「モノ消費からコト消費へ」と言われて久しい日本の消費市場。「モノ消費」とは、生活に必要な品物を買って満足する、いわゆる物欲に基づいた消費行動。日本では高度成長期に代表されるモノ消費の隆盛期が幾度か訪れ、モノがあることが当たり前になった今、市場は成熟期を迎え、人々の関心は「モノ」から、経験や時間・空間を味わう「コト」消費に大きくスイッチしています。こうした市場の動向は日本だけでなく、先進諸国と呼ばれる国々でも似たような状況にあると推察されます。
人間が生きるために必要とする「衣・食・住」。機能を果たせば生きていくのには不足はありませんが、この成熟した市場の中では、状況を加味しながら、より自分の価値観にあったものが選ばれます。「食」に絞って考えてみると、時間や手間を掛けたくないシーンでは、テイクアウトやファーストフードなどの手軽な食事が選ばれますが、ゆっくりと食事や語らいを楽しみたい時には、日常とは少し距離を置いた素敵な場所に出掛けてみたくなります。
食事や飲み物を提供する外食産業は、食べ物や飲み物という「モノ」を販売する傍ら、食事をする空間や時間、味わうという体験も含め、五感を使って体感する「コト」を提供する場所。料理の味や質はもちろん、その空間に流れる雰囲気がとても重要です。その目には見えない「雰囲気」をカタチにし、人に伝えるのが「デザイン」です。
今回、ご紹介するのは、ウクライナのデザイン事務所「The Goort」が手掛けた飲食店のロゴデザインとブランディングです。独特の雰囲気とコンセプトを持った飲食店の雰囲気をどのようにして消費者に伝えているのか、実例を見ながら考えていきましょう。※記事掲載はデザイナーの許諾を得ています。(Thank you, The Goort ! )
毎日でも立ち寄りたくなる、フレンドリーなバーのロゴデザインとブランディング
ウクライナにオープンすることになったバー「BENEDICT daily bar」。コンセプトは、毎日でも通いたくなるような、人と人とが気軽に交流できるフレンドリーな場所。友人や同僚とグラスを片手に語らったり、一人でふらりと立ち寄っても、バーテンダーが「おかえり」と言ってくれるような居心地の良い「ホーム」のような店です。
内装デザイン
そんな店を実現させるため、まずは、内装のデザインから着手されました。
店を造ることになったのは、通りに面した窓を持つ、半地下に広がる奥に長細い空間。天井が低く、窓が一つしかないこの場所は、決して開放的とは言い難いスペースでした。この場所を、毎日でも来たくなる場所に仕立てていくには、無理やりにコンセプトを当てはめ違和感の残る内装を施すよりも、できる限り現地の環境を生かした空間づくりが近道になると考え、建物の構造を生かした内装を検討することになりました。
室内の壁を取り払って出てきたのは、レンガの壁とコンクリート、そして隔壁の金属補強でした。一見すると無骨な建材の数々ですが、見ようによっては、逞しくワイルドな内装を可能にする素材です。これらの素材を中心に、アイアンバー、色の濃い木材などを合わせ、換気ダクトや配線などをわざとむき出しにした、構造を見せる内装がデザインされました。
仕上がった内装は、気取らずフランクな雰囲気を持つ、スマートな男性のような印象。バーの名前「BENEDICT」は、人気の俳優でも知られる、欧州で聞く男性の名前です。このメンズライクなさり気ない格好良さが、店の目指すコンセプトに合致しています。
ロゴタイプのデザイン
内装のデザインを経て、取り組まれたのがロゴマークのデザイン。シンプルでクセのないサンセリフフォントをベースに、要所要所をアレンジし、オリジナルのロゴタイプが作られています。
インテリアの中にもシンボルマークとして取り入れられている、頭文字「B」。2つの丸みを帯びた山のようなカタチを重ねて形作られています。内装に使われている金属製のバーや配線のようにも見え、インテリアの一部としても違和感のないフォルムです。また、2つの図形の重なりは、人と人とのコミュニケーションや繋がりをあらわすシンボルとしても成り立ちます。
また、「B」の隣にある「E」は、一番上の線を延ばすことで動きのあるアクセントとなり、同様の処理をした「I」と、中心に飾りを得た「C」と共にデザインのフックとして機能しています。全体に遊びゴコロのあるロゴタイプは、店のフレンドリーな雰囲気を体現しています。
デザインのトーン / 各種アイテムのデザイン
細い罫線のフレームに、レトロな写真、枠を飛び出すように配置されたコピー。これをビジュアルデザインのルールに、ショップカードやメニューなどのツールが制作されています。
フレームに加え、消印などに用いられる波線も使われ、デザインにビンテージ感をプラスしています。フレームから大きくはみ出し、黄色で書かれたビッグメッセージの内容はどれもフレンドリー。デザイン的な面白みとしてももちろん、店の存在を近くに感じさせ、再来店の動機付けになります。
メニュー / パッケージデザイン
同様のデザインルールの元、各種ツールがデザインされています。メニューやテイクアウト用のパッケージデザインには、切手やスタンプ型のフレームも登場しています。
切手、消印、メッセージ・・・これらが意味するのは「手紙」。デジタル化が進んだ現代では、アナログな書簡のやり取りは少なくなりましたが、手書きのメッセージや手紙は、いつの時代も人のぬくもりを伝える大切なツール。そんな手紙をシンプルにビジュアル化してデザインすることで、「人と人との繋がり」を大切にする場所であることを印象付けているのではないでしょうか。
イラストでコンセプトを表わすガストロバーのロゴデザインとブランディング
店名の「Wściekłarybka」はポーランド語で「クレイジーな魚」という意味。この店のブランディングにあたり、開かれた最初のオリエンテーションで、店の名前とコンセプトはすでに決定していました。
地元の新鮮な魚介をふんだんに使い、一癖あるこだわりのレシピで作られたメニューを豊富なラインナップで提供するこの店のコンセプトは、店名と同じ、「クレイジーフィッシュ」。
ロゴデザイン
ロゴデザインとビジュアルスタイルのプレゼンテーションでは、コンセプトに沿ってデザインされたロゴタイプとビジュアルのベースとなる魚や食材、調理器具のイラストレーションが承認されました。
ロゴタイプは、黒を背景に、太めのサンセリフ体を赤でくっきりと配置した、強いコントラストが印象深いロゴデザイン。頭二文字のデザインの意匠性が高く、ロゴ全体の雰囲気をモダンに見せています。店名の右下に円を描くように配置された「GASTRO BAR」は、WEBなどの媒体ではクルクルと回り、シンプルなロゴタイプに遊びゴコロを添えています。
ビジュアルの要となるイラストレーションは、程よい写実感をもって描かれた魚たちが、さまざまな不可思議なシチュエーションで描かれたユニークなイラスト。何も考えていないような表情で、バナナの皮から出てきたり、大きなヒレを背中に括り付けていたり、ありえない格好をした魚たちが見せる珍妙な姿は、見るものの興味を惹きつけます。
魚たちの周りに散りばめられた調理器具や食材が地紋のようになり、魚たちと合わさることで、大きな一つの絵になっています。
各種ツールのデザイン
これらのイラスト、ロゴデザインを使い、ワインのボトルやメニュー、包装紙などさまざまなツールがデザインされています。基本は白地にモノクロのイラスト、イラストのアクセントになっている幾何学的な図形や、ロゴ、文字などは、エンジに近い深い赤が使われています。
絵柄は飛び抜けてユニークですが、色合いをシックな組み合わせを使うことで、全体のイメージを品よくクラシックにまとめています。大人だからこそわかるユーモアと余裕のあるデザインは、ターゲットである都会の大人たちに心地よく響きます。
ターゲットを絞ってアプローチする、ジューススタンドのロゴデザインとブランディング
Neckerは、フルーツや野菜をその場で絞り、フレッシュなジュースやスムージーとして提供するジューススタンド。同じように健康志向の食品を扱うショップは数多くありますが、それぞれターゲットとする消費者の層によって、そのコンセプトや展開の方法は変わってきます。例えば、幅広い健康志向の人々へアプローチするなら、ナチュラルスタイルを強く押し出すだとか、女性にターゲットを絞るなら明るくPOPに立ち寄りやすくするなど戦略はさまざま。Neckerは、「健康志向」を少し違った角度から捉え、ターゲットを「運動とエネルギーを必要とする人」とし、アクティブな若い世代に照準を合わせたブランディングを進めることにしました。
ロゴタイプのデザイン
ロゴタイプは、丸みや角度を多用したサンセリフ体。「e」や「k」の上向きに傾いたフォルムがアクティブで陽気な印象を与えます。
パッケージデザインのコンセプト
パッケージデザインのコンセプトは「We make. Our product talks.」。直訳すると「喋る製品を作る」となります。透明のシンプルな容器に、黒い帯が2本。帯には、果実の名前や、「Tasty」「Smooth」「Fresh」などの商品にまつわるキーワードが並んでいます。
パッケージ自体は究極なまでにシンプルに。食材の美しい色を生かして、伝えたいメッセージをまるで製品が話しているかのように、ストレートに伝わるデザインを採用しています。キーワードが並んだ黒い帯と一緒に並んでいる、白地にドットが並んだ帯は、デザインに更なるコントラストを生みだし、パッケージ全体を引き締めています。
ツールのデザイン制作例
このラインを使ったデザインは、店のコースターやチラシ、カードなどさまざまなツールのビジュアルに生かされています。飲み物自体が、素材の色そのままのビビッドなカラーが多いため、コースターやカードの裏面には淡いパステルカラーを使い、それぞれの色合いを引き立てあっています。
店舗デザイン
モノクロを基調としたスタンドが造られ、並んだフルーツが強い存在感を放っています。過度な飾りを使わないシンプルでスタイリッシュな外観は、都市生活者の趣向にピッタリとフィットし、アクティブな視点からの健康志向に上手く焦点をあてています。
まとめ
今回紹介した3つの店舗は、それぞれ特徴もターゲットも異なります。店舗のイメージを届けたいターゲットに見てもらうため、店の外観や看板、テイクアウトのパッケージや、チラシ、ポスターなどさまざまなツールが制作されました。そのどれもが、同じ店のものだとわかるよう、イメージやデザインが統一され、ターゲットの顧客層に好まれるよう工夫が凝らされています。
商業デザインは、伝わってはじめて成果があらわれるもの。外食産業のような、実際に店舗に足を運んでもらうような業態の場合、「行ってみたい」「食べてみたい」と思わせる仕掛けがとても重要です。その上でデザインに求められるのは、今回のThe Goortのように、ターゲットを明確化し、工夫を凝らした選ばれるデザインだと言えるのではないでしょうか。
design : The Goort ( Ukraine )
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