧会のビジュアルアイデンティティとなったのは、網に入った林檎。icentreのブランドカラーである赤をベースに、さまざまな林檎が描かれています。
林檎のモチーフは、かの有名なapple社のロゴマークとしてもよく知られています。
林檎は、旧約聖書で登場する知恵の樹に実る「禁断の果実」として描かれています。アダムとイブが実を口にし、裸でいることに恥ずかしさを覚えたというのはあまりにも有名な神話。後に二人が楽園を追放されたことから、林檎は、「知恵」という意味合い意外に「背徳」や「不道徳」「快楽」といったワードのメタファーとして扱われることも少なくありません。
芸術はインテリジェンスな一面と、時に、世間の型に嵌らずタブーを省みない、一種の「不道徳」さが受け入れられる部分があります。
網に入った林檎たちは、知性を持ち、タブーを恐れない芸術家の卵たちを意味しているのかもしれません。
ポスターのビジュアルになったのは、斜めに傾き等間隔に並ぶ林檎たちの上に、細い糸でできたネットが重なる絵柄。
林檎はネットの中に入っているという訳ではなく、異なるレイヤーが存在するかのように互いに干渉せず、そこに存在しています。ネットに入れられ窮屈そうにしている林檎ではなく、自由な存在として描かれた林檎の姿は、まるでicentreで学ぶ学生たちのようです。
光沢あるシルバーの紙をバックに、シンプルな林檎柄と繊細なネットの模様。
ネットの線の細さに合わせて、展覧会のタイトルが、英語と漢字で書かれています。センターには、やさしく揺蕩うように書かれた「icetre」の文字。タイトルと比べ、存在感のあるセリフ体で書かれた「icentre」は、イラスト全体を程よく引き締め、ブランドカラーの赤色と共に、学校の名前とブランドのインパクトを見る人へ強く残しています。
CDリリースの告知フライヤーとジャケットデザイン
音楽を学ぶicentreの生徒によって作られた、開校12年を記念したミュージックアルバム。ネット越しに見える真っ赤な林檎のアップをモチーフに、CDのリリースを告知するポスターがデザインされています。
同様のデザインを元に、CDジャケットが制作され、CDそのものも、まぁるい林檎を丸ごとモチーフにデザインされました。
街中でのデザイン展開
林檎のモチーフは、ポスターやパンフレット、CDジャケットだけに留まらず、屋外看板や建物のディスプレイにも漏れなく統一感を持って採用されています。グレーと赤という組み合わせだった印刷物に比べ、ディスプレイは、黒と赤というインパクトの強い、センセーショナルな組み合わせでデザインされています。
壁面をゴロゴロ転がる林檎はそれだけでもインパクト大。加えて繊細な文字やネット柄が加わることで、挑戦的でありながらも都会らしい、この展覧会のブランドアイデンティティが形作られています。通りにこのようなスポットが登場するだけで、何かが起きそうな期待感が街の中に溢れかえりますね。
16TH MACAO CITY FRINGE FESTIVAL ― マカオで開催されたクリエイティブを題材にしたフェスティバルのポスターデザイン
「16TH MACAO CITY FRINGE FESTIVAL」は、9日間の日程の中で、市内各地にある会場でさまざまなパフォーマンスや講演、展示会などが行われ、一般市民が広くアートに触れることができる文化的行事です。
16回目のFRINGE FESTIVALは、「クリエイティビティの饗宴」をテーマにビジュアルアイデンティティが考えられ、さまざまなポスターやリーフレット、屋外広告やメディア広告がAu Chon Hin氏によってデザインされました。
今回のフェスティバルのコンセプトは「クリエイティビティの饗宴」。
ビジュアルを考案するにあたり、「饗宴」というワードに着目し、抽象的になりがちなアートフェスティバルのイメージを、「ご馳走が並ぶ宴」にあてはめて、パフォーマンスや作品の数々を皿にのった不可思議なご馳走で表現し、イベントのアイデンティティに結び付けました。
ビジュアルのモチーフとしたのは料理でも、実際イベントで振る舞われるご馳走はアートやパフォーマンス。アバンギャルドな雰囲気が伝わるような大胆な色使いと、シンプルながらユニークにデフォルメされた絵柄が、観る者の興味をそそります。
ポスターにデザインされたメインの絵柄は、ボールの中に入った、右脳と左脳をデフォルメしたような不思議な料理。それを片方がぐにっと曲がった箸のようなもので掴んでいるという面白いイラストです。その下にあるのは、レコードのようなオレンジの盤とくねくね曲がったスティック状の何か。同一方向に散りばめられた白い楕円形と合わさり、リズムと躍動感を感じさせます。
脳裏に焼き付くような鮮明な色使い、論理的な理解を越えた感覚的なアプローチ。
説明しなくても、脳をギュッと掴まれるような斬新なこのデザインは、2018年東京TDC賞を受賞しています。
JAZZ & DESIGN-NIKLAUS TROXLER ― スイスのグラフィックデザイナーNIKLAUS TROXLER展のポスターデザイン
ジャズとデザインに身を捧げた、スイスのグラフィックデザイナー ニクラウス・トロクスラー。彼はグラフィックデザイナーとして活躍する一方で、ジャズフェスティバルを主催し精力的に活動してきました。フェスティバルの度にリリースされてきたポスターは、毎年違った角度からJAZZを描き、その多彩でユニークなアイデアに世界中が驚かされました。現在では、一線を退いた彼ですが、未だ全世界にはたくさんのファンがいます。
そんなトロクスラーの展覧会をマカオで開催した時のポスターがこちら。
紛うことないトロクスラーの似顔絵に、パカッと開いた頭。
頭の中から出てきているのは、展覧会の名前。
誰もが見てみたかったトロクスラーの頭の中。
そんな願いを実現したユーモアたっぷりのポスターです。
Who Cares – Macau Social Issues Art Exhibition ― 社会問題をテーマにしたアート展のポスターデザイン
「Who cares」日本語で言うと「知ったこっちゃない」というのが適当でしょうか。
環境問題や食糧問題、エネルギー問題など社会が抱えている問題はたくさんあります。しかし、それを我がことのように思っている人は少なく、どこか他人事のように傍観している人が多いのではないでしょうか。
そんな問題点を気づかせる役目を担っているものこそ「アート」であると、An Chon Hin氏は考えています。
そんな社会問題を真正面から取り上げるアート展「Who cares」のビジュアルアイデンティティのモチーフになったのは、赤と黒のテープのようなラインで描かれたメガホン。絵柄だけでなく、タイトル文字や装飾も、すべて統一されており、テープをペタペタと貼りつなぎ合わせたようなビジュアルに仕上げています。
赤と黒のコントラストは多くの人の注意を引きます。同じように注目を集める黄色と黒の組み合わせは「危険」を意味しますが、赤と黒はさらに深刻な「警告」を意味します。
アートを通して、社会問題に気づき、関心を持ってもらう。
その入口となる注意喚起にバッチリはまるポスターデザインだと言えるのではないでしょうか。
まとめ
An Chon Hin氏の手掛けたデザインは、どれもハッとさせるような色使いで、一度見ると記憶の隅に残り続けるような、長い余韻を残すデザインだと感じました。
「なんでこの形なんだろう」「どうしてこんな色なんだろう」と思わず考えてしまうような、常人が持たない発想の引き出しからひねり出されたデザインたちは、人々に思考させることで、そのインパクトを強めるのかもしれません。
その波は、デザインの枠を越え、街の中の風景も確かに変えていきます。Au Chon Hin氏が信念として持つ、デザインと街との関わりは、人の気持ちを変え、街の在り方までも変えていくのかもしれません。
design : Au Chon Hin ( Macao )
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