ポスターやチラシは平面でなければならないと誰かが定義したわけではありませんが、それらを思い浮かべるとき多くの人は、さまざまな大きさの薄っぺらい紙を思い起こすでしょう。
今回ご紹介するシンガポールのフリーランスデザイナー Sok Hwee 氏は、十分なグラフィックデザインのスキルを持ちながらも、プロダクトデザインやペーパークラフトなどの手作業を得意とするクラフターでもあります。幼い頃からモノづくりが大好きで、おもちゃ職人になりたかったという彼女。彼女の生み出す作品は、触ることで何かを感じられるインタラクティブなものが多く、ポスターやパンフレットなども、独自の仕掛けで見るだけではない『感じる』ことができる作品が多く見られます。※記事掲載はデザイナーの許諾を得ています。(Thank you, Sok! )
自然を間近に体感する、植物が生えるポスター
近年ますますデジタル化が進み、情報過多な環境は猛烈なスピードで世界中に広がっています。仕事の合間の休憩も、片手にスマートフォンが欠かせなくなっている毎日。都会に暮らす人々の『休息』に『自然』を取り入れることを促進するのが、この「TAKE A GREEN BREAK」のコンセプトです。
長時間のデスクワークにとって、合間の休憩は必要不可欠。コーヒーブレイクのひととき、皆さんはどのような時間を過ごしているでしょうか?SNSをチェックしたり、動画サイトを閲覧したり、ネットサーフィンをしたりしていませんか?今の世の中は、指先一つで世界中の情報にアクセスできます。その恩恵は計り知れないものではありますが、気がつけば情報を摂取せずにはいられない『情報中毒』に陥ってはいないでしょうか?
ある大学の研究実験によると、作業途中の休憩で、半数のチームにはコンクリートの壁を、もう片方のチームには自然の写真を見せたそうです。40秒後作業を再開した時、自然の写真を見せたチームの方が圧倒的にミスが少なく、集中して作業に取り組めたという結果が出たとのことです。この結果からもわかる通り、人の休息に与える『自然』の効果は大きく、とくに精神的な疲労には多大な効果を発揮することが認められています。
そんな自然の効果を直に体験してもらおうと制作されたのが、『Awareness poster』と題されたポスターシリーズです。真っ白な紙の真ん中に穴が開けられ、そこに植物が自然そのままの姿で顔を覗かせています。
触れて感じる
「TOUCH」と題されたポスターには芝生にあるような草が青々と生えています。実際に触ることで草の手触り、柔らかさを感じ、緑の感触を味わうことができます。
見て気づく
次のポスターは「GAZE」。意味は「視線」や「凝視」。ここには、4つの異なった種類の植物が植えられており、じっと観察することで、同じグリーンでも、葉っぱの形状や生え方に個性があることに気づかされる作品です。普段外を歩いている時にも、木々や葉は身近にあるものですが、足を止めてよく見つめる機会はそう多くはありません。このようなかたちで接することで、今まで知らなかった植物の美しさに気づくきっかけになるのではないでしょうか。
香りを知る
最後のポスターのタイトルは「SMELL」。中にあるのは木の皮。木の皮の香りを嗅ぐことで『森』の香りを知ることができます。森林浴に代表されるように、森は心身ともに人を癒すことのできる自然の力を秘めた場所。木からも人体に有益な物質が放出されていることが、数々の研究で実証されています。実際に木の香りを体感することで、その言葉にならない心地よさを感じ、自然のもつ力を実感してもらうことが目的です。
これらのポスターシリーズは、身近にある自然に目を向けてもらうことを目的に作られています。都会の中にも少ないながら存在する緑や木々。生活の中であえて意識を向けることはあまりないかもしれませんが、このような展示物として注目を集めることで、自然の良さを再発見することができます。また、日常生活に取り入れることでより質の高い休息をとれるという機能的な側面が、新たな自然の魅力として印象付けられるのではないでしょうか。
緑を感じる休憩を提案する、フライヤーデザイン
先ほどのポスター作品に続き、「TAKE A GREEN BREAK」プロジェクトの中で制作されたフライヤーです。
1/4に畳まれたフライヤーを広げると、美しい自然の風景を切り取った写真があらわれます。写真は「空」「砂」「緑」の3種類。この写真の部分をオフィスや仕事部屋に貼り、休憩時に眺めることで、自然の安らぎを取り入れることができます。
写真スペースの下にあるページを広げると、「緑の休憩をとる10の方法」と題された文章があらわれます。全面を広げれば写真+文章のポスターに、文字部分が見えるように2つに畳めば読み物になります。
フライヤーには、日常の中で緑を取り入れた休憩をとる10通りの方法を紹介しています。それは、外での短い散歩や、アウトドアランチのすすめ、静寂に耳を澄ませる方法など、思い立ったらすぐに行動に移せるような、緑との付き合い方が書かれています。
ポスターで自然を感じ、フライヤーで緑と触れ合う方法を知る。こうして段階を追ってアプローチしていくことで、ただ見るだけの広告では終わらない、体験をともなうプロジェクトとして成立するのです。
つまらない?シンガポールを面白くするガイドマップ&パンフレット
『つまらない』という評判を時折聞くシンガポール。それは、旅行者からも現地に住む人々からも聞かれる感想のひとつです。果たしてシンガポールは本当につまらない国なのか?『つまらない』というマイナスの観点から自国を眺める風変りなガイドブックです。
1冊目のパンフレット
マップ、ガイド、ドキュメンテーションという3つで構成される「Exploring Singapore」。まず手に取るのは「THE MAP」と書かれた地図。タイトル部分をよく見てみると「Exploring Singapore」の「Singapore」に円形が足され、「SingapBore」に。Singaporeと『つまらない』の意味のBoringを掛け合わせた少々シニカルな表現になっています。
マップを開くと、表面にはシンガポール都市部を描いた立体的なイラストマップが描かれています。実在するユニークなストリート名が書いており、見ているだけでも興味をそそる内容です。
そして、そのパンフレット中面の中心には、『シンガポールはつまらないか?』と大きく書かれ、肯定的と否定的、両側面から見たシンガポールのさまざまな概要がピクトグラムと共に紹介されています。
2冊目のパンフレット
2冊目に手に取るのは「THE GUIDE」。真っ赤な表紙にシンガポールの国土のかたちに沿って切り抜かれた穴。そこから覗くのは「THE MAP」で登場したイラストマップ。淡いブルーの色調に変わり、街並みの雰囲気を演出しています。
「THE MAP」で紹介したシンガポールがつまらない理由について、より詳細に検証していきます。ピクト×ボディコピー×詳細を1セットにし、わかりやすくイメージしやすい方法でまとめられています。赤と黒の2色使いが情報を整理し見やすさのポイントとなっています。
さまざまな情報を検証し、辿り着いた答えは「ひょっとすると、考えていたほどつまらなくないんじゃない?」という可能性です。マイナスの仮定から出発し、多くの情報をもとにシンガポールという国を多角的に考察していく中で見つかった一筋の希望の光。
このガイドブックは、一般的に言われているシンガポールのマイナスイメージを真っ向から否定するわけではなく、事実として受け入れた上で、まだ知られていない魅力を発見しようという等身大のシンガポールを案内するリアルなガイドブック。観光客が見ても、在住する人が見ても楽しめる新しいカタチのナビゲーションなのです。
ページを進むと、『まだ知らない街の魅力に出会う旅』をはじめるためのチュートリアルがはじまります。
旅に必要な持ち物リストからはじまり、探索の仕方や電車の乗り方など、まるで修学旅行のしおりやゲームの攻略ガイドのような風情が、遊びゴコロを刺激してワクワクさせます。
3冊目のパンフレット
そして最後の冊子「THE DOCUMENTATION」へと話は続いていきます。この冊子では、Sok Hwee氏が実際に街を探索した結果が記されています。
知らない街に電車で出かけ、自分の足で街を探索する。そこで出会った景色をカメラに収め、その時感じた心象を短い言葉で綴っています。それはまるで誰かのインスタグラムを見ているかのような旅行記。決して大げさではない誰にでもできる旅の記録を、ちょっぴりセンスの良い写真と言葉で見せていくことで『私もやってみたい』という動機づけに繋がるのではないでしょうか。
最後に実際に歩いた道を地図上で示し、あとがきとして旅の感想を綴っています。このドキュメンテーションが物語るのは、まさに等身大の旅、等身大のシンガポール。そして自らが旅をすることでしか得られない『経験』の大切さです。誰かが見せるために作ったシンガポールを歩くのではなく、自分が経験することで体感する新たなシンガポールの『価値』を発見する旅の提案なのです。
まとめ
チラシやポスターは、注意を引きつけ、興味を煽り、そして行動に繋げることを目的としています。多くの広告では、「行動」にあたるものが「消費」になることが多く、ゆえに商品の魅力を語る広告媒体がほとんどです。
今回ご紹介した2つのプロジェクトは目的とするものが「啓蒙」にほぼ近く、具体的な行動を示唆するまでのプロセスが非常に重要なものでした。やりかたを間違えれば難解につまらなくなってしまい行動には結びつかない。そこをわかりやすく、且つ楽しく見せることで、人をワクワクさせ行動を起こす原動力に替えています。百聞は一見にしかずと言いますが、自分が体験し感じたことはどんな広告よりも遥かに強い印象となって残ります。そんな経験をさせることができる体感型の広告はこれからますます注目されるのではないでしょうか。
design : Sok Hwee ( Singapore )
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