ドットマトリクス印刷とは?
パソコンやスマートフォンなどのデジタルデバイスの画面に表示される文字や画像はすべてドットまたはピクセルと呼ばれる微細な点で描かれています。スタジアムやビルの壁面などに設置され、デジタルサイネージとして利用されているLEDビジョンなども、埋め込まれたLEDがドットとなって文字や映像を表現しています。このような表示に用いられている、整然と並べられたドットのパターンを「ドットマトリクス(dot matrix)」といいます。
デジタル機器のプリンターもほとんどがドットマトリクスの原理に基づいて文字や画像を印刷しています。これを英語で「dot matrix printing(ドットマトリクス印刷)」といいます。日本では「ドットマトリクス方式」という言い方が一般的で、「ドットマトリクス印刷」ということばは、あまり使われません。
ドットマトリクス印刷の原理
ドットマトリクスによる表現はどういうものかは、ビデオゲームの画面やバンダイのたまごっちの表示を思い浮かべてもらえば、イメージできると思います。ビットマップフォントやパソコン用アイコンを作ったことがあれば、ドットマトリクスの原理での創作をすでに経験済み、ということになります。
タテ・ヨコ限られた数のマス目、たとえば8×8個の正方形のうちのどれを点灯させるか、どのマス目を印刷するか、によって文字や記号、画像を表現するわけです。マス目つまりドットの数が多ければ多いほど表現の自由度は高くなります。
現在では技術の進歩のおかげで、パソコンやスマートフォンの画面のドット(ピクセル)は極めて小さく緻密になり、機器自体の処理能力も高くなりました。そのため普段は、画面やプリントアウトを見てもドットを意識することはほとんどないでしょう。
現代でもさまざまなシーンで、ドットマトリクスの原理に基づいた印刷がおこなわれていますが、「ドットマトリクスプリンター」という場合は、特定の印字機構を持つプリンターを指します。これについては後述します。
ビットマップフォントとドットマトリクスプリンターの元祖「Hellschreiber」
ドイツのRudolf Hell(ルドルフ・ヘル)が1929年にHellschreiber(ヘルシュライバー)という通信装置を考案しました。電話回線または無線で遠隔地へテキストベースの情報を送る機械です。世界初の商業ラジオ局が放送を開始したのが1920年、日本でラジオ放送が始まったのが1925年という時代のことです。
装置の名称の「hell」はドイツ語で、明るいとか賢いという意味です。地獄という意味の英語とはまったく関係ありません。また、「schreiber」は英語のwriterにあたり「書く人・モノ」という意味です。Hellschreiberは今風にいえば「スマートライター」といった感じでしょうか。発明者Hellの名前にもかけてあります。
ドットで文字を表現
このHellschreiberの特徴のひとつが、文字を7×7のドットに分解したことです。デジタル的に字形を分解し、ドットでアルファベットや数字をデザインしました。まさにビットマップフォントの元祖といえます。タイプライターによく似たキーボードで文字を打ち込むと、1文字ごとに合計49個のマス目(ドット)のどの部分を印字すべきかという単純なオンオフの電気信号に変えられます。そのオンオフ情報が遠隔地に電話回線や電波で送信されます。
ドットで文字を印刷
ふたつめの特徴が、ドットマトリクス方式による印刷です。受信側のHellshreiberは、受け取った信号のオンオフ情報に基づいて、紙テープに文字を印字します。タイプライターや活版印刷のような文字の形をした部品(字母)はありません。
印刷用紙である紙テープは、らせん状の突起のあるローラーと、圧胴の間を進みます。ローラーの突起にはインキがつけられています。信号がオンのときに圧胴が紙をローラーの突起に押し付け、オフのときには離れます。これによって入力されたドット文字と同じ文字が印刷されるのです。オンオフ信号に基づいてドット文字を印字するという仕組みは、のちに開発されるドットマトリクスプリンターとまったく同じです。
Hellschreiberは、現在でもアマチュア無線のモードのひとつとして残っていて、欧米を中心に愛好家の一部では利用されているようです。紙テープへの印字はなく、代わりにソフトウェアで画面上に表示されます。
ドットマトリクスプリンターとドットインパクトプリンター
コンピューターの出力用プリンターとしては、1940年代に活字方式のものが登場し、70年代までテキスト出力用に使われていました。70年前後に世界の複数メーカーからドットマトリクスプリンターが発売されます。
ドットマトリクスプリンターのヘッドは複数の微細なピン(またはワイヤー)で構成されていて、印刷用紙の上のインクリボンをピンがたたいて印字するという方式です。突き出すピンの組み合わせを変えることで印刷される文字が決まります。ピンが高速で紙に当てられるので印刷時には独特の音がしました。オフィスではプリンター専用の防音カバーでおおわれることもありました。
インクジェットプリンターも原理的にはドットマトリクス方式です。それまでのドットマトリクスプリンターとの違いは、インクリボンなどを直接たたくことをせず、インクの微細な粒子を吹き付ける点です。90年代にインクジェットプリンターが普及し始めると、解像度の低い旧来タイプと区別する必要が生じました。ピンでリボンをたたくタイプに対して「ドットインパクトプリンター」という新しいカテゴリー名が考え出されます。インクジェットプリンターやレーザープリンターに対しては、あえてドットマトリクスプリンターという呼び方をしないために、いまでは「ドットマトリクスプリンター=ドットインパクトプリンター」とされるのが一般的です。
複写用紙とATM通帳記入
オフィスや家庭ではドットインパクトプリンターが見られることは少なくなりましたが、いまでも特定の分野では活躍しています。たとえば、オンラインで買い物をするとカートンに送り状が貼られています。送り主、配送業者、受け取りなど何枚ものカーボン紙が重なっていて、一番上に書き込まれた宛先や送り主などの情報がすべての用紙に複写されるようになっています。これはピンを叩きつけて圧を加えるドットインパクトプリンターでしかできない仕事です。
また、ほかの方式に加えて紙の厚さに対する対応力もあります。このため現在でも、見積書、請求書、納品書などの伝票類や銀行ATMで通帳への印字に利用されています。
【参考資料】
・Dot matrix printing – Wikipedia (https://en.wikipedia.org/wiki/Dot_matrix_printing)
・Hellschreiber – Wikipedia (https://en.wikipedia.org/wiki/Hellschreiber)
・Hellschreiber fonts (https://www.nonstopsystems.com/radio/hellschreiber-fonts.htm)
・ドットマトリクス – Wikipedia (https://ja.wikipedia.org/wiki/ドットマトリクス)
印刷(印刷機)の歴史
木版印刷 200年〜
文字や絵などを1枚の木の板に彫り込んで作った版で同じ図柄を何枚も複製する手法を「木版印刷」(もくはんいんさつ)といいます。もっとも古くから人類が利用してきた印刷方法です。
活版印刷 1040年〜
ハンコのように文字や記号を彫り込んだ部品を「活字」(かつじ)を組み合わせて版を作り、そこにインクをつけて印刷する手法を「活版印刷」(かっぱんいんさつ)といいます。活字の出っ張った部分にインクを付けて文字を紙に転写するので、活版印刷は凸版(とっぱん)印刷に分類されます。
プレス印刷 1440年〜
活字に油性インクを塗り、印刷機を使って紙や羊皮紙に文字を写すという形式の活版印刷が、ヨハネス・グーテンベルク(Johannes Gutengerg)によって初めて実用化されました。印刷機は「プレス印刷機」と呼ばれ、現在の商業印刷や出版物に使われている印刷機と原理は変わりません。
エッチング 1515年〜
「エッチング」は銅などの金属板に傷をつけてイメージを描き、そこへインクを詰め込んで紙に転写する技法です。くぼんだ部分がイメージとして印刷されるので凹版(おうはん)印刷に分類されます。
メゾチント 1642年〜
銅版画の一種である「メゾチント」は階調表現にすぐれています。銅板の表面に傷をつけてインクを詰め込み、それを紙に転写します。くぼんだ部分のインクが印刷されるので凹版印刷に分類されます。
アクアチント 1772年〜
「アクアチント」は銅版画のひとつの技法で、水彩画のように「面」で濃淡を表現できることが大きな特徴です。表面を酸で腐食させてできた凹みにインクを詰めて、それが紙に転写されるので、凹版印刷に分類されます。
リトグラフ 1796年〜
「リトグラフ」は水と油の反発を利用してイメージを印刷する方式です。凹凸を利用してインキを載せるのではなく、化学反応によってインキを付ける部分を決めます。版には石灰岩のブロックが使われたので「石版印刷」(せきばんいんさつ)ともいわれます。版面がフラットなので平版(へいはん)に分類されます。
クロモリトグラフ 1837年〜
「クロモリトグラフ」は、石版印刷「リトグラフ」を改良・発展させたカラー印刷技法です。カラーリトグラフと呼ばれることもあります。
輪転印刷 1843年〜
「輪転印刷機」(りんてんいんさつき)は、円筒形のドラムを回転させながら印刷する機械です。大きなドラムに版を湾曲させて取り付けます。ドラムを高速で回転させながら、版につけたインクを紙に転写することで、短時間に大量の印刷が可能です。
ヘクトグラフ 1860年〜
「ヘクトグラフ」は、平版印刷の一種で、ゼラチンを利用した方式です。ゼラチン版、ゼラチン複写機、ゼリーグラフと呼ばれることもあります。明治から昭和初期まで官公庁や教育機関、企業内で比較的部数の少ない内部文書の複製用に使われました。
オフセット印刷 1875年〜
「オフセット印刷」とは、現在の印刷方式の中で最もポピュラーに利用されている平版印刷の一種です。主に、書籍印刷、商業印刷、美術印刷など幅広いジャンルで使用されており、世界中で供給されている商業印刷機の多くを占めています。
インクジェット印刷 1950年〜
「インクジェット印刷」は、液体インクをとても細かい滴にして用紙などの対象物に吹きつける印刷方式です。「非接触」というのがひとつの特徴で、食用色素を使った可食インクをつめたフードプリンター等にも利用されています。
レーザー印刷 1969年〜
「レーザー印刷」は、コンビニエンスストアや職場で身近なレーザー複写機やレーザープリンターに採用されている印刷技術です。現在では、レーザーの代わりにLEDも多く使われています。1980年代中ごろに登場したDTP(デスクトップパブリッシング)で重要な役割をはたしました。
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