皆さんは『ポップ・アート』と聞くと、何を思い浮かべますか。アメリカ合衆国のアーティスト、アンディ・ウォーホル(Andy Warhol)やロイ・リキテンスタイン(Roy Lichtenstain)、日本人ではグラフィック・デザイナー、横尾忠則の作品が頭の中によぎる方が多くいらっしゃるのではないでしょうか。
ポップ・アートは大量生産や大量消費社会をテーマとした芸術運動のひとつです。元々は1950年代半ばにアメリカ大衆文化の影響を受けてイギリスで誕生しましたが、実際にポップ・アートが盛んになったのは、1960年代。当時の魅力的な商品や大衆文化の発信地であったアメリカ合衆国、ニューヨークで花開きました。
ポップ・アートが盛んになった理由は色々とあります。それまで大量に生産されデザイン的にも似通った既製品を、ポップ・アート・デザイナーが消費者の心を一瞬で掴む魅力的な作品に作り上げ、イメージに肯定的なものに塗り替えたのが、ポップ・アートを芸術の領域に位置付けた一番の理由でしょう。また、大衆文化をベースにしているので、商品や音楽・映像などのメディアに囲まれて育った世代の若者に刺激を与え、幅広い層に受け入れられやすかったのも要因の一つです。
商品や広告のデザインのイメージはクールで洗練されたものが多くなってきている今日ですが、ポップ・アートを基盤にした芸術・デザインは依然として世界中で好まれ続けています。消費を煽るための単なる商品情報の提供目的でしかなかった広告デザインから、商品を記号化しながら新しいビジュアルイメージを構築し、個性的で新鮮なものへとポップ・アートは常に進化し続けているのです。
今日は、現代のポップ・アートを先導するフランス人のイラストレーター、Freak City 氏が作り上げるポスターやフライヤーデザインなどの制作事例をご紹介します。※記事掲載はデザイナーの許諾を得ています。(Thank you. Freak City! )
Freak City氏は1984年生まれのフランスのメス(Metz)出身、現在はボルドー(Bordeaux)を拠点に活動をしているイラストレーターです。スケートボードのグラフィックや各種フライヤー/ポスター作品で有名ですが、最近ではインスタレーションやテキスタイル・グラフィックといった幅広い創作活動を繰り広げている注目のアーティストです。
Freak City氏の作品の原点は何か、という問いに、インタビューで彼は次のように語っています。「自分は幼い頃からスケートボードを好むパンク・ロック少年だったのと、漫画や絵画を実際に描くことに憧れ、それができる人たちに魅了されて育ちました。自分のアート・コンセプトの源はこれにあると思います。」
チェスをモチーフにしたパーティーのポスターデザイン
この二つのポスターは、 パリのLe Monseigneurクラブで月初めの木曜日に毎月開催されている『NOISEY THURSDEY』と呼ばれるパーティーのポスターデザインです。1930年代にロシア・キャバレーとして産声をあげたLe Monseigneurは、今ではハウス、ディスコ、ヒップ・ポップ、テクノミュージックを楽しめるナイトクラブとなっています。
どちらのポスターも手描きの味のあるラインで丹念に描き込まれた作品ですね。採用されたモチーフも非常に個性的で、一番目のポスターデザインはチェスのナイト(騎士)がモチーフ、二番目のものは骸骨の手で動かされるチェスの駒・ルークがモチーフとして採用されています。
ポスターのカラーリングに関しては、使用されている色の明度・彩度が全て統一されたもので構成されていて、視覚的に比較的落ち着いた穏やかなものであるのがこの作品の特徴です。
彼の制作プロセスの大きな特徴は、プロジェクト開始時にめったにランダムなスケッチをしないこと、また、プロジェクトに必要なあらゆる情報を習得し、同時に自分のプロジェクトに対するコンセプトを念密で明確なものにしていく考える時間をできる限り持つようにするということです。
コンセプトがはっきりした後、スケッチを開始しドラフトを作り上げるのですが、どの媒体のプロジェクトにおいても、デジタルで色を塗る前に完全な図柄をインクで作り上げるそうです。この二つのポスターの作品も基盤のモチーフがきっちりと鮮明にインクで制作されており、Freak City氏の非常に高い画力が伺えます。
個性が爆発するコンサートのポスターデザインたち
こちらの作品はFreak City氏が最も得意とする数々のロックコンサートのポスター作成例です。
幼い頃から音楽に興味を持ち、ティーンエイジャーの頃よりパンク・ロックバンドを友人と形成していたCity氏は、グラフィックデザインと音楽活動は、お互いにインスピレーションを交差しあえる緊密な関係にあると、過去のインタビューで語っています。
いつの時代でもパンク・ロックは彼にとって、『表情豊かで強力なイメージを持ったもの』でした。パンク・ロックに対する彼の気持ちやイメージはティーンエイジャーの頃より変わっておらず、『何かに対していつも”怒り”に満ちているけれど、同時に豊富な”ユーモア”センスを持っているもの』で、『遠ざけたいと思いつつも実際には離れられない魅力的なもの』。このFreak City氏の熱い気持ちをそのまま忠実にグラフィックに表現したのがこれらの作品です。
まず一番始めに目に入るのが、コミカルかつアイロカルな独創的なモチーフの創造とその綿密に描き込まれた描写です。
『怒り』と『ユーモア』に満ちたこの独創的なモチーフたちはまさにFreak City氏のロックに対する思いそのもの。パッと一見して、そのカラフルで力強くエネルギッシュなこの描写に驚嘆し、いったい何が描かれているのか知りたいともう一度じっくり見たくなるような誘導効果を持つ作品です。
イラストレーションにばかり目がいきがちですが、ポスターデザインに欠かせない文字情報もきちんと配置されています。バンドやコンサート名称や日程、場所、開始時間、また入場料など、イラストレーションと一体化しながら詰め込まれていて、作品をより豊かに構成しています。
繊細な手法で組み立てるアートフェスのポスター作成例
フランス北東部アルザス地方バ・ラン県のコミューン(地方自治体): セレスタの 『Zone 51』は、コンサート、様々な分野の展覧会、講演会、ワークショップ等をオーガナイズする文化促進協会です。
このZone 51の提供により、2014年12月16日の火曜日から20日の土曜日まで、音楽と絵画をテーマとしたフェスティバル『LES ROCKEURS ONT DU COEUR(「ロックミュージシャンは心を持っている」という意味)』が開催されました。
Freak City氏はこの期間中、ライブペインティングにゲストとして招かれ、3日間にわたり、毎日一点ずつ公衆の前でパフォーマンスを行いました。
このフェスティバルにおいて、ライブペインティングの他にCity氏に依頼されたのは、フェスティバルのタイトルのロゴとポスターのデザインです。
この制作作業においてもFreak City氏はいつも通り、鉛筆で一つ一つのスケッチを丁寧に繰り返し、その後インクで完璧な図柄を完成していきます。彼の作品のライン作りは徹底して手作業でされていて、いかに彼が一本一本のラインに思いを入れているのか、出来上がったポスターから伺えます。
ポスターの制作工程は、まずモチーフの背景となる建物を描写。並行して、モチーフとなる数々のキャラクターたちを個々に生み出していきます。
キャラクターの配置の検討に関しても、コラージュをしながらの手作業で行われているのが非常に特徴的です。コンピューターで画面を見ながらデザインの構成を考え、モチーフの配置をデジタル的にこなすデザイナーが多い今の時代に、彼のように徹底的にアナログ手法で作品の主要部分を作り上げるデザイナーは珍しくなりました。
こうした緻密な作業から完成したそれぞれの作品は、まさに『生きている』デザイン。表現豊かな鮮やかで人間味を感じさせられる、Freak City氏のデザインにかける情熱をクリアに反映したものに仕上がっています。
タトゥーイベントのクールで精密なポスターデザイン
最後はフランスの南部モンペリエ(Montpellier)で毎年開かれているタトゥーのフェスティバルMONTPELLIER TATTOO CONVENTIONのポスターデザインです。
日本では一部ネガティブなイメージも存在するタトゥー(入れ墨)ですが、欧米では周りを見渡してみると、日本に比べて多くの若者がタトゥーを入れていることに気づきます。特にここ最近は、有名な欧米のアイドルタレントやサッカー選手たちが率先してタトゥーを入れているのも影響してか、タトゥーは若者の間で流行。彼らにとってタトゥーはごくカジュアルなもので、それぞれ気に入った絵柄やメッセージを入れているのが現状です。
もちろん、欧米の全ての人たちがこの風潮に賛同しているわけではなく、否定している人たちも大勢いますが、タトゥーが市民権を得ている大きな理由は、一種のファッション・アイコンとして捉えられていることにあるでしょう。
フランス国内や海外からのタトゥー・アーティストが集まり、タトゥーの実施や展覧会を中心に、各種コンテストやコンサートなど、様々なイベントを開催するモンペリエ・タトゥー・フェスティバル。この第4回のイベントポスターデザインをFreak City氏が担当しました。
骸骨にヘビが絡みつく鮮烈な様相のモチーフですね。作品の絵柄やロゴタイプの明確なアイデアを最初から持ち、迷うことなくされる鉛筆での丁寧な下書き、その後の細密なインク入れ、最後に画像を引き立たせる配色で施されるカラーリング、というFreak City氏の徹底した創作プロセスを駆使して作られた作品です。
まとめ
イラストレーターになりたいという子供の頃からの夢をまさに実現、現代のヨーロッパ・ポップ・アート界をリードしているFreak City氏の制作物を見てきました。
大衆文化や消費社会をグラフィックで表現するポップ・アートの流れを汲みつつ、時勢に対応しながら制作の中に自分の主張を汲み入れ、現代にマッチした作品をFreak City氏は次々と発表し、活動範囲を広げています。アナログ・デジタル双方の手法を上手に使い分け、音楽、映画、文学、政治、時勢と幅広いジャンルからインスピレーションを受け制作活動を続ける彼の姿勢は、多くのデザイナーへの参考となるのではないでしょうか。
design : Freak City ( France )
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