皆さんはポスターやチラシなどを制作する際に、どんな表現方法を用いて紙面をデザインしますか。商品やサービスが持つ情報やメッセージを的確かつ魅力的にアピールする手段であるグラフィックデザインは、一見して人の記憶に留めることができるもの、説得力のあるコンセプトが感じられるもの、そして、伝えたいイメージを上手に反映させたビジュアル的に優れたものが秀逸なデザインとして多くの人に支持されます。
デザインの構成エレメントには、イメージを直接把握させるための「画像やイラストレーション」、イメージの強調や補完を促す「カラーリング」、ビジュアルを補完させつつ情報提示の役割を果たす「文字」、内容を分かり易く編集するための「レイアウト」などが挙げられますが、その中で特に重要なのは「文字」です。文字の読みやすさや美しさを追求するタイポグラフィーのデザインはグラフィックデザインの中枢とも言えますし、伝えたい内容に相応した的確なタイポグラフィーを用いることで、伝達する情報量や伝達効果をより一層高めることを可能とします。
トルコ共和国の首都イスタンブールでフリーランスのグラフィックデザイナーとして活躍しているFatih Hardal 氏は、魅力的なタイポグラフィーを多数発表している新進デザイナーです。 今日は、ポスターやエディトリアル、ブランディングデザイン、アートディレクションなどをオリジナルのタイポグラフィーをデザインベースに使用し、幅広いデザイン活動を手掛けているHardal氏の作品をご紹介します。※記事掲載はデザイナーの許諾を得ています。( Thank you, Fatih! )
Nişantaşı Typeface™ – セリフ系タイポグラフィー
最初にご覧頂くのは、Hardal氏のシンボル的なタイポグラフィー作品とも言える『Nişantaşı Typeface™』です。 まず一見して感じられるのは、セリフ系のタイポグラフィーの持つ特徴を存分に活かした繊細で流れるようなテイストと、文字を並べた際に発する神秘性です。 文字の構成を見てみると、動きを感じさせる曲線と太さを変化させることで強弱のリズムを表現する直線が組み合わされて出来上がっていますね。
このタイポグラフィーの一番の特質は、文字一字のみの表現に際しても、文字を繋げて文章を構成する際にも、どちらもグラフィック作品の中にこの文字を挿入することで高いデザイン性を放つ作品を作り上げることを可能とするタイポグラフィーデザインです。
一字一字の縦横の視覚的なバランスを考慮しつつ、曲線と直線を巧みに組み合わせ、「流れ」を感じさせられることを成功させています。また、大きさの異なる文字の配列からはある種の音楽性を感じさせられたり、ランダムに配置された場合には神秘的で洗練したイメージを放ったり、と非常にユニークなタイポグラフィーです。
フォントファミリーとして、ライト、レギュラー、ミディアム、ボールドの四種類が用意されています。
NT Fraktur Gothic™ – 立体的な質感をもつタイポグラフィー
上記の『Nişantaşı Typeface™』をベースとし、陰影を施し三次元的に表現されたタイポグラフィーがこの『NT Fraktur Gothic™』です。一字の中に光と影の部分を想定し、部分部分に的確なグラデーションを用いることで、立体的な文字を作り上げています。
このタイポグラフィーの大きな特徴は、『Nişantaşı Typeface™』の持つ繊細性や神秘性を保持しながら、その立体性から文字通しを重ね合わせることができること。『Nişantaşı Typeface™』では可視性より重ね合わせることが不可能であったのに対し、『NT Fraktur Gothic™』は文字通しを絡めたり、重ね合わせたりすることが可能です。
ロゴやブランディングのデザインにも使ってみたいタイポグラフィーですね。
FH Fraktur™ Typeface (2019) – ブラックレター系のタイポグラフィー
次に見ていただくのは『FH Fraktur™ 』です。 『FH Fraktur™ 』は、ゴシックセリフ書体のタイポグラフィーで、Hardal氏は、亀の子文字、ひげ文字とも呼ばれるドイツ文字「フラクトゥール」と、建築や芸術に施されるゴシック様式からインスピレーションを受け、デザインしました。
「フラクトゥール」に関して余談ですが、世界で初めての大学が設立された12世紀のヨーロッパで、それまでの宗教に関する印刷物以外にも商業や法律・文学などの多くの学問に関する書物が必要となったことがこの文字の起源となっています。それまでの執筆に時間がかかり、少ない文字で紙面を占めてしまう文字に対して、1ページに多くの文字を詰め込むことができ、新刊書を速く出せるような改良された書体であるブラックレターの使用が好まれるようになり、Fraktur(フラクトゥール)はこのブラックレターの中でも最も代表的な書体です。古ラテン語「frāctūra 」の意味する「frangere(破壊する)」や「fractus(壊れた)」に語源を持ち、語源通り、他のブラックレターに比べ線が崩れているところに特徴があります。また、フラクトゥール書体の可読スピードに優れ、読み間違いをしにくい点が多くエリート階級の人々に受け入れられ、20世紀初頭まで公式文書に採用されていました。
現代に至っては、新聞や雑誌名の表記や飲食店の看板などに装飾用の書体として使われています。
『FH Fraktur™ 』の構成を見てみましょう。
こちらも12世紀後半に花開いたフランスを発祥とするゴシック様式建築の特徴、「リヴ・ボール」と呼ばれる円形状の天井と尖塔アーチ、外壁を支える飛梁「フライング・パットレス」を書体構成コンセプトにして、幾何学的に作られています。細い線と太い線を結び、それぞれの交差部分には一定の角度や中心角を設定して構成されていますね。
ラクトゥール書体を彷彿させる強弱を施した線の使い方やインパクトのある様相は、ゴシック建築の中でも最も有名なイタリアのミラノ大聖堂の重厚な存在感を想起される仕上がりです。この書体を使った文章を一見すると、幾何学模様のようにも暗号のようにも見え、「一体何が書いてあるのだろう」と興味をひかれます。ヨーロッパの中世のゴシック文化全盛期のイメージをモダンなテイストに上手に変換させた秀逸なタイポグラフィーです。
Quad Typeface™ (2018) – バウハウスへの感銘から生まれた書体
最後のタイポグラフィーは、「バウハウスへの感銘を受け、この作品を作るきっかけとなった。」とHardal氏が述べる『Quad Typeface™』です。
多くの方がご存知のことと思いますが、バウハウスは第一次世界大戦後にドイツ中部の街ヴァイマール共和国に設立された美術学校です。1919年より1933年の14年間、工芸・写真・デザイン・美術・建築など総合的な芸術教育を行い、モダンデザインの基礎を作りました。その活動方針や芸術のあり方など、バウハウス閉鎖から80年以上経った今も尚、世界中の建築やデザインなどの様々な分野に多大な影響を与え続けています。
絵画から建築までの多様な造形分野で、その時代を代表とする芸術家たちが教師として集結していたバウハウスですが、表現主義、構成主義、合理主義など様々な思想や視点から多彩に生み出されたバウハウスデザインには共通する特徴があります。それは「機能と美しさが融合するデザイン」。言い換えれば、「余計な装飾を一切排除したシンプルかつ機能的な美しいデザイン」がバウハウスデザインの真髄です。
Hardal氏のデザインしたオリジナルタイポグラフィー『Quad Typeface™』を見てみましょう。
長方形をベースとした幾何学的形態で、文字や数字を構成する要素を極限にまでシンプルに表現していますね。大文字の「A」は下部に細い線を、「U」は上部に細い線、「H」は上部と下部に細い線を施したもの、「V」は「U」字の左右両端にカットを入れ「U」との区別化をしてあります。
この書体が並んだテキストも上記の『FH Fraktur™ 』同様、幾何学模様のように見えますが、こちらのテイストは形態の構築性やデザイン性をより一層喚起させられるものとなっています。
機能美を追求したシンプルなバウハウスのデザインは、時代を経ても色あせることなく、私たちに新鮮さを感じさせます。 一字一字を丁寧に構成し、バウハウスデザインの機能美を意識的に取り込んだ Hardal氏の『Quad Typeface™』は、今後も多くの人の関心を促す作品と言えるでしょう。
Fatih Hardal氏のデザインしたオリジナルタイポグラフィーは、デザインされた文字そのものからそれぞれ個別な雰囲気が感じられるのが特徴です。今回ご紹介した事例が、みなさまのタイポグラフィーデザインのご参考になれば幸いです。
design : Fatih Hardal ( Turkey )
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