レタリングを、紙の上でもタブレット画面でもなく、広い壁面に描くのが、Ben Johnston(ベン・ジョンストン)氏です。デザイナーであり、レタリングアーティストのJohnston氏はカナダで生まれ、南アフリカ共和国ケープタウンで育ちました。現在はカナダのトロントを拠点として、北米を中心に活動しています。レタリング壁画や広告デザインで数多くの賞に輝いています。
レタリング壁画は、クライアントの依頼で描いたものもあれば、みずからのアート作品として創作したものもあります。他に類を見ない独創性と力強さがあるJohnston氏の作品は、ノスタルジックな雰囲気を持っている点も特徴のひとつです。※記事掲載はデザイナーの承諾を得ています。(Thank you, Ben Johnston!)
レンガ造りの建物を飾るフォトジェニックな壁面レタリングデザイン
2016年、トロントのLiberty Market BuildingにJohnston氏は2点の壁画を描きました。Liberty Villageと呼ばれる再開発エリアの中心にあるこの複合的ビルの壁をキャンバスにして、「Love Liberty」と「Hustle」をレタリングしました。この2作品を創作する様子は、動画で紹介されています。
「Love Liberty」は、鋭く面取りをしたレリーフ風の「Love」に優雅なセリフ体の「Liverty」をからめています。どこかアンチークなテイストのレタリングは、レンガの壁と歴史のあるこのエリアにマッチしています。
「Hustle」は、4段に重ねた文字の一部が、階上の窓からあふれてきた流れによって変形しています。モダンなサンセリフ書体と、歪められた文字には、60年代のフレーバーも感じられます。
いずれの場所も撮影スポットとなっています。レタリングを背景にして撮ると、だれでもアルバムジャケットのミュージシャンのように見えます。壁にあとからデジタル処理をした文字のように見えるのがおもしろいです。
オーガニックなアレンジで浮かび上がるレタリングデザイン
壁に描くJohnston氏のレタリングには、いくつかのスタイルがあります。そのひとつは、デジタルフォントのような力強い書体で組まれた文字が、風や水流、波紋といった自然の力を受けて変形し、オーガニックな顔を見せている作品群です。
屋内の壁に描かれた「Digital Natives」という作品は、セリフ系のボールド・コンデンスで組んだ文字の上を、透明の液体が流れているように見えます。水のようでもあり、風のようでもある透明の流体が、黒々とした文字を柔らかく変形させています。文字のにじみからは、透明アクリルやガラスのような無機質な素材も連想します。
また、「Only the lonely」という作品は、古いアニメーションの効果線のような演出が躍動感を生んでいます。このように2次元のレタリングが3次元的奥行きを感じさせてくれるのも、Johnston氏の作品の特徴です。この作品はシンプルにスプレー缶で描かれました。
文字と影で描くトリックアート的レタリングデザイン
オンタリオ州のサドバリー(Sudbury)市のWe Live Up Hereは、アートの力でコミュニティーをより良く変えることをミッションとしているNPO法人です。音楽フェスティバルの開催や出版、壁画製作などの活動をおこなっています。Johnston氏は2018年にWe Live Up Hereのために作品を提供しています。
サドバリーには世界最大のニッケル鉱床があり、「ニッケルの町」と呼ばれていたことからJohnston氏が連想した言葉「Heart of gold(優しい心)」をレタリング壁画にしました。セリフ系の文字が壁から浮き上がっているかのように見えます。ミニマルなスタイルですが、ビルの壁面に大きく描かれた文字はとてもインパクトがあります。
海洋保全をミッションとするPangeaSeedのSea WallsというプロジェクトにもJohnston氏は作品を提供しました。「Protect what you love(愛するものを守れ)」というメッセージが壁からめくれているように見えます。Johnston氏は、この表現は単に波をなぞらえただけではないとしています。愛するものを守れば、波が永遠に続くのと同様に世界はずっと元気でいられるということを意味しているのです。
「Hold fast (守り抜け)」という作品では、先に紹介した2点と異なり、ソリッドな文字が壁に立てかけられているように見えます。もちろん実際には床面(地面)は存在していません。フラットな壁面に描かれた2次元のアートです。理屈はわかっていても、脳がいつまでもだまされ続けるような不思議な力強さがあります。
影と透過の演出がユニークな文字の重なり
文字以外の要素はほとんど加えずに、影や透過の演出、重ね方だけで独特の世界を作り出している作品もあります。
米国フロリダでのTrevor Wheatley氏とのコラボレーションでは、「Better Together」というふたつの単語が重ねられています。オーソドックスにレイアウトされた「Together」に対し、極太の大きな文字の「Better」はそれぞれが異なる傾きで配置されているのですが、文字が重なった部分の処理がおもしろいです。
「Better」は、ダークブルーのセロハンフィルムを重ねたように見えます。一方、「Together」については、背景や「Better」との重なり部分をプロジェクターで投影した光が合成されたような処理にしています。
地域のひとびとの家族や子育てなどを支援するコミュニティー・センターからの依頼されて、バンクーバーで描いた作品も重なり具合がおもしろい効果を生んでいます。
地域の子供たちの協力を得て決定した「Together」という単語は、ひとつひとつの文字がオレンジとピンクで互い違いに描かれました。それぞれ厚みと影によって立体的に見せるオーソドックスなものですが、隣り合った文字の重なった部分に透過のような処理を施してあり、視覚的に楽しませてくれます。
レストラン乗っ取りをグラフィティで演出
北米の有名ラーメン・チェーンMomofukuのトロント店は、2018年のトロント国際映画祭の期間中だけAT&Tの特設スタジオとなりました。俳優や監督など映画関係者が作品について語る「Variety Studio」は、インタビューやニュース配信の拠点に変わります。
レストランがAT&Tにジャックされたような演出がニューヨークのデザイナーJoshua Lepley氏のディレクションのもとでおこなわれました。Johnston氏は、スプレーを使ったグラフィティのようなデザインで店内を飾っています。AT&Tのロゴもグラフィティ風です。
Johnston氏は13歳でグラフィティに出会ったのが、アーティストとしての道を歩むきっかけになったといいます。といっても、スプレーで名前を壁に書きつける程度だったそうです。のちにグラフィックデザインやブランディングを学び、スタジオでクライアントワークを数年経験します。
20代半ばに、フリーランサーとして生まれ故郷のカナダに戻り、レタリング壁画の創作を始めました。そういう意味では、トロント国際映画祭でのプロジェクトは、Johnston氏のルーツへの回帰のようで興味深いです。
design : Ben Johnston (Canada)
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