セルビアのフリーランスデザイナー Nebojsa Matkovic 氏は、パン屋さんからロックバンドまで幅広くブランディングデザインを手掛けています。そのルーツは工業系の大学を卒業した頃、たまたま頼まれたロックバンドのポスター制作に遡ります。Photoshop(画像加工ソフト)のチュートリアルからスタートしたという彼のデザイン歴は、趣味からはじまり、なんと数か月後にはデザイン事務所に籍を置くまでになっていました。ほどなくして独立した彼は、数々のデザインコンテストで入賞を果たし、現在ではフリーランスデザイナーとして活躍の場を広げています。
彼のデザインの背景となっているのは、パンクロックやエクストリームスポーツなど。個性の強いデザインが多いその分野ですが、彼は、そこから数々の自分流のデザインを見出しています。一つ一つのプロジェクトに誠意をもって接し、尚且つ自由な発想で独自の世界を展開する彼の仕事ぶりを一緒に見ていきましょう。※記事掲載はデザイナーの許諾を得ています。(Thank you,Nebojsa! )
ハンバーガーを中心に回る想像の世界を、コミカルに描いたブランディング例
LPMバーガーはフランスにあるハンバーガーショップ。新鮮な材料だけを使用したこだわりのハンバーガーであることをアピールできるよう、ブランドイメージを一新すべく、リ・ブランディングを図ることになりました。
まず考えられたのがブランドロゴの刷新です。モチーフになったのは、ハンバーガーには欠かせないケチャップ。絞り口からケチャップを出し、オムライスなどの上に字や絵を描いた経験はきっと皆さんおありでしょう。それと同じ要領で「LPM」と描き、周囲の円と共にロゴマークとしています。絞り出したケチャップのように赤く、ポテッとした丸みのある文字は親しみを感じさせ、飲食店らしい雰囲気を醸し出しています。
制作されたロゴデザインとブランドカラーとなった赤をベースに、キャップやTシャツ、エプロンなどのユニフォームが作られました。
ハンバーガーを入れるペーパーバックのデザインです。比較的シンプルに制作されたロゴデザインを中心に、ハンバーガーを主役にした想像の世界が広がります。
表側は、「新鮮素材100%」を表現するためのイラストレーションです。ハンバーガーやケチャップボトル、ナイフやフォークなどのイラストを絡めながら、気球やハンドサインなど肯定的なイメージを表現するさまざまなモチーフが散りばめられています。一つ一つを丁寧に細やかに仕上げているのが印象的ですね。このような表現方法は彼が得意とするところであり、これ以降紹介していく他の作品にも共通して見られます。
そしてペーパーバックの裏面に描かれているのは、まるで爆弾が爆発したかのように飛び散るケチャップ。そして同様に散らばる食材やハンバーガーやサイドメニューたち。鮮度をあらわすこの突出したイメージを手にしたとき、驚きとともに忘れられない強いインパクトを感じることでしょう。
こちらはテイクアウト用の外袋のデザインです。正式な店名「Le Pied de Mammouth」は「マンモスの足」という意味。このマンモスをヒンドゥー教の神、ガネーシャ風に描き、4本の手にはハンバーガーやケチャップ、フライ返しが握られています。かなりユーモアたっぷりに表現していますが、こちらも非常に丁寧な仕事がなされていますね。
ミケランジェロの「アダムの創造」をパロディー化したアートワークです。神から手渡されるハンバーガー。それを神の背後で見守る古今東西から集まってきた想像の世界の住人たち。ユーモアたっぷりのこのアートは、コミックの1ページのような面白さがあります。
この奇想天外な想像の世界は、店内内装にも活かされています。今度の舞台は地球を飛び出し宇宙へ。「宇宙に轟くLPMバーガーの味!」愉快な宇宙人たちがハンバーガーやフライドポテトを求め、バーガーは惑星のように漂っています。コミカライズされたハンバーガーを巡る宇宙の物語は、イートインの顧客たちの目を釘付けにすることでしょう。
想像の世界はグッズデザインにまで広がります。海の魔物「クラーケン」と聖書に登場する「羊飼い」を、ハンバーガーをテーマにとことんパロディー化したオリジナルTシャツが制作されました。このTシャツデザインに影響を受け、これらのキャラクターの名前を冠したメニューも実際に販売されているそうです。
このLPMバーガーのブランディングに際し、Nebojsa氏はロゴデザイン、サブロゴデザイン、グッズ、メニュー、ポスター、フライヤー、パッケージデザインと、ブランドのビジュアル的なデザイン全般を担当しています。
「ハンバーガー」という世に溢れる食べ物を他社の商品と完璧に差別化し、これだけのユーモアをもって人々に認知させるビジュアル・アイデンティティの展開はなかなか真似できるものではありません。基本的に技術力が高く、またそれ以上に注力して制作されているからこそ、ただの悪ふざけには見えない高いクオリティを感じさせるのではないでしょうか。
繊細なイラストレーションで描く、ヴィーガンレストランのブランディング
日本でもよく耳にする「ベジタリアン」と近年欧米を中心に増えているという「ヴィーガン」。どのように違うのかご存知でしょうか?「ベジタリアン」は健康趣向の菜食主義者を指しますが、「ヴィーガン」は健康よりも精神性を尊重する動物愛に基づいた、より厳格な菜食主義者を指します。
ベジタリアンは牛乳やバター、ゼリーなど肉でなければ動物由来の食べ物を口にする人が多いのに比べ、ヴィーガンはそういった動物由来製品は「動物愛護」の観点から一切口にしない、完璧なる菜食主義者の人たちなのです。今回Nebojsa氏がブランディングを担当したのは、ヴィーガン向けに開店するレストラン「ANANDA」です。
レストランのロゴデザインは店名の頭文字「A」をモチーフに考えられました。野菜や果物しかメニューにないレストランらしく、植物や実りを感じさせる木をモチーフに描かれています。根や葉が細かく描かれ木の質感も感じられる美しいロゴマークですね。
その他にブランディングの一環として、店内外装、スタンプ、ショップカードなどが制作されました。
このレースのようなイラストは、店内の壁にプリントされたアートワークです。よく見ると模様を形成するすべてのパーツが野菜や果物でできています。一見、ドットやラインのように見える部分も拡大してよく見てみると一つ一つ違いをもって描かれた種や実の粒をつないで表現されています。細部までとことんこだわり、尚且つ全体としても美しいバランスを意識して描かれたこの作品は、思わずため息がでるほどの完成度の高さです。
レース模様のイラストの横の壁には食材のほか、調理器具や文字が一緒に描き込まれたイラストが描かれています。こちらも前出同様、丁寧で精巧な筆致が見てとれます。
このパターンを活かしてショップカードのデザインも制作されました。
このレストランのブランディングでとられた、繊細で美しいイラストレーションを軸にしたビジュアル戦略は、おそらくヴィーガンの大多数を占めるセンシティブな感性をもつ方々に、好意的に受け取ってもらえる趣向性を意識したブランディングと言えるのではないでしょうか。
徹底した世界観を作り上げる、クラフトビールのブランディング
イギリスにあるSergeant SparowBrewという一風変わった社名の醸造会社は、1976年から「高品質のビールで自由を届ける」をモットーに、クラフトビールを作り続けてきました。今回彼がブランディングに携わったのは、同社が販売するクラフトビールの新たなビジュアル・アイデンティティの構築です。
社名である「Sergeant Sparow」にちなみ、スズメ軍曹を擬人化させキャラクターとしています。このスズメ軍曹が率いているのが、ビールを通して自由を勝ち取る「Hedonist Squad(快楽主義軍)」。凛々しい表情のスズメがヘルメットを着用し、雄々しく戦場で戦うさまが商品ラベルにデザインされています。
ブランディングのコンセプトは「戦場で活躍するスズメ軍曹」。戦場は日々の職場や暮らしのストレスフルな時間。そして、その戦場に颯爽とあらわれ「ビール」という武器で人々に自由を与えていくのがスズメ軍曹の役割です。
その世界観を表現するため、全体をミリタリー色で統一し緊張感のある背景づくりに努めています。そしてそこに映えるのが、スズメ軍曹の逞しくも可愛らしいキャラクターです。いついかなる時も真剣に任務にあたっている姿は軍人の鏡そのもの。また、真剣であればあるほどそのキュートなルックスが際立ちます。こうしたギャップのあるビジュアルづくりは人の心を引き付ける大きなポイントとなり得ます。
そのコンセプトに習い、社名ロゴもミリタリーらしいステンシル系のフォントで制作されています。微妙なかすれ具合がさらに戦場の雰囲気を醸し出しています。
種類ごとに貼られたボトルのラベルデザインです。これらは、つまらない日常から人々を救うための「Hedonist Squad」たちの活躍が描かれています。ミリタリー用語をベースにしたシャレの効いたスズメ軍曹たちの作戦が、ビールを使って仕掛けられているという雰囲気づくりがとても巧妙で、手にした人はスズメ軍の一員になったような気持ちになれるユニークなビジュアル戦略です。
まとめ
どのプロジェクトも非常にプロ意識の高い、丁寧で繊細なイラストレーションを効果的に使用していました。それでいて、発想がとてもユニークで、同業他社の商品と肩を並べても決して埋もれることのない個性を主張できるビジュアルデザインが施されています。
デザイナーであれば「このデザイン、ほかのデザイナーも同じようなことしているんじゃないか」と気になった経験があるのではないでしょうか。自分が知らないところで、自分がデザインしたものと同じようなものが存在しているということは実際によくあることです。
Nebojsa氏は、”デザイナーは常に新しいものの創造者であるというのは幻想で、それに近いイメージのものがあることは当然であり、そんなことを気にするよりも、もっと自由な気持ちで制作に挑み、「自分らしさ」と「誠実さ」を存分に生かした仕事をするべきだ”と語っています。そのような信念があるからこそ、ユニークかつ実直な彼のワークスタイルが生まれたのではないでしょうか。彼の仕事術を参考に、自分らしさを見つめてみるのもいいかもしれません。
design : Nebojsa Matkovic ( Serbia )
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