イギリスで活動しているJuliya Eva氏は、グラフィックデザインからブランディング、パッケージまで、広範囲のサービスを提供しています。
Eva氏のデザインは、思い切りのよい大胆なアイデアと、緻密にコントロールされたミニマルなアプローチによって仕上げる、上品で清潔感のあるデザインが特徴です。イラストや写真と、テキストを取り合わせたり組み合わせたりするJuliya Eva氏のやり方からは、さまざまなヒントが得られるのではないでしょうか。※記事掲載はデザイナーの承諾を得ています。( Thank you, Juliya Eva! )
品位と親しみやすさが程よくブレンドされたデザイン例
モスクワのレストランチェーン「TrueCost」のリ・ブランディングをEva氏は手がけました。
TrueCostは、レストラン経営者3人がチームを組んでスタートしました。手頃な価格で最高品質のメニューを提供することがビジネスのコンセプトです。TrueCostは、2016年の事業開始以来、国内外で賞を贈られています。
風格のあるセリフ書体のロゴタイプ
「TrueCost」というブランド名は、正味の価格、といった意味でしょうか。コストパフォーマンスの高さが強みであることがネーミングの理由だと考えられます。いささか身もフタもない感じがしますが、インパクトはあります。ロゴタイプでも「true」がオレンジで強調されています。
ロゴタイプ自体は、風格のあるセリフ書体で上品に組まれていて、リニューアル前のロゴよりも、シンプルで洗練された印象を与えます。「R」の足が独特のふくらみを持っていますが、これはフォントに手を加えたのでしょうか。
挿絵のような写実的な線画のイラスト
同レストランのブランド・アイデンティティでは、タグラインと創業年でブランド名の頭文字「TC」をぐるりと囲んだパーツが、シンボルマークのようにあつかわれています。「TC」のデザインパーツよりも強いアイキャッチャーとして使われているのが、タコのイラストです。古い博物図鑑に載っている線画のような絵が、いくつも使われています。
タコが天秤ばかりを手に(足に)しているのは、コストパフォーマンスの高さの象徴でしょう。ほかにも貝などのイラストが効果的に使われています。タコのイラストはどこかユーモラスで、レストランの親しみやすさを演出しています。書体やタイポグラフィの実直さに対して、うまくバランスがとれています。
スキンケアを儀式に見立てたブランドのためのパッケージデザイン例
ロシアの「Eclow Laboratory」は、医師が立ち上げたコスメティックブランドです。同ブランドのスキンケア製品シリーズは、「skin cleansing ritual」と名づけられました。「ritual」とは儀式のことなので、「スキンクレンジング儀式」ということになります。
クレンジングは、朝にはポジティブな感情を呼び起こし、夕方には疲れや心配を洗い流す、「肌を再生する儀式」である、という見立てが、このおもしろいネーミングの理由です。
製品名にヒューマニスト体の書体を使用
それぞれの製品には、願いの寺院、愛の寺院、夢の寺院、情熱の寺院という意味の商品名がつけられているのもおもしろいです。朝夕、スキンケア寺院で儀式をおこなうわけです。
製品名に使われている書体は、ヒューマニスト・サンセリフのオプティマ(Optima)を思い起こさせます。おそらく書体Lust Sansと思われるこのフォントは、古典的な雰囲気を感じさせるセリフ書体Lustの姉妹書体です。セリフ書体からセリフを取り去ったようなデザインになっています。
抑制的でミニマルなアプローチのパッケージデザイン
シリーズ名・製品名のユニークさとは対照的に、パッケージのグラフィックはシンプルです。
白地をベースに、各製品ごとに1色のテーマカラーを設定したカラーパレットも、側面に置かれた太陽または天体を思わせるグラフィック要素も、控えめです。儀式・寺院といったコンセプトを、必要以上にはしゃいで、視覚的に強調するようなことはありません。
こうした抑制的なアプローチで、ユニークな製品名を際立たせることができ、また、スキンケア製品の信頼性をアピールすることに成功しています。
写真の力で魅せる「飯テロ(foodporn)」本のデザイン例
仕事中に美味しそうな料理やスイーツの写真がネットから飛び込んできて、思わず「飯テロ」と心の中でつぶやいたことがあるのではないでしょうか。
食欲を刺激する食べ物の写真や動画を、海外では「フードポルノ(foodporn)」と言います。1980年代に生まれた造語です。
写真集や画集のような清潔さ
Eva氏がデザインを手がけた料理レシピ本のタイトルも、ずばり「フードポルノ」です。もし、書店に「飯テロ」という本が平積みされていたら、目を引くだろうと思います。
表紙のデザインは、非常にミニマルなものです。ホワイトスペースを十分に広くとった中央に、半分に切ったイチジクの写真をレイアウト。その横に、サンセリフ書体のかなりウェイトの軽いフォントで本のタイトルを添えただけです。典型的なミニマルデザインのアプローチがとられています。
料理本は、料理や食材の写真の力がとても強いので、このアプローチ自体は、Eva氏の作品だけに特別なものというわけではありません。しかし、このレシピ本「フードポルノ」の上品さは、ホワイトスペースを贅沢に使った、Eva氏のデザインのおかげだと言えます。
コントラストが印象的な料理写真
Eva氏のレシピ本は、徹底して写真を主役にしています。きりぬき写真も効果的に使われています。テラス席のテーブルを連想させる、くっきりとした影が印象的です。
とても効果的な影の表現ですが、自然光によるものなのか、スタジオで再現したのか、被写体と影のそれぞれを対象に撮影したデータを後から合成したのか。テクニック研究の対象としておもしろいかもしれません。
カジュアルなアジアンレストランのポップなロゴタイプ
アジアと欧州のフュージョン料理を提供するレストラン「Marj」のトータルなブランド・アイデンティティをEva氏が手がけています。アジア各国・各地の伝統的な料理ではなく、ヨーロッパスタイルでアレンジしたメニューを提供するカジュアルレストランです。
日本人だけが読めないひらがな風書体
さて、問題はロゴタイプです。「カさてj」のように見えませんか。これは、ブランド名「Marj」なのですが、安心してください。ほとんどの日本人には、そうは読めないでしょう。
アジア料理の象徴として、ひらがな風の書体が選ばれたのは喜ばしいですが、これでほんとうに「Marj」と読めるのでしょうか。「m」はまだしも、「さ= a?」「て= r?」と思ってしまいます。
数年前、日本人だけが読めないアルファベットとして話題になった書体があります。カタカナにしか見えない文字や、カタカナもどきの文字で構成されたラテン文字書体「Electroharmonix」です。カタカナが読めない他国語話者には、ちゃんとラテン文字として認識されるのですから不思議です。
Eva氏のひらがな風の文字もこれと同じで、日本人、またはひらがなが読めるひと以外には、アルファベットとして認識されるのです。翻って、日本で作られているアルファベットのロゴタイプは、ラテン文字を母国語表記に使っているひとたちには、どのように見えているのでしょうか。
微妙にレトロなポップアート風イラスト
濃いピンクをアイデンティティカラーに設定。記憶に残るブランディングアイデンティティが作り出されています。料理のイラストや食事をするひとたちのイラストが、実は比較的オーソドックスなタッチで描かれていることに気づくと、このピンクの効果の大きさがわかります。カラーパレットの設定が、ブランディングで重要な役割を果たしている実例です。
料理のイラストは、撮影したデータをPhotoshopなどでイラスト風に加工したものなのでしょうか。それとも、写真などを素材としながらも、Illustratorなどのアプリで描き起こしたのでしょうか。
箸をもったひとたちのイラストも、試しに背景のピンクを取り除いて見るとわかるのですが、オーソドックスで素直なタッチで描かれています。創作スシのような料理が、トレーナーのプリントのように見えるのは、TikTokやInstagramの投稿のように、おもしろい効果をねらったのかもしれません。
design : Juliya Eva (United Kingdom)
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