グローバリゼーションの進展に伴い人々の暮らしを取り巻く環境も大きく変化しています。「経済のみならず、政治・文化・環境など、人間の活動とその影響が世界規模までに拡大すること」がグローバリゼーション(グローバル化)の本意ですが、人・物・サービスが短い時間で世界中を駆け巡り、世界の様々な人材、知識、技術を、場所を選ばずに共有できるようになりつつあります。世界中から物資の調達が可能となり、技術や知識が向上・発展し、多数の人々の生活水準の向上をもたらしたり、価値観を共有する世界市民が出現したりするなど、 このグローバル化がもたらすプラスの要素は多々あります。
一方、グローバル化の負の側面も無視できません。インターネットを使って画像・音楽・映画などが簡単に配信されるようになり、どこにいても同じ。ものを見ることができるようになりましたが、多様性が少しずつ失われている傾向にあります。
デザインの世界でもこのグローバル化は高まっています。国際的な舞台での制作が普通となった今、全体的なデザインの質は過去に比べ高くなりましたが、均質的な普遍化したデザインが多くなっているのも事実です。グローバル化を意識しつつ、ローカル文化を引き上げながら世界水準に対応できるレベルの作品を作って行くことがデザイナーの今日の課題と言えるかもしれません。
今日は『Made in Brighton』を信条にして制作活動を営んでいる、イギリスのグラフィックデザイン企業 Filthymedia Ltd. の仕事を見ながら、デザインとグローバル化について考えてみましょう。※記事掲載はデザイナーの許諾を得ています(Thank you, Filthymedia Ltd.!)
Filthymediaは、イギリスのイングランド南東部に位置する活気が溢れる街ブライトン(Brighton)市に2004年に創設されたデザイン会社で、グラフィックデザインやアート・ブランディングディレクションを主に活動を展開しています。イギリスを代表とする『BBC』や、『Universal Record』『Virgin EMI Records』といった国際的な企業をクライアントに持つ企業ですが、 Filthymediaの注目すべきモットーは、『Made in Brighton』。
ブライトン市は、最新のテクノロジーを研究するBrighton College of Technology と、創造性を探求するBrighton College of Artを統合した英国でも屈指の教育の質を誇るブライトン大学(University of Brighton)を保有する技術とデザインのハブエリア。この多彩な才能が溢れるエリアを誇りに思い、自由な気質でダイナミックかつ斬新なアイデアとデザインを、ブライトンから世界に向けて発信することを企業のキャッチコピーとしています。
まずは、Filthymediaのシンボル的なプロジェクト『The Flour Pot Bakery』の作品を見てみましょう。
パンの卸売から直販店へ!地元民に愛されるブランディングとは
『The Flour Pot Bakery』は、もともと高品質な素材を使って新鮮なパンや焼き菓子を製造し、ブライトンにあるパン屋さんやお菓子屋さんに提供する、という形態のビジネスを行なっていた小規模な食品製造業者でした。2012年、Filthymediaはこの『The Flour Pot Bakery』より、ブランドロゴマークの作成を依頼されます。
ロゴデザインの基本コンセプト
Filthymediaが掲げたロゴデザインの基本コンセプトは、将来的に『The Flour Pot Café』としてカフェ部門部門でのビジネス成長にも対応できるもの。また、デザインモチーフとしては、『The Flour Pot Bakery』が使用している調理道具を用いてロゴ自体を工芸品のように表現すること、また、多くの人々に認識してもらえるように店名を高い視覚性を持つシンプルなサンセリフ系書体を使用すること(実際にはEagle Bold フォントを採用)など、が挙げられました。
出来上がったロゴは、パン作りに欠かせない木製のスプーンとめん棒が伝統的なポットの中に置かれたデザインです。すっきりとシンプルな形態で、誰がみてもフード、それもベーカリー関連の店舗とわかるロゴですね。
現在では『The Flour Pot Bakery』はブライトンに何軒もカフェやショップを持ち、店舗の看板、インテリア、メニュー、パッケージ、Webサイトなど、様々な媒体にこのロゴデザインが使用されるようになりましたが、制作当初の2012年には『The Flour Pot Bakery』の配送バンにのみ適用されていたそうです。
直販店がついにオープン
2014年のはじめ、『The Flour Pot Bakery』は自社のパンとパティスリーを直接消費者に提供する第一号直営店を、ブライトンのSouth Laine地区にオープンすること決定しました。これを機に、Filthymediaはショップのインテリアデザインを含めたブランドアイデンティティーの形成を担当します。
ショップのコンセプトは、「地元の人たちに愛されるような、伝統的でプロフェッショナルな焼き立てのパンとパティスリーがいつでも気軽に買えるお店」。
ブランドのカラーリングには、高品質性と高級感を醸し出す、濃紺色・銅色・白色を基本の三色とし、このカラーコンビネーションでショップのインテリア・エクステリアと店に関わるグラフィックデザイン媒体全てを構成していきます。
壁の古いレンガ造りを取り除き、清潔感溢れる白色で塗装を施し、市松模様に配置されたタイルの床板と銅製のパイプや配線で構成された照明システムを投入。現代的なテイストと伝統的な工芸のセンスがマッチしたインテリアです。
外看板、メニューボード、各ラベルやテイクアウト用パッケージ、また什器やオーガニック小麦粉のパッケージに至るデザインも、ロゴマークと基本色を基盤とした一貫したデザインテイストでまとめられています。
店内に配置されるメニューボードは、ロゴタイプと調和が取れるように、同系のフォントEagle Lightを使用。これに対し、店内の商品にラベルを付けるカードは、新鮮感や手作り性を強調するために、手書きされています。
Filthymediaが提案したこういった様々な細かい配慮は、『The Flour Pot Bakery』のブランド性を引き上げることに成功。もはやブライトン市民なら誰でも知っている有名ベーカリー・カフェショップとなりました。
現在までに市内に5店舗をオープンさせ、今後の展開が更に楽しみなショップとなっています。
メキシカンフードショップのブランディング事例
こちらは、メキシコのストリートフード、ブリトーを味わうことのできる、ブライトンの中心に拠点を置いた『Bang Bang Burrito』のブランドアイデンティティーとそのインテリアデザインです。
ショップのシンボルとなるロゴデザイン
まずはロゴデザインですが、中心に沢山の模様でデコレーションを施した伝統的なメキシカンスカル「カラベラ」を起用。イラストレーションの外周には、店舗の名称『Bang Bang Burrito』が、視覚性の高い太字のフォントで明記されています。
一番外側の部分は波状に施された縁をぐるりと周回させ、全体でまるでワッペンか紋章のように見えるテイストに作り上げています。イラストレーションだけを見るとその奇抜さが目に付きがちですが、黒色・ターコイズブルー・白色という洗練された三色のカラーコンビネーションが、ロゴ全体のムードをポップでありながらクールなイメージに変換させる一因となっています。
店舗インテリアのデザイン
店舗のインテリアもこの三色のカラーリングをベースとしてデザインされました。基本的な壁、天井には黒色で塗装。調理台の腰板や背面にはターコイズブルーのパネルを配置。奥の壁には、ブリトーに使われる食材の名前や店名が多種のフォントとシンプルなイラストレーションでセンス良く表示された壁紙が貼られ、ストリートフードの持つ気軽で楽しい雰囲気を醸し出しています。
定番のメニューボードには、ロゴのフォントと同フォントでメニュー各種を表示。また、日替わりメニューやドリンクは手書きのメニューボードを使用、といった前述の『The Flour Pot Bakery』の事例同様、フレッシュ感や親近感を顧客に感じさせる効果を担っています。
ポップアップモールのおしゃれなブランド展開事例
最後は、『Boxpark Croydon』のプロジェクトです。
Boxparkは2011年にロンドンのShoreditch地区にオープンしたポップアップモール。輸送用のコンテナを利用して作られたこの空間は、フードとファッションを基本テーマとしたもの。ローカルブランドとグローバルブランドを同時に並べ、他のモールにはない楽しみ方ができます。
2016年には、Croydon地区に二番目のBoxparkもオープン。この『Boxpark Croydon』店のコンセプトは「EAT. DRINK. PLAY.」。世界各国の様々な食体験を可能とすることに焦点を当てています。また、飲食を楽しむ以外にもフードや飲食に関係する講演会や各種のイベントやコンサートを定期的に開催するなど、オープン当初より沢山の来場者に愛されているモールです。
FilthymediaはBoxpark立ち上げより、そのアイデンティティーの確立やブランディングデザインに常に携わってきました。
Boxpark Shoreditch(一号店)との継続的な作業の一環としてCroydon店で成し遂げられたのは、一号店がスポット的なデザイン構成だったのに対し、Croydon店では全体のデザイン構成がモジュラー的に拡張・発展させる形態をとったこと。これがこのプロジェクトの最大の特徴です。
柔軟な活用ができるシンプルなロゴ
モノクロで力強いConduit Std フォントを使用してデザインされたBoxparkのロゴマークを基本とし、幾何学的に秩序をもって配置。そして、時にはより一層前面に押し出しながら、各デザイン媒体に上手くロゴを対応させています。
インテリア・エクステリアの各サインシステム、各種の紙媒体のグラフィックデザイン、デジタルメディアに至るまで、精密かつ統一したブランディングデザインがBoxparkの認識度とブランドクオリティーを高めています。
まとめ
グローバル化がいかにマイナスの側面を持っていようとも、もはや私たちが飛行機で移動することを止められず、コンピューターの使用をやめることができないのと同様、グローバリゼーションそのものは止めようがありません。デザインの世界で可能なのは、そのマイナス面をプラス面に変換できることかと思います。それぞれの地域、場所の特質を最大限に生かし、世界の水準に対応する作品を作り上げていくことが重要です。
今日見て頂いたFilthymedia Ltd.の仕事は、ブライトンに暮らす方々だけではなく、世界中から多くの共感を得ています。まさにグローバル化に対するデザイナーのモノづくりの姿勢のお手本とも言えるのではないでしょうか。
design : Filthymedia Ltd. ( United Kingdom )
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