メキシコの首都メキシコシティは、標高2240メートルの高地にある、人口約2千万の大都市です。メキシコシティに事務所を構えるデザインスタジオFAENA Studioは、ことばを重視したビジュアルコミュニケーションを得意としています。
ワードロゴが多いのがFAENA Studioのブランディングスタイルの特徴といえるでしょう。ハイクオリティで多彩なロゴデザインからは、同スタジオの引き出しの多さがうかがえます。シンプルに見えるデザインを支えているのは、しっかりと練られた「ブランドのストーリー」です。今回は、FAENA Studioが手がけたフード関連のブランディング例をご紹介します。※記事掲載はデザイナーの承諾を得ています。(Thank you, FAENA Studio!)
カスタム書体が躍動するバーガーショップのブランディング例
2018年にメキシコシティで創業したバーガーショップWe Love Burgersの店名は「バーガーが大好き」という意味です。材料のクオリティにこだわった同店の、ほかとは違うぞというプライドと、みんなと同じくハンバーガーを愛してますというフレンドリーさの両方が込められているように感じます。
ブランディングの依頼を受けたFAENA Studioは、ハンバーガーを食べるよろこびを楽しくカジュアルなトーンで伝えることにしました。同時に、フードの作り方へのこだわりにも配慮したデザインを目指します。
このWe Love Burgersのブランディングは、FAENA Studioのデザインスタイルのひとつの典型と言えます。デザイン要素は文字のみ。カラーパレットに採用されている色は、白と黒、そしてマスタードイエローです。このように構成はシンプルながら、生き生きと文字が活躍しているデザインです。
「インキトラップ」が特徴的なカスタム書体
テイクアウト用のパッケージのトップを飾っているのは、ブランドのワードロゴです。小文字だけで2段に組まれてます。また、単語「we」と「love」のスペースがありません。これによって、ロゴとしての一体感が生まれています。
依頼を受けたFAENA Studioは、ブランディングの核となるオリジナル書体「WLB Display」を作り出しました。ヒューマニスト体の雰囲気を感じるこのサンセリフ書体は、とても個性的です。
その大きな特徴のひとつは「インキトラップ(ink traps)」です。小さな文字や図形を印刷するときにはコーナーなどに余分なインキが付きがちで、細部がつぶれてしまうことがあります。インキトラップとは、これを避けて輪郭をクリアに保つための工夫のひとつで、必要以上のインキがつかないように入れた切り込みまたは食い込みのことです。
もともとは電話帳や新聞などインキがにじみやすい用紙に、小さい文字や記号を印刷することを前提としていました。大きな文字やデジタル画面では不要なのですが、見た目がおもしろいため、ディスプレイ用書体のデザインなどにも転用されています。
この切り込みの効果は特に小文字によく表われています。「b」や「g」のボウルはいまにもステム(タテの線)から離れてしまいそうです。じっと見ているとハンバーガーに見えてくるのは空腹のせいでしょうか。ブランドロゴの「burgers」に含まれている「u」と「r」も、「b」「g」のボウルと同じく線の太さに変化がつけられてます。はずむようなカーブの助けもあって、「burgers」の文字がつながっているような印象を与えます。
書体のコントラストで変化をつけたデザイン
パッケージの側面にはスクリプト書体で「mucho(たくさん)」「to go(持ち帰り)」と書かれています。ブランドロゴとはまったくスタイルの異なる書体ですが、書体でコントラストをつける、というテクニックもタイポグラフィの定石のひとつです。
このWe Love Burgersのふたつの書体の組み合わせ方には、さまざまなバリエーションがあります。テイクアウト用ボックスでは、天面と側面に別れていますが、ドリンクのカップでは、スクリプト書体の「mucho」がデザインエレメントとしてワードロゴの背景となっています。
Tシャツでは、ブランド名と「mucho」がひとつの文のようにまとめて組まれているので、「バーガーがめちゃ大好き」と解釈することもできます。テイクアウト用パッケージやバッグのレイアウトでは、「バーガーがめちゃ大好き」「持ち帰りのバーガーが大好き」ととれないこともないですが、それが意図されているかどうかはわかりません。メニュー、看板、ポスターなどいろいろな場面で、補足的なメッセージを伝えるために、このスクリプト書体が活用されています。
さまざまな姿の文字が混在するにぎやかなメニューデザイン
We Love Burgersの文字主体のブランディングの特徴は、メニューの見出しにも見ることができます。ウェイトや幅がバラバラの文字でひとつの単語がデザインされていて、楽しさや活気が演出されています。このように1文字ごとに変化をつけて組むというテクニックは、最近のロゴデザインでのトレンドのひとつです。
酔っぱらったネコをブランドキャラクターにしたブランディング例
ワインのセレクトショップVinos Chidosは、オススメのワインを厳選してメキシコシティの消費者に届けています。テック起業家とイタリアンレストランのシェフが組んで始めたブランドです。ブランド名は「イケてるワイン」という意味で、スペイン語としては少しくだけた表現です。イケてるワインは必ずしも高価でなくてもよい、という考えのもとで、お手頃価格の商品を世界中から集めています。
FAENA Studioが手がけたブランドロゴは、プレーンなサンセリフ書体で組まれたワードロゴです。「o」と「i」の代わりにワイングラスとネコのイラストが使われています。酔っぱらっていることを表現するメキシコのスラングに「ペルシャ」という単語が使われていることから、ペルシャ猫がキャラクターに選ばれました。
ワインでゴキゲンになっているネコのイラストにはいくつかのバリエーションがあって、カートンやノベルティ、SNSなどに顔をのぞかせています。
ワイングラスとしっぽの「C」でシンボルマークになっているのがかわいらしいですね。ワードのロゴの「S」が上下逆さまに見えるとすれば、それは酔ってるからかもしれませんよ。
Photo : Andrea Cinta, Anna Yenina, Klara Kulikova y Julia Kuzenkov
高級住宅街にある「黒」という名のレストランのブランディング例
メキシコシティ南部のペドレガル地区(Jardines del Pedregal )は富裕層の集まる高級住宅街です。しかし、かつては溶岩に覆われた荒地でした。メキシコの建築家ルイス・バラガン(Luis Barragan)が、その黒い溶岩を室内や中庭のデザインに取り込んで住宅を設計。ペドレガル地区を分譲住宅地として開発したのがルーツです。
こういった環境のなかに店舗を構えるイタリアンレストランNeraの特徴のひとつは高級食材を炭火で調理した料理です。ブランディングを手がけたFAENA Studioは、レストランをとりまく土地や建築遺産、料理の特徴をふまえてデザインされています。
店名のNeraはイタリア語で黒を意味しますが、メキシコ人にも覚えやすいネーミングです。モダンなデザインで、バラガンの建築物にも通じるところがあります。カラーパレットは、建物の色に着想を得たブルーグレーをキーカラーとし、室内空間に溶け込む色として、グレー、ブラック、ホワイト、ベージュが選ばれました。
メニューやポスター、ボトル用オリジナルラベルには、簡単な下書きのようなイラストが使われています。カクテルグラスやデキャンタなどがギリギリまで省略されたフリーハンドのイラストは、ほんとうに力の抜けた感じです。全体にかっちりとした印象のデザインとのコントラストが生まれ、コンテンポラリーなアート作品のようにも見えます。この軽いタッチが、食事中のテーブルに、くつろいだ雰囲気が生まれるのに一役買っています。
design : FAENA Studio (Mexico City, Mexico)
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