世界に溢れるさまざまなグラフィックデザイン。同じオリエンテーションを受け、コンセプトが同一だとしても、作り手のデザイナーの個性や技量によりその仕上がりやイメージは異なります。
オランダのフリーランスデザイナー Sophie Shand 氏が創るデザインは、軽やかで清潔感のあるフレッシュなトーンが大きな魅力の一つ。コンセプトを忠実に表現しながらも、ハイコントラストで爽やかな世界観は彼女ならではのもの。近年彼女が手掛けたプロジェクトを眺めながら、クリーンな印象を見る側へ与えるデザインのポイントを考察していきましょう。※記事掲載はデザイナーの許諾を得ています。(Thank you, Sophie! )
『流れ』をビジュアル化したポスター&パンフレットデザイン作例
ノヴァ・スピバック氏が書いた、インターネット社会についての書籍に関するカンファレンス「The Flux Conference」のポスターとパンフレットのデザインです。 テキストが様々な方向を向いて配置され、それに重なるようにして散りばめられた矢印。さらにその上に書かれた「colloque le livre a l’heure du numérique(デジタル時代の本についてのカンファレンス)」の文字。この印刷物は、遠くから見るとポスター、手に取って見るとパンフレットになるように制作されたものです。
このカンファレンスの主題となっている、ノヴァ・スピバック氏の著書は、現代におけるインターネットの潮流と発展の方向性について言及した一冊です。この書籍について、Sophie Shand 氏は、この本には、常に「動き」と「方向」の概念があり、このカンファレンスのビジュアルコンセプトを設定するにあたり、「矢印」をもって、ノヴァ・スピバック氏の考えをカタチにすることを決めたと話しています。
インターネットが作り出す「流れ」についての記述が、縦横入り混じりテキストとして配置され、読む順を追うようにしてマゼンタの矢印が置かれています。矢印に導かれ読み進めていくと、紙を回転させたり、大きさに合わせて折り畳むようになっており、最終的には自然とコンパクトな形状になるという、「流れ」と「方向」を生かしたパンフレットになっています。
また、ポスターとして見たときは、テキストは地紋のようであり、矢印は紙面デザインにアクセントをつける装飾の役割を果たしています。右上のショルダー部分には、パンフレットの表紙部分になる空色のページがあり、ポスターとして見たときに、きちんと日程が伝わるように配慮されています。
配色センスが光るブックレットデザイン作例
「Maastricht」と題されたこのブックレットは、オランダの古都マーストリヒト市とEUとの関係性に端を発した、街の魅力を再認識させるために制作されたものです。
EU発足時に締結されたマーストリヒト条約は、オランダのマーストリヒト市で調印され、以降EU発足へと繋がりました。EUが成立してからというもの、ストラスブールやブリュッセルといった都市が政治的にも文化的にもEUの重要拠点として脚光を浴びてきました。しかし、マーストリヒト市は条約の調印以来、これといって注目されることもなく取り残されてしまった感が否めないという観点から、もう一度マーストリヒトの魅力を発信し、ヨーロッパの都市として再認識してもらおうというのが、このブックレットの趣旨です。
イエローとブルーの紙切れのようなピースが散りばめられた表紙は、マーストリヒトの失われたヨーロッパ都市としてのアイデンティティをあらわし、あらゆるイメージがバラバラになっている現在の状況を表現しているそうです。
紙面は、イエロー・ブルー・ブラックの3色で構成されています。あえて、カラー写真は使用せず、単色もしくは2色の画像を使うことで、観光案内のパンフレットとは一線を画す、第三者の視点から街を再評価する客観的なイメージが表現されています。
表紙で扱った、紙のピースも随所に登場し、街の魅力の欠片を紹介するという意味付けと共に、ビジュアル的な統一感も図られています。
名物スイーツの紹介ページは見開きで大きく使い、ブルーで描かれた手描きのかわいらしいケーキのイラストが「FANCY CAKES」の名に相応しくトビラを飾っています。
最後のページと裏表紙です。手書き風のスクリプトフォントとイラストが、街のぬくもりを伝え、散歩してみたくなるような身近な感覚を抱かせます。
長い歴史をもつ都市を、3色のフィルターをかけPOPに紹介したこのブックレット。センスの良い配色とデザインで現在の街の様子を語ることで、新たな魅力を多くの人へ伝えることができているのではないでしょうか。
症状をビジュアライズしたアルツハイマー病の啓蒙週間ポスター
日本でもよく知られるアルツハイマー病。高齢者に発症が多く見られるこの病は、記憶の喪失や混乱・方向感覚の喪失など深刻な症状をもたらします。これらの症状や病気への認知を高めるために行われることになった、啓蒙週間「アルツハイマーウィーク」。そのポスターデザインをSophie Shand 氏が担当することになりました。
紙面いっぱいに書かれた「Alzheimer」の文字。しかし、文字は重なり、重複し、ずれてフェードアウトしていきます。これは、アルツハイマーの症状である混乱や喪失をデザインにしたもので、見た人に語らずともアルツハイマーの症状を感覚的に訴えることを目的としています。
色使いも、濃いグリーンから徐々に薄く淡くなり、最後は真っ白なスペースに溶け込むように姿を消しています。
まとめ
先の2つのデザインは白場を生かし、そこに互いを引き立てあうカラーを配置することで、ハイコントラストでPOPな世界が描かれていました。最後にご紹介したポスターは、コンセプトに合わせ、彩度は先の2つのデザインに比べると抑え目にしながらも、大胆なタイポグラフィの使い方にハッとさせられました。
Sophie Shand 氏のデザインは、色使いの卓越したセンスはもちろん、その見せ方でコンセプトを表現するアイディアに光るものを感じます。ただ美しく好感を持たれるだけではない、デザインの内面に潜む意義をあらわす彼女のデザイン技術は一流のものなのではないでしょうか。
design : Sophie Shand ( Netherlands )
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