ポーランドで活躍しているグラフィックデザイナー Marta Gawin 氏は、2011年にアカデミーでグラフィックデザインの修士号を取得して以来、フリーランサーとして文化機関や商業団体をクライアントに数多くの依頼をうけています。
ヨーロッパ各地で数多くのデザインアワードを受賞している彼女は、ポーランド国内の大規模なアートや音楽にまつわるイベント、さらにはカトヴィツェ(ポーランドの都市)の建立150周年を記念したポスターやパンフレットのデザインなど、スケールの大きな仕事を多数手掛けています。そのデザインスタイルは、概念をかたちにするような論理的な設計でありながら、美しく大胆な構図や色使いが見る者の心を揺さぶるデザイン。彼女の描く先鋭的で美しい世界観を覗いてみましょう。※記事掲載はデザイナーの許諾を得ています。(Thank you,Marta! )
音楽と芸術を融合させた、クール&モダンなアートワーク
国際ジャズデーを記念してポーランドで開催された「Jazz art festival」のポスターデザインです。
ポスターのほか、チラシやパンフレット、屋外看板等が制作されましたが、そのすべてが基本的に黄色×黒×白×灰の4色だけを使いデザインされています。4色中、3色は無彩色で構成されており、その中に差し色として入ってくる黄色は、まさに目が覚めるような際立った存在です。黒と黄色の組み合わせは自然界でも危険色といい、生物の本能的な部分に訴えかける注意を喚起する配色です。
そのような強烈な配色をスマートに見せているのは、タイポグラフィと図柄のバランス感覚です。主に黄色で散りばめられた図形は、サックスの運指表をモチーフにデザインされました。その上に重なるようにして配置されたイベントタイトルは、図柄と重なる部分の色を変え、まるで反転したかのように見せるトリッキーなビジュアルを作り出しています。このように背景の図柄と密接な関わり方をすることで、紙面全体が一つの絵柄としての一体感を得、”ジャズ”と”アート”という2つの芸術を見事に融合させているのです。
上はイベントのキャッチコピーを全面に出したポスターデザインパターンです。「The spirit of Jazz is the spirit of openness(ジャズの精神は解放の精神にあり)」。不規則に並ぶタイポグラフィは“解放感”をあらわすかのように、自由で伸びやかに配列されています。背景の色をグレーに、文字色を黒にすることで、コントラストが弱まり、最初に紹介したポスターよりも随分とやわらかい雰囲気を感じます。ジャズが持つ独特の温度感が伝わる色合いです。
このイベントに際し制作されたフライヤーやパンフレットのデザインです。色味とシンボルデザインを共通項に、さまざまな形態の印刷物が企画されました。
中でも変わっているのは、ブックレット形式のこのパンフレットです。表紙だけが独立して作られているので、ジャバラ状の部分をすべてたたむと、表紙部分がファイルのような役割を果たし、ハンディな一冊の本のようになります。
ジャバラ部分は、表側がすべて、ページごとにイベント出演アーティストの写真が紙面いっぱいに紹介されており、シンボルデザインと重ねられ、まるで1枚のポストカードのように美しく仕上げられています。裏面には、出演情報やアーティスト紹介など表面のアーティストの詳細が記されています。この面にもシンボルデザインは生かされ、統一感を図っています。
かなり厚めの紙で印刷されているので自立することもでき、このまま立ててディスプレイとしても使えそうです。
他にはイベント概要やミュージアムの紹介などを掲載した、3つ折りのシンプルなリーフレットが制作されました。
パンフレットを制作する上で、「情報をどのように伝えたいのか」という目的ごとに最適な形式を選び、内容を編集することはとても重要な作業です。先にご紹介したジャバラ状のパンフレットは、デザインを重視し、アーティスト1組1組にスポットをあてて詳細に紹介するなど、このイベントにおける記念品的な役割を持ち、イベントが終了したあとも手元に残したくなる作品となるよう制作しています。
対して、3つ折りリーフレットは、情報を簡潔にまとめ、見た人に必要な内容が端的に伝わるよう編集されています。細部のデザインにこだわるというよりは、全体に見やすさと統一感を優先させ「わかりやすさ」に重きをおいています。目的により媒体を使い分けることで、見る側も情報の迷子になることなくイベントの全体像を把握し、自分の嗜好にあった情報を選択できるようになっています。
紙媒体のほか、同じデザインを使ったイベントグッズとしてピンバッジが制作されました。宝飾メーカーで型を起こして作られた本格的なもので、制作側の実直なこだわりが感じられます。
街のあちらこちらに看板が掛けられ、イベントのスケールの大きさが伝わってきます。ハンディな紙媒体から大きな屋外看板まで、どのようなシーンでも映えるビジュアル・アイデンティティの設定は、イベントの顔を決めるとても大切な作業です。
色とりどりの数字であらわす、都市の150周年記念イベント
Marta Gawin 氏が暮らす、ポーランドにあるカトヴィツェ。カトヴィツェはポーランドを代表する工業都市。ヨーロッパの中央部に位置することから、ドイツやチェコなどへ向かう国際列車も往来する交通網が発達している都市としても知られています。そんなカトヴィツェが2015年で開基150周年を迎え、街中でお祝いの式典や講演会、コンサートなどさまざまな祝典が執り行われました。
場所も内容もさまざまな記念イベントを総じてどのようにビジュアライズすべきかという難題に、彼女は共通項となるコンセプトを見出します。「1865-2015」。カトヴィツェのはじまりの年から今までをあらわす2つの年です。この2つの年をあらわす数字と150年の年月をあらわす[150]を組み合わせ、ビジュアル・アイデンティティを構築していきました。
これらのポスターは、カトヴィツェ150周年記念プロジェクトの中で行われる、コンサートや講演会などそれぞれのイベント用に作成されたポスターです。すべて背景に3つの数字が描かれ、それに重なるようにイベント名や日時、概要などが記載されています。同じ構成でありながら、それぞれの印象を主張できているのは、そのハイコントラストなカラーバリエーションのおかげです。
このプロジェクトは、一つの命題の下に集められたたくさんの要素から成り立っています。また、カトヴィツェが生まれ、これまで歩んできた150年間には、一言二言では言い表せないほどたくさんの出来事がありました。そうした歴史的な歩みとイベントの性格を踏まえ、多彩なカラーリングを用い、その多様性を表現しているのです。
このプロジェクトではポスターデザインのほか、チラシ・パンフレットやリーフレット、店置き用のPOPなど数々の宣伝物が制作されました。上はパンフレットの一つです。モノクロのスタイリッシュな表紙からはじまり、開くとサイズ違いのイエローのトビラ。表紙と繋がることで「1865」の数字が色違いで現れるようになっています。その続きは赤の厚みのあるページへとつづいています。
赤のページ以降、同じような厚みで水色、紫とページが続いているのですが、この厚みのあるページには驚くべき仕掛けが隠されています。
なんとこれらのページはすべて、袋とじのような仕様になっており、上の写真のように端を裂き、中から新たなページが姿を見せるという仕組みになっています。
サイズ違いのトビラといい、袋とじ加工といい、通常のパンフレットにはないこのような仕掛けは、非常にプレミアムな雰囲気を感じさせ、街の記念プロジェクトにふさわしい手の込んだ記念冊子と言えます。
会期中、街のバーや飲食店等におかれたイベントPOPです。厚紙で自立するように作られ、中面にもメッセージが書かれています。面ごとにビビッドなカラーでデザインされ、2つの数字がそれぞれの面をつないでいます。
ほかにも、インビテーション用の3つ折り仕様のチラシデザインや、屋外看板なども制作されています。どれも、数字と多彩なカラーリングという2つのビジュアル・アイデンティティを則ることで、このプロジェクトの一環であることを印象付けています。
屋外コンサートの様子です。大きくカラフルな数字たちに彩られ、賑やかなイベントとなったことでしょう。
街に彩りをもたらす、革新的なアートフェスティバル
ポーランドは、かつて大戦中だった頃、共産主義のもと効率性を優先させた結果、無機質な建物が多く建てられました。四角い大きな建物に小さな窓。色は灰色や茶色など、個性の欠片もない無味乾燥な建物が目立ちます。特に、炭鉱を多く抱える工業都市カトヴィツェは、その負の遺産が一層色濃く残されています。
そこで近年、こうした無機質な町並みに彩りをもたらすアートイベントが盛んに行われ始めました。その一つがこのストリートアートフェスティバルなのです。上は、ポーランド語で書かれたキャッチコピーをメインビジュアルに仕立てたイベントポスターデザインです。訳すと「街は危機に瀕しているか?」となります。切迫したコピーの内容を表すかのような切れ切れになった文字。背面にある鮮やかな色使いのブロックたちは、下の動画を見ていただければわかるとおり、機械的な動きで移動し次々に入れ替わる、まるで工場で作られる工業製品のパーツのようなものです。
動画にも登場するほかのカラーパターンのポスターも制作されています。
こうしたポスターのほか、リーフレットやポストカード、円形のチラシデザインなどが制作されています。
この一見、白が主体のシンプルなポストカード・ポスター。実はここにキャッチコピーの解になる言葉が隠されています。
ブラックライトを照射することで、ある言葉が浮かび上がります。「miasto to jed no wielkie klam stwo」訳すと「街は大きな嘘をついている」
ともすれば、虚無感に押しつぶされてしましそうな殺風景な街だけど、グラフィティアートの力で、個性豊かなアートな街に生まれ変わることができる。そんな思いをこの2つのコピーに変えてビジュアル・アイデンティティとしたのではないでしょうか。
イベント案内のリーフレットも3つのカラーバリエーションで制作されました。4つ折り両面刷り、カラー面は表紙のカラーを引き継いだイベントマップ、裏面はアーティスト情報やワークショップやコンサートの案内になっています。
イベントの狙い通り、街に色を与えるポスターやサインは市内のあちらこちらに設置され、その会期を大いに盛り上げたことでしょう。
彼女のデザインは色使いがとても印象的で、洗練された美しさを感じさせます。どのデザインも、コンセプトの趣旨をよく理解した上で、斬新な表現方法に挑戦し、どれも見事に成功を収めています。美しくスマートでありながら、その奥にある表現への情熱や、新たな分野への開拓精神が彼女を前へと進ませているのかもしれません。
design : Marta Gawin ( Poland )
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