スペイン第二の都市バルセロナを拠点に活動しているグラフィックデザインスタジオAtipusは、1998年の設立以来、ブランディング、パッケージ、ウェブサイトなど広範囲なサービスを提供しています。
公式サイトには次のようなコメントが掲げられています。
「私たちはコンセプチュアルでシンプルかつクリエイティブなデザインを信じています」
スタジオAtipusの制作例を見ると、課題に正面から向き合っているという印象です。基本に忠実で、正統的なアプローチをとっていますが、それは、論理的に練り上げた戦略に裏打ちされています。
上品で間違いのない確かさを、いずれのプロジェクトからも感じます。※記事掲載はデザイナーの承諾を得ています。( Thank you, Atipus! )
消費者の意識に訴える公設市場活性化の広告キャンペーン
マドリードの観光スポットとして、食材にあふれたマーケットがあります。20世紀初頭から続いているサン・ミゲル市場などが有名です。屋外で催されるフリーマーケットなどとともに、多くの観光客でにぎわっています。
そういった国内外のツーリストに人気の市場とは別に、市営のマーケットが、マドリードにはあります。40か所を超える公設市場は、地元のひとたちの普段の生活を支えています。
マドリード市役所は、公設市場の持続可能性を高めるために、「すべてはマドリードにある」(Todo está en Madrid)というショッピングモールサイト(todoestaenmadrid.com)を設けました。
公設市場の価値を再認識してもらうための情報発信をおこなっています。また、公設市場の店舗のためのEコマースサイトとしての役割もあります。ウェブサイトに加えてSNSも活用。
そのマドリードの公設市場の広告キャンペーンを、スタジオAtipusは、やわらかいビジュアルと断固としたコピーで展開しました。
コミュニティの持続可能性を目指したキャンペーン
公設市場の良さは、まず、新鮮で質の良い商品が手に入ることです。しかし、それだけでなく、隣人どうしの親密なつながりを育みます。
一般消費者と店との密なコミュニケーションが可能な場所というだけではありません。近隣の飲食店も仕入れに公設市場を利用します。市場の地位が高まり、ビジネスとしての取引が増えれば、地元の経済を活性化し、コミュニティの持続可能性にも貢献します。
こういった利点を強調したキャンペーンをおこなうことで、公設市場をサポートするというのが、マドリード市の目標でした。それは、公設市場を、地域に対する意識の高いマドリード市民にとっての「行きつけの場所」にすることです。
広告キャンペーンを手がけたスタジオAtipusは「マドリードの公設市場は街のDNAの一部である」と言っています。
コンセプトを象徴したさりげないビジュアル
キービジュアルは、ひとの腕にかかえられたさまざまな食材と、そこに伸ばされた手で構成されています。
たまねぎ、ブロッコリー、にんじん、オレンジ、チーズ、魚などを大切そうに持つモデルの服装は、いずれもプレーンです。これは、彩り豊かな食材を視覚的にジャマしないように、という配慮もあるのでしょう。
食材に伸びた手には、どういう意味があるのでしょうか。スタジオAtipusが製作したキャンペーン動画を見ると、腕の中の食材の山にあたらしい商品を追加していることがわかります。
食材を置く手を見せることで、親密でパーソナルなつながりを象徴していると考えられます。カジュアルな服装からは、地元コミュニティの日常的な消費活動を感じます。
消費者の意識に訴えかける強いキャッチコピー
モデルと食材、コピーの組み合わせの違いで、いくつかのバリエーションが作られました。ビルボードやポスター、デジタルサイネージなど、サイズやプロポーションはさまざまです。広告メディアによっては、商品を追加するために伸ばした手を見せないバージョンや、ほとんど人物の存在が感じられないものもあります。
最も基本的なバージョンは、キービジュアルとマドリード市のロゴに、短いキャッチを組み合わせています。キャッチは、次のいずれかです。
「市場を選ぼう」
「自分を大切にすることを選ぼう」
「ご近所を選ぼう」
キャッチコピーが変わっても、同じビジュアルが少しずつ違うニュアンスを生みながら、無理なく成立しているのが面白いです。
3つのキャッチを同時に並べて見せているバージョンもあります。そのバージョンでは、「あなたの選択が、より身近で持続可能な都市を促進します」というサブキャッチが添えられています。
ショッピングモールサイトのアドレスだけが大きく配置されたシンプルバージョンもあります。
デパ地下もそうですが、市場を見ると、地元の暮らしをリアルに感じることができます。今度マドリードを訪れたら、公設市場をのぞいてみるというのも楽しいでしょう。
Creative Direction:Atipus
Video Direction:Christian Martinez
DOP:Manuel Ruiz
Video Production:Menta TV
Color Grading:Joan Martínez Urango
Producer:Adrian Martos
Documentary Photography:Mario Rey
安全ベストの色でメッセージを市民へ届けるキャンペーン
大きな街を歩いていると、公共工事のために通路を迂回させられることがあります。自動車に乗っていて、年度末の工事による渋滞にイライラした経験もあると思います。文句のひとつも言いたくなるでしょう。
国際都市マドリードでも事情は同じです。道路や橋などのインフラを改善するときは、市民に負担を強いてしまいます。
もちろん、この一時的な不便は、快適な都市生活を提供することが目的です。これについて市民の理解を得るために、昨年マドリード市は「未来のマドリード」キャンペーンをスタートしました。市が取り組んでいる改善に関する計画と詳細を市民と共有しようというキャンペーンです。
依頼を受けたAtipusは、蛍光イエローとライトグレーをキャンペーンのアイデンティティ・カラーとして採用しました。これは、工事現場のスタッフが装着する高視認安全ベストの色です。ライトグレーは反射板の色が元になっています。
この2色の帯を背景に、テキストだけで市民に向けてメッセージが伝えられます。デジタルサイネージやビルボード、ポスターなどで発信されているのは、次のような不便をかけるお詫びや工事の詳細です。関連情報のサイトのアドレスも掲載されています。
「私たちは来るべきマドリードを築いています」
「お待ちいただきありがとうございます」
「ジェネラル・ペロン通りの改築」
「マドリード 設備計画 2019 – 2027」
「計画施設と実施状況」
安全服と同じ色によって、なんらかの工事に関する情報だろうということは直観的にわかります。そして、そこにはマドリード市当局からのダイレクトなメッセージが掲げられているのです。
市民が各所で遭遇する工事は、それぞれ個別のものです。しかし、こういったマドリード市からの言葉を、統一的なデザインで受け取る市民は、将来を見据えた改革が、都市全体で包括的に進められているのだと感じられるわけです。
シンプルかつダイナミックで、理にかなったソリューションと言えます。
タイポグラフィ主体のワインパッケージデザイン
スペインは、ぶどうの栽培面積が世界一で、ワイン生産量も世界第3位のワイン大国です。
スタジオAtipusもワインに関連したパッケージ、ビジュアル・アイデンティティ、ウェブデザインなど数多く手がけています。その制作例の一部をご紹介します。
いずれもテキストを主役とした、Atipusらしい大胆さと繊細さを兼ね備えたデザインです。
「人間の塔」に着想を得たパッケージデザイン
カタルーナ州のワインセラーから発売されている「Dos de Set」は、2リットル入りの箱ワインです。カタルーニャ語で「のどの渇きを癒やすワイン」を意味する「vi de set」と呼ばれる気軽に飲めるタイプの赤ワインがはいっています。
パッケージは、赤とベージュのボーダーを背景に、サンセリフ系のコンデンス書体でテキストがレイアウトされています。「20杯」「Dos de Set」「赤」「モンサン」「セリェル・マスロッチ」「2リットル」といった、ブランド名やブドウ産地、ワイナリーの名前などの情報です。
ボックスワインのパッケージは、ボトルラベルよりも印刷面が広いので、趣向を凝らしたものが多いですが、そのなかでもAtipusの手がけたDos de Setのデザインは際立っています。
カタルーニャ地方の伝統行事のひとつに、「人間の塔」(castell)というものがあります。祭りや催しでおこなわれる競技です。人の肩に人が立ち、それが積み上がって、何段もの塔が作られます。2010年に、ユネスコの世界無形文化遺産に登録されました。
1段を何人で組むか、何段組み上げるか、によってさまざまなバリエーションがあります。総重量を支えるために、1段目は精密なフォーメーションをとったチームが外側からサポートします。
各パターンはそれぞれ異なる名前で呼ばれます。この中にも「Dos de Set」(7の2)と呼ばれるものがあり、1段をふたりで組んで、7段の塔にするものです。これがパッケージのボーダーが7本になっている理由です。
正面・背面という考え方から自由なラベルデザイン
カタルーニャ州のワイナリー「Terravinyada」は、新しいプロジェクトによって生まれた若いブランドです。地元の肥沃な土地に影響された本物のワインを、伝統的なアプローチで生産し、持続可能なライフスタイルを促進するのが目的としています。
「Terravinyada」というブランド名は、スタジオAtipusが考え出しました。「terra」(土)と「vinyada」(ぶどう園)との組み合わせです。豊かな土壌でワインを生産する、というプロジェクトの考え方を表現しています。
スタジオAtipusは、ビジュアルアイデンティティとパッケージ、ウェブサイトのデザインを手がけました。
ワイナリーからのメッセージを視覚化するにあたって、Atipusが考え出したのは、ブランドの技術的側面と感情的側面をはっきりと分けて、互いに補完的な要素として見せるというビジュアルコンセプトです。
技術的なテキスト情報は白黒のモノトーンで表示し、エモーショナルで実験的な要素を色彩で表現しています。
これはボトルのラベルデザインでも同じです。一般的なラベルは、前面にブランド名とビジュアル、背面にスペック的な文字要素という構成です。
これに対し、Terravinyadaでは、技術的な要素と感情的な要素は、完全に同等に扱われています。前面・背面という考え方にはなっていません。伝統と品質を感じさせるタイポグラフィで組まれたテキスト要素の面と実験的なビジュアル要素の面が、ボトルを包んでいます。
ワインは3種類あります。製品のコンセプトは、最初のステップ、独自のスタイル、習得した知恵、というワイン作りのプロセスに即しています。キャップやラベルのビジュアルと色は、それぞれを抽象的に表現しました。
伝統的な精神を現代的な装いで見せるラベルデザイン
先に紹介した「Dos de Set」を発売しているワイナリー「セリェル・マスロッチ」(Celler Masroig)は、1917年に協同組合として創業しました。現在では200件の農家が加入している、カタルーニャ州を代表するワイナリーのひとつとなっています。
2014年には、先進的な醸造所を増築するなど、伝統を踏まえながらも、革新をおこたらず、創造的なワインを数多く提供。国内外で評価を高めています。
スペイン原産のぶどうを使った「Les Sorts」は、古代のぶどう畑のある、この土地と歴史へのオマージュでもあります。
スタジオAtipusがデザインしたラベルは、見事なバランスで伝統と現代性の両方を表現しています。
書体やタイポグラフィだけでなく、用紙の選択、箔押し、周辺の加工など、印刷技術についての深い知識がハイグレード感を演出するのに大きな力となっているは間違いありません。
design : Atipus (Barcelona, Spain)
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