デザインスタジオ Art. Lebdev Studio のフェイスブックには、「デザインが世界を救う!」とスラブ文字で書かれていました。1995年設立の同社は、200人以上の従業員が働く大規模なデザインスタジオです。インダストリアルデザインから、ウェブサイト開発、グラフィックデザインまで、幅広く対応しています。
Art. Lebdev Studioのオフィスは3か所。ロシアのモスクワにヘッドオフィスがあり、ウクライナのキーウとアメリカのニューヨークにもオフィスを構えています。
為政者や外交の問題が、このようなすぐれたデザイナーたちの活動を制限しているとすれば、残念なことです。しかし、理不尽な状況のなかでも、クリエイターたちはチャレンジを続けています。以前のように国境を越えて活動できる状況はいつ訪れるのでしょうか。※記事掲載はデザイナーの承諾を得ています。(Thank you, Art. Lebedev Studio!)
Art. Lebedev StudioのAIロゴ生成が話題になった背景には「人間のデザイナーとの比較」がある
Art. Lebedev Studioが公開したAIロゴ生成が注目を集めたのは、単にAIがロゴを作れるという技術的な話ではなく、「プロのデザインスタジオが自らAIを活用し、その結果を公開した」という文脈があるからです。
ここで重要なのは、AIが生成したロゴと、同スタジオの人間のデザイナーが制作したロゴを並べたとき、「何が同じで何が違うのか」を観察することです。AIは既存の膨大なロゴのパターンを学習して出力するため、形としては「それっぽい」ものを高速に生成できます。しかし、「なぜこの形なのか」「このクライアントの課題をどう解決しているのか」という意図の説明は、現段階ではAIにはできません。デザイナーの価値は「作る能力」だけでなく「意図を設計し、言語化する能力」にもある、ということをこの事例は示唆しています。
最先端技術をわかりやすく見せるブランディング例

米国カリフォルニア州に拠点を置くBleximo(ブレキシモ)社は、2017年に起業したスタートアップです。同社は、特定のアルゴリズムのための専用量子コンピューターを開発しています。
量子コンピューターは、原子や電子といった量子の性質を利用して計算します。現在のトランジスタをベースにしたコンピューターよりもはるかに高速にデータ処理が可能だと期待されています。
汎用的な量子コンピューターの実用化には、少なくとも10年から20年かかると考えられます。Bleximo社が開発しているアルゴリズム特化型量子コンピューターの実用化は、もう少し早いかもしれません。
クリップ・スピナーをモチーフにしたシンボルマーク

まだ製品を開発中であるスタートアップ企業にとって、投資家から認知してもらうことが、とても重要です。しかし、量子コンピューターの高速処理を可能にする「重ね合わせ」や「量子もつれ」といった原理は、研究者以外にはむずかしすぎます。
Bleximo社のリブランドにあたり、Art. Lebedev Studioはシンボルマークのモチーフにクリップ・スピナーを選びました。東北大学名誉教授だった機械工学者の酒井高男氏が紹介した、ゼムクリップで作れるコマです。教授の名前から、サカイ・スピニング・トップとも呼ばれています。

量子コンピューターとクリップ・スピナーにいくつかの共通点があるのでシンボルにした、とスタジオは言っています。共通点とは、両方とも、適切に動くための条件が必要、内部で多くの物理学的現象が発生している、長くは続かない、といったものです。
量子コンピューターの素材として銅の化合物が使われるので、シンボルマークは銅色に輝いています。
古いコンピューター画面をヒントにしたモノクロ2値表現

量子コンピューターの開発は、まだ初期段階にあります。このことをArt. Lebedev Studioは、従来型のコンピューターが登場した当時のモニター画面になぞらえました。つまり、モノクロで解像度の粗いビットマップ表示が、ビジュアル・アイデンティティのグラフィックスタイルとして選ばれています。
Bleximo社のウェブサイトや印刷物では、イラストや図表類は一貫して、ピクセル化されたモノクロ2値のグラフィックです。また、黒と白、そして銅のグラデーションが、ブランド・アイデンティティのカラーパレットとなっています。
量子コンピューターの課題を視覚化したTシャツデザイン
コーポレートTシャツも作られました。Tシャツの下半分は、グラデーション状に格子柄の帯がプリントされています。帯の幅は、下から1倍、2倍、4倍、8倍と2の乗数で決められています。
現代の量子プロセッサーの課題は、計算する量子ビット数が増えるほど誤差が生じて、システム全体の安定性が低下してしまうということです。帯の幅が大きくなるほど、格子状の柄の穴の数が増えます。これは、計算するレベルが高くなるほどエラーが増えるということを視覚化しているのです。
オンラインでおこなわれたテクノロジー系イベントのデザイン

ロシアで年1回開催されるRukami Festivalは、若いテックマニアやイノベーターたちが集って、未来のためのアイデアを披露するフェスティバルです。
スマート照明や未来の都市公園など、デジタル・テクノロジーが未来のためになにができるかが、中心的テーマとなっています。子どもたちにテクノロジーやものづくりの楽しさを伝えることも、このフェスティバルの目的のひとつです。ロボットバンドの演奏やアーティストのパフォーマンスといったイベントもおこなわれます。
バーチャル空間メタポリス
しかし、2020年にはCOVID-19の感染拡大の影響を受けて、サイバーフェスティバルとしてオンラインでおこなわれました。メタポリス(Metapolis)という名前のバーチャル空間が作られ、参加者は、それまでにない体験を楽しみました。


メタポリスでの体験をArt. Lebedev Studioがデザインしました。メタポリスは、テーマごとに区分けされ、名前とロゴが与えられています。それぞれ地区では互いに異なるストーリーが展開します。


訪問者は、異次元へのトンネルをくぐって、メタポリスへ向かいます。その途中でいくつかの質問が与えられ、その答をもとに独自のアルゴリズムによって、アバターのキャラクターが自動生成されるという仕掛けです。同じキャラクターはふたつとないといいます。
ウェブブラウザで体験できるイベント

各地区には、テーマごとに異なるデザインがほどこされたバーチャル映画館があります。ホールでおこなわれる基調講演や専門家のレクチャー、ワークショップが常時配信されました。表彰式用ホールもありました。

メタポリス内では、バーチャルキャラクターが訪問者をサポートします。記念写真ブース、インタラクティブな仕掛けも準備されていました。
Art. Lebedev Studioの作り出した、あたらしいイベント体験によって、参加者、来場者の数は前年よりも大きく増加。プロジェクト数は4倍になり、SNSでのトラフィックも4倍となりました。
Rukami FestivalのWEBサイトは、2021年に、レッド・ドット・デザイン賞(Red Dot Design Award)のブランド&コミュニケーション・デザイン部門で賞を獲得。2022年には、コミュニケーション部門でiFデザイン賞を受けました。
ユニバーサルな未来の信号機のデザイン

交通整理用の3色信号機が登場したのは、1920年代の米国でした。その後は世界中で同じ赤・黄・緑(青)の信号表示が使われています。約1世紀を経て、Art. Lebedev Studioは、信号機のあたらしいコンセプトを発表しました。2022年に「iFデザイン賞」を受賞しています。
ロシアのウラル光学機械工場(Urals Optical-Mechanical Plant)との共同で開発した未来の信号機は2種類あります。ひとつはタテ型、もうひとつは正方形のコンパクトタイプです。
日本の降雪の多い地方や欧米では、交通信号はタテ型が一般的です。Art. Lebedev Studioのタテ型信号機は、これに代わるものとして考えられています。
ひとつの表示器でさまざまな情報を提供
現行の信号機は色違いのランプが3つ並んでいます。点灯するランプを切り替えて、メッセージを伝えますが、赤と緑を識別できない人たちには判別しにくいものです。


これに対して、未来の信号機は、縦長のエリア全体を使って色を表示すると同時に、赤・黄・緑の意味を記号でも表示します。記号の表示位置は従来の信号に合わせています。さらに、直進・右折・左折や信号切り替わりまでの残り時間表示などの追加情報も、ひとつの信号表示器で提供できます。


もうひとつのコンパクトなコンセプトモデルは、信号機と交通標識の両方の機能を持っています。これによって、設置作業が簡略化できます。
UXを評価されたビジネスサイトのデザイン
米国で2009年に企業したUmbrella ITは、ソフトウェア開発、ウェブサイト構築、ITコンサルティングなどのサービスを提供しています。業容の変化にともない、2019年にリブランディングをおこないました。
サイトリニューアルを手がけたArt. Lebedev Studioは、ロゴタイプのブルーのバーを効果的に使って、とてもプロフェッショナルなサイトを構築しています。
サイトの構成は、Umbrella ITの専門部署と協調して、カスタマージャーニーをひとつひとつ確認。また、ワイヤーフレームの段階から、各フェーズごとに、ターゲットとなるひとびとからフィードバックを得ながら開発を進めていったそうです。
ていねいにつくられたUmbrella ITのウェブサイトは、そのすぐれたユーザー体験(UX)を評価され、2020年にスティービー賞(Stievie Awards)が贈られました。
衝撃のAIロゴデザイナー、ニコライ・イロノフ

Art. Lebedev Studioのロゴデザイナー、ニコライ・イロノフ(Nikolay Ironov)氏は、同スタジオのリモート社員として、20件を超える、さまざまな分野のプロジェクトにロゴを提供し、好評を博してきました。
イロノフ氏がクライアントたちと1年以上かかわったのちの2020年6月、Art. Lebedev Studioは衝撃の事実を発表します。イロノフ氏は、実在するデザイナーではなく、AIだったのです。
「ニコライ・イロノフは実験ではない」と同スタジオは言います。実際のビジネス・プロジェクトをいくつも成功させてきました。AIイロノフのアルゴリズムは、同スタジオが培ってきたノウハウにもとづいています。さらには、環境や流行、権威にとらわれずに、ユニークなデザインを自由に作ることができるのです。
Art. Lebedev Studioのポートフォリオに見る「振り幅の広さ」の価値
Art. Lebedev Studioのデザイン事例を通して見ると、ロゴデザインからプロダクトデザイン、インテリア、Web、さらにはAI実験まで、1つのスタジオとは思えないほど幅広い領域をカバーしています。
この「振り幅の広さ」は、クライアントにとって「1つのスタジオに相談すれば、あらゆるデザインニーズに対応してもらえる」という安心感につながります。一方で、振り幅が広すぎると「何が専門なのか」が見えにくくなるリスクもあります。Art. Lebedev Studioの場合、「テクノロジーと実験精神」という一貫した姿勢がすべてのプロジェクトに共通することで、振り幅の広さが「何でも屋」ではなく「探究心の幅」として機能しています。
design : Art. Lebedev Studio (New York, USA)
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