南アフリカ共和国を拠点に活動しているデザインスタジオMam’Gobozi Design Factoryは、受賞歴のあるデザイナーNontokozo Tshabalala氏とOsmond Tshuma氏が2016年に設立しました。通称はMam’G。
スタジオ名のMam’Gobozi(マムゴボジ)とはズールー語で、コミュニティのみんなの仕事を知っていて、分かち合うことに熱心なおばちゃんのことです。
同スタジオは、西洋的デザイン手法にとらわれず、アフリカのアイデンティティを重視する作品作りをしています。アフリカ大陸の歴史と文化を背景とした独自のクリエイティビティが、同スタジオのブランディングやデザインの特徴です。※記事掲載はデザイナーの承諾を得ています。( Thank you, Mam’Gobozi Design Factory! )
さりげない処理がおもしろいハイキングクラブのロゴデザイン例
スタジオMam’Gobozi Design Factoryが手がけた南アフリカのハイキングクラブのロゴデザインは、一見シンプルでストレートです。しかし、良く見ると、複雑にならないように注意しながら、こまかな細工がほどこされているのがわかります。
自然や友人との出会いをもとめる活動
ハイキングクラブの名前は「Chasing Waterfalls」です。Waterfalls(ウォーターフォールズ)とは滝のことで、滝を追い求めるハイキングクラブという意味になります。
米国のR&BグループTLCが1995年に大ヒットさせた『Chasing Waterfalls』という曲があります。欲望に身をまかせることを「滝を追い求める」と表現したこの曲は、若者に道を外さないよう訴えるものでした。
ハイキングクラブのネーミングは、おもしろがってTLCの曲名からとったものでした。しかし、実際の活動は、歌詞の内容とは異なるものになりました。Mam’Goboziスタジオは次のように言っています。
「『滝を追い求める』とは、⋯(略)⋯ 最高のハイキングコースを探し、新しい友人と出会うこと、⋯(略)⋯ 自国の隠れた宝石を発見すること、そして自然と一体化することです」
だまし絵的なおもしろさのあるシンボルマーク
同スタジオが生み出したシンボルマークが、実際の滝をモチーフとしていることは、すぐにわかります。ストレートな発想で、シンプルに視覚化したデザインのように見えますが、実際はそれほど単純ではありません。
滝と聞いて、頭の中に思い浮かぶ抽象的なイメージは、太くて力強い1本の水の流れではないでしょうか。それは水墨画のようなものかもしれませんし、ナイアガラの滝のようにとても幅広いものかもしれません。
しかし、川の水量や季節によって、滝の姿は変わります。自然に親しんでいるひとであれば、Mam’Goboziスタジオが描いたシンボルマークのように、複数の流れがある方が、滝としてなじみがあるのではないでしょうか。
もちろん、「Waterfalls=滝」の頭文字を表現するために、はじめから3本の流れにしようと決めていた、ということも十分考えられます。おそらく、実際にそうだったのかもしれません。
「W」と滝を融合して視覚化したデザインだ、と解釈するのは簡単ですが、そこでひとつの疑問が生まれます。それは、3本の流れの長さがなぜ違うのだろうということです。また、上端ではなく、下端が段違いになっているはなぜだろうとも思います。
試行錯誤の結果として、結局のところこれがもっとも滝らしく見えたのではないでしょうか。滝の流れの下端がとなりの流れに重なる部分の処理が、だまし絵のようになっているところにも工夫とおもしろさを感じます。
ロゴタイプにも隠されている小さなあそび
ハイキングクラブの名前のロゴは、すっきりとした書体で整然と組まれていて、滝のシンボルマークにマッチしています。
一般的なロゴタイプとシンボルマークとの組み合わせに比べると、ロゴタイプがやや小さい印象です。文字とシンボルマークのバランスは、滝の大きさを感じさせるために計算されたものなのでしょうか。
おそらくサンセリフ書体の「Neue Haas Grotesk(ノイエ・ハース・グロテスク)」をベースにした「Chasing Waterfalls」にも、滝をモチーフにしたと思われる処理があります。
上段の「Chasing」の「g」のボウル(下部の曲線部分)の形状は、「Waterfalls」の「f」とつながるように手が加えられています。また、その「f」のステム(タテの線)の下部には、シンボルマークの下端のような「曲げ」がつけ足されています。この「g」と「f」の処理は、滝の流れを意識したものでしょう。
アフリカの布地をヒントにした雑誌のアートディレクション例
独ベルリンの日刊紙『die Tageszeitung(taz)』系列の非営利団体タツ・パンター財団(taz Panter Foundation)は、アフリカ諸国のジャーナリストを支援するためのワークショップを開催しています。その活動のひとつとして発行された雑誌のアートディレクションを、Mam’Gobozi Design Factoryがおこなっています。
ワークショップの成果としての雑誌
COVID-19のパンデミック禍のなかでのつながりをテーマにしたワークショップがおこなわれました。アフリカ諸国のジャーナリスト同士、さらに欧州の仲間とのネットワーク改善を目的としたものです。
このワークショップの成果として雑誌が作られました。アフリカ15か国のジャーナリスト16人が執筆した記事が掲載されています。
アフリカンプリントにヒントを得たエディトリアルデザイン
アートディレクションを担当したMam’Gobozi Design Factoryは、アフリカの布地にインスピレーションを得たといいます。
「アフリカ的」なテキスタイルのひとつとして、アフリカンワックスプリントがあります。カラフルでリズミカルな模様がプリントされた布地です。ここ数年では、世界的ハイブランドもアフリカンプリントを取り入れるようになっています。
Mam’Goboziスタジオは、このアフリカンワックスプリントが、アフリカと欧州とのつながりという雑誌のテーマにふさわしいと考えました。アフリカ大陸の文化の象徴という意味ならわかりますが、アフリカと欧州の関係について考察するというテーマに合うと判断したのはなぜでしょう。
インドネシアのバティックがアフリカンワックスプリントのルーツ
実は、アフリカンワックスプリントのルーツは、インドネシアのジャワ島に伝わる「バティック」という、ろうけつ染め布地です。「ジャワ更紗」とも言われます。そして、このろうけつ染め布地をアフリカにもたらしたのが、オランダ人だったのです。
東インド会社などをとおして、17世紀からオランダ人はインドネシアで積極的に貿易活動をおこなってきました。19世紀にはいると、インドネシアは事実上オランダの植民地となります。バティックを見て、これを大量生産すれば利益を生むと考えたオランダ人が見つけた有望な市場が西アフリカでした。
インドネシア由来の布地は、アフリカ大陸で広く受け入れられました。その後、独自の発展・進化をとげ、アフリカンワックスプリントとして、アフリカ大陸全土で文化の一部となっています。アフリカの歴史と文化、欧州とのつながりが目に見える具体的な例のひとつが、アフリカンワックスプリントなのです。
独自の文化で飾った正統的エディトリアルデザイン
タイトルを『Transcontinental(大陸横断)』とした雑誌は、アウトラインのくっきりとしたカラフルなイラストを表紙にしています。表紙のグレーのタイトルは、その文字で切りぬかれたイラストが中扉でタイトルとして登場します。
この雑誌は、ドイツ語と英語の2カ国語併記です。本文は、ドイツ語のテキストが黒、英語のテキストが赤で印刷されています。
色使いやデザインエレメントには、アフリカンプリントにも通じるものがあります。しかし、独特のテイストは確かにありますが、誌面全体のエディトリアルデザインは、むしろオーソドックスで信頼感のあるものです。文字の処理やイラストのあつかい方、そしてイラストのタッチや写真からも、高級誌のルック&フィールが感じられます。
Client / Klient: taz Panter Foundation
Art direction / Kunstrichtung: Mam’Gobozi Design Factory
Illustrations/ Illustrationen: Lomedy Mhako
Graphic design / Grafik-Design: Sonja Trabandt
Research infographics / Recherche infografiken: Ruth Fuentes, Brigitte Marquardt
Photo editing / Fotoredaktion: Karoline Bofinger
文化遺産プロジェクトのブランディングデザイン例
文化的プロジェクトのためのブランディングも、Mam’Gobozi Design Factoryスタジオが手がけています。「Pressing Matter(差し迫った問題)」というプロジェクトのシンボルマークは、ちょっと変わった幾何学図形です。
オランダの博物館の共同プロジェクト
いま欧州では、植民地時代にアフリカから持ち帰った文化財を返還しようという動きが広まっています。2017年に仏マクロン大統領は、「アフリカの文化遺産を欧州の博物館の囚人にすることはできない」と返還の意思を表明しました。
オランダの国立世界文化博物館とアムステルダム自由大学は、研究プロジェクト「Pressing Matter」をスタートしました。国内外の研究者やパートナーと一緒に、植民地時代に収集された博物館のコレクションをめぐる問題を扱います。プロジェクトは2021年から2025年にかけておこなわれる予定です。
過去と現在をつなぐ直線
Mam’Gobozi Design Factoryが作り出したシンボルマークは、いびつな形のおりがみのようにも、さかさまにした特殊な扇子ようにも見えます。
これは、過去にオランダの植民地であった場所とオランダを、世界地図上で結んだ図形なのです。オランダは、南北アメリカ大陸から、南アフリカ、スリランカ、インドネシア、台湾まで、世界中のさまざまな場所を植民地としていました。
植民地時代の物質的な過去、つまり文化遺産が、「差し迫った問題」として現代の博物館と社会に変化を求めていることを表現しているのです。
フレキシブルロゴとしての展開
シンボルマークの基本のフォルムは、オランダに線が焦点するかたちになっています。この扇の軸にあたる部分が、オランダ以外の場所に設定されたバリエーションも、ロゴタイプと組み合わされて使われています。いわゆるフレキシブルロゴとして運用されるわけです。
フレキシブルロゴとは、単一のフォームに固定されていないロゴデザインです。たとえば、米国で1980年代初頭に生まれたMTVのロゴが、その代表的なものです。MTVの場合は、色とパターンがバリエーションに制限がないかのような多彩さを持っています。
シンボルをフレキシブルにしたMam’Gobozi Design Factoryのアイデアは、博物館と社会に働きかけて、変化と前進を目指すという、このプロジェクトの趣旨にマッチしていると言えるでしょう。
Client: Vrije University Amsterdam
Design: @Mam’gobozi Design Factory
Animation: @Hustle&Funk
アフリカンカルチャーが感じられるロゴ制作例
ポートフォリオでロゴデザインの作品例を見ることができます。そこで紹介されている作品では、線をたくみに用いた表現に、アフリカらしさがあらわれているように思います。
かやぶき屋根の伝統的な家屋をモチーフにした「IPA」のロゴや、アフリカのさまざまなエリアの古代文字を組み合わせた「The Africa Center」のシンボルマークは、文化に関連する事物をモチーフにして、ストレートに図案化した例です。
伝統的な帽子をモチーフにしたデザインにイニシャル「M」とワニを組み込んだ紋章や、科学、農業のシンボルとアフリカのバントゥ記号を合成したフードテックコンサルティング会社のロゴは、合わせ技です。
一方、ブランド名のアルファベットを、かつてはコミュニケーション手段であった太鼓の形に組み合わせた「KIZA」のロゴや、大きな夕陽とシャンペングラス、イニシャル「S」の組み合わせで作られたルーフトップ・バーのロゴは、モダンなアプローチでデザインされた例です。
design : Mam’Gobozi Design Factory (South Africa)
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