数年後に生誕100周年を迎えるサンセリフ書体「Futura(フーツラ)」は、いまでも多くのひとを引きつけます。「Futura」という名前は「未来」を意味するラテン語です。生まれてから1世紀たった現在も、そのモダンなデザインは魅力を失っていません。
フーツラ(Futura)は、円や直線といった幾何学図形をベースにしたジオメトリック・サンセリフ書体の先駆けのひとつです。シンプルさと風格を合わせ持ち、書籍や広告の見出しから、パッケージの商品名まで、目を引きたい場所で使われています。フーツラをベースとしたロゴマークを見つけるのも難しくはありません。映画のタイトルもフーツラと相性が良いようです。
・フーツラが使用されたアポロ11号内の盾章 / Wikipedia
個性を失うことなく、さまざまな場面で魅力的な印象を与えるフーツラは、さながら伝説的名優のようです。おもしろいエピソードとしては、アポロ11号とともに初めて月面に着陸した書体としてフーツラが紹介されることもあります。また、ナチスと結びつける日本ローカルの都市伝説もありました。
フェデックスのロゴ(アメリカ)
・フェデックスのロゴ / “>monticellllo – stock.adobe.com
米フェデックス(FedEx)のロゴは、ネガティブスペースを使って強いメッセージを伝えることに成功したデザインとして有名です。「Ex」の2文字の間に右向きの矢印が隠されています。ここに込められている意味は、速さ、正確さ、サービス、信頼性などです。
世界最大規模の物流サービス企業であるフェデックスは、1971年に米国で創業しました。航空機輸送を利用した新しいシステムで翌朝配達サービスを可能にし、現在では全世界220カ国以上にネットワークを持ちます。「Federal Express Corporation(フェデラル・エクスプレス・コーポレーション)」という社名でしたが、1994年に単語の冒頭をつないだ「FedEx」をブランド名として採用しました。このとき誕生したのが現在のロゴです。
・フェデックスのサイン / “>JHVEPhoto – stock.adobe.com
フーツラをベースとして組まれたロゴタイプですが、巧みに調整されて仕上げられています。フーツラを使ってカーニングを詰めてみても同じ見え方にはなりません。たとえば「d」の字形はフーツラのものとは異なります。ネガティブスペースの矢印の形を完全なものにするために、「E」と「x」にも手が加えられました。「d」と「E」の高さも揃えられています。
このロゴを生み出したリンドン・リーダー(Lindon Leader)氏は、矢印を目立たせるような処理をせずに、あえてネガティブスペースにとどめました。矢印がロゴに隠れていることに気づかれなかったとしても、ブランドコミュニケーションが損なわれることはない。むしろ、矢印を隠すことで、思いがけない贈り物のような効果が得られる、というのです。あるインタビューで、リーダー氏は次のように述べています。
「もしあなたには見えてない矢印を、誰かが指し示してくれたとすれば、その矢印を忘れることはないでしょう。このロゴに隠れているものがわかるかどうかの問いを出すのが、どれだけ楽しいか私に教えてくれたひとは数えきれません」
最初からはっきり見えていても、ありふれた矢印に興味を持つひとはほとんどいません。しかし、発見の驚きがあるとそれをひとに伝えたくなるものです。時間はかかりますが、新しいロゴデザインをより多くの人々に認知してもらうための大きな力となったのです。
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事業内容によって、オレンジ、グリーン、レッドなどさまざまに「Ex」が色分けされた時期もありましたが、その区別は消費者に浸透せず、2016年にはすべての事業がオリジナルのオレンジに戻されました。
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フェデックスのロゴにはアラビア語バージョンがあります。アラビア語では、欧米の言語とは逆に、右から左へ向かって記述するため、アラビア語版ロゴのネガティブスペースの矢印の向きは左向きです。
ロゴにフーツラ(Futura)を採用したさまざまなブランド
国・地域、業界などに制限されることなく、長年にわたってフーツラは多くのロゴデザインに採用され続けています。ほんの一例ですが、いくつか紹介しましょう。
アブソルートのロゴ(スウェーデン)
・アブソルートのロゴ / zef art – stock.adobe.com
スウェーデンのウォッカブランド、アブソルート(Absolut)のロゴもフーツラをベースにしています。19世紀に生まれたウォッカをルーツに持つアブソルートは、1979年に米国市場に参入するにあたり、ボトルデザインやロゴを含む斬新なブランディングで大成功をおさめました。
伝説的な「Absolut Perfection」(1980年)を皮切りに2000年代まで続けられた広告は、アーティスティックでユーモアやエスプリの効いたものです。「ABSOLUT ___(究極の◯◯)」という2単語のみのヘッドライン、それとボトルを主役にしたビジュアル。すべての広告キャンペーンのビジュアルで、この組み合わせをつらぬき、アンディ・ウォーホルをはじめ多くのアーティストを引きつけました。
インパクトのある広告ヘッドラインで使われていたのは、フーツラ・エクストラ・ボールド・コンデンス(Futura Extra Bold Condensed)です。
Q77photo – stock.adobe.com
ボトルに印刷されているロゴタイプも同じ書体に見えますが、文字の末端を見ると、小さいながら鋭いセリフが加えられていることがわかります。現在、このカスタム書体には「Absolut Headline」という名前がつけられていて、ロゴだけでなく、公式サイトや印刷物、パッケージなどで使われています。
キャナル・プリュスのロゴ(フランス)
・キャナル・プリュスのロゴ / “>Florence Piot – stock.adobe.com
フランスで1984年に開局した有料テレビ放送局、キャナル・プリュス(Canal+)のロゴタイプもフーツラを使ったデザインです。フェデックスのロゴのように字間を極端に詰めているということもなく、ノーマルに組んだだけに思えるかもしれません。しかし、少なくともプラス記号には特別な配慮が見られます。
フーツラには非常に多くのバリエーションがあり、斜体のフォントのプラス記号「+」がベンダーによって傾いていたり傾いてなかったりします。さらに、同じポイントであれば、大文字よりも小さく作られていることがほとんです。キャナル・プリュスのロゴのように文字と同じ高さにはなりません。このことを踏まえてロゴを見直すと、「+」の大きさやLとの字間などが注意深くデザインされているのを強く感じます。
ルイ・ヴィトンのロゴ(フランス)
・ルイ・ヴィトンのロゴ / “>Agota Kadar – stock.adobe.com
ルイ・ヴィトン(Louis Vuitton)は、スーツケース職人のルイ・ヴィトンが1854年に創業した、世界的ファッションブランドです。ルイ・ヴィトンのロゴといえば、LとVを組み合わせたモノグラムを最初に思い浮かべると思います。これはセリフ体でつくられていますが、大文字で組んだロゴタイプの方には、サンセリフ体のフーツラが使われています。
書体デザイナーの小林章氏が著作の中で、ロゴの高級感が生まれる秘密を解説しています。高級ブランドのロゴが持つ「王道感」の理由として明かされているのが、古代ローマの碑文に通じる、文字自体のプロモーションと少し広めの字間、というふたつの要素です。
ルイ・ヴィトンのフランクフルト店や銀座店などの入口に掲げられているロゴタイプも実例として紹介されています。フーツラは、LやS、Tなどの幅の狭い文字と、OやNなどの幅の広い文字とのコントラストが強い書体です。つまり、「フォントのデザインと、大文字で少し開き気味の組み方の相乗効果」によって、ルイ・ヴィトンのような高級ブランドにふさわしい「王道感」が得られているというわけです。
slyellow – stock.adobe.com
公式サイトのロゴタイプも字間は広めです。一方、モノグラムと小さなロゴタイプを上下に組み合わせたデザインでは、字間は詰まっています。また、製品の刻印やタグなどでは字間が詰まっていたりと、文字の組み方は、かならずしも厳密なルールがあるわけではなさそうです。
ちなみに、日本の家紋に着想を得たといわれる花や星をモチーフにしたシンボルマークと、LVのモノグラムを全面にレイアウトしたデザインの製品シリーズをルイ・ヴィトンでは「モノグラムライン」といっています。本来のモノグラム(monogram)の意味とは少し異なるので、ロゴデザインなどについて話すときは混乱しないように注意した方がいいでしょう。
ファッション分野ではルイ・ヴィトン以外に、ドルチェ&ガッバーナ(Dolce & Gabbana)や、ナイキ(Nike)、シュプリーム(Supreme)など、フーツラをベースとしたロゴを採用している世界的なブランドが数多くあります。
・ドルチェ&ガッバーナのロゴ / “>hanohiki – stock.adobe.com
・ナイキのロゴ / OceanProd – stock.adobe.com
・シュプリームのロゴ / Robert – stock.adobe.com
最初のフーツラ(Futura)はドイツで1927年にリリース
欧州を主戦場とし、世界中を巻き込んだ第1次世界大戦が1914年から1918年まで続きました。戦後復興期の1920年代には、19世紀後半に起こったモダニズムが芸術分野でさまざまに展開されます。ダダ、ロシア構成主義、デ・スティルといった芸術運動が、グラフィックデザインにも大きな影響を与えました。これらの運動に共通しているのは、幾何学、単純、普遍、抽象、革新、脱伝統といった考え方や志向です。1919年にはドイツでバウハウスが開校しています。
Paul Renner by Wikipedia
このような時代環境のなかで、ジオメトリック・サンセリフ体がいくつも開発されていきました。ドイツのデザイナー、パウル・レナー(Paul Renner)も、パウアー活字鋳造所から新書体のデザインを依頼されます。1924年から1926年にかけて試行錯誤が続けられました。円、直線、三角形で構成されたレナーの初期のアイデアは、まさにジオメトリック(幾何学)的な字形でした。実用性と使いやすさが欲しいというバウアー活字鋳造所からの求めに応じて調整がくりかえされます。
これは特にフーツラについてということではありませんが、当時の雰囲気に合う書体について、レナーは次のように考えていました。
「厳格で精密、客観的であるべきです。機能的で、迷わせることなく、本来の姿でなければなりません。活字であるのなら、どんな手書き文字にも似てはいけません」
レナーの手による新しいジオメトリック・サンセリフ書体は、1927年に「Futura」の名前で発売されました。同年、バウアー活字鋳造所はニューヨークオフィスを設立し、米国市場に参入します。そのときのキャッチフレーズは「現在と未来のための書体(The type of today and tomorrow)」。古典的な風格と現代性をあわせ持つフーツラは大人気となりました。一方で、フーツラを参考にしたり、模倣した書体も数多く出現します。
書体フーツラ(Futura)の特徴
フーツラが「ジオメトリック=幾何学的」なサンセリフ体に分類されていることは、文字を見ればすぐにそれが納得できるでしょう。直線と円と三角で構成された字形は、まさに幾何学図形を思い起こさせます。たとえば、フーツラ・メディウム(Futura Medium)を見ると、AやN、Wの尖った頂点、直線のIやH、大きな円のようなOやQなど、いかにもシンプルな図形のようです。
FUTURA LE SPECIMEN ANIME by Thibault de Fournas
しかし、グリッドに沿って直線と真円を組み合わせれば、フーツラの字体を再現できるというわけではありません。真円のように見えるOも、高さと幅は微妙に長さが異なり、線の太さにも変化がつけられているのです。また、ボールド・コンデンス(Bold Condensed)の大文字のSと小文字のsを見比べると、末端の処理が異なることがわかります。このようにフーツラは、幾何学的な図形をベースとしながら、テキストを組んだときに、自然で読みやすいように細かい調整が至るところに施されているのです。
レナーのデザインは活字のためのものです。活字の大きさは、たとえば12ポイント、18ポイント、24ポイント、60ポイント、という風に段階的です。フーツラのオリジナル書体では、同じウェイトの同じ文字でも、ポイントごとに微妙な調整がおこなわれていました。
その他のフーツラの特徴には、xハイトが低く、大文字と小文字の高さの違いが大きめであること、(小文字xの高さ)小文字のアセンダ(xハイトよりも上に伸びる部分)が大文字よりも高いこと、などがあります。このため、フーツラで本文テキストを組む場合は、読みやすくなるよう行間の設定に注意が必要です。
豊富なバリエーションがある理由
フーツラには非常に多くのバリエーションがあります。フーツラはライセンス関係が複雑で、いくつものフォントベンダーから、フーツラの名前をつけた書体や別の名前のついた書体がリリースされています。
活字時代のフーツラはすでに、ウェイトや字幅、アウトライン、ディスプレイなどバリエーションが豊富でした。その後も、レナー自身や他のデザイナーたちが新しいデザインを追加して、ファミリーを大きくしていきました。さらに、複数ブランドのフーツラが存在するため、選択肢は膨大です。
デジタル化される際に、レナーのオリジナルデザインのディテールが、さまざまに取捨選択されているので、フォントメーカーやベンダーによって、文字のデザインが異なります。2020年にはモノタイプ社からバリアブル・フォント「Futura Now(フーツラ・ナウ)」がリリースされました。
Futuraのカタカナ表記(読み方)について
日本ではフーツラという表記が一般的ですが、フツラ、フツーラを好むひともいます。発祥のドイツ語の発音をカタカナにすると、フトゥラ、またはフトゥーラが近そうです。英語圏では、フトゥーラ、フチューラ、フュチューラ、フューチュラのように発音されることもあります。
【参考資料】
・トニー・セダン 著、長澤忠徳監 訳、和田美樹 訳『20世紀デザイン グラフィックスタイルとタイポグラフィの100年史』、東京美術
・大谷秀映 著、『The Helvetica Book ヘルベチカの本』、エムディーエヌコーポレーション
・ピーター・ドーソン 著、手嶋由美子 訳『街で出会った欧文書体実例集』、ビー・エヌ・エヌ新社
・小林章 著、『欧文書体』、美術出版社
・小林章 著、『フォントのふしぎ』、美術出版社
・Will the real Futura please stand up? | Monotype. (https://www.monotype.com/jp/node/3806)
・Futura (typeface) – Wikipedia (https://en.wikipedia.org/wiki/Futura_(typeface))
[フェデックス]
・History Of The FedEx Logo Design – Meaning & Evolution 2022 (https://inkbotdesign.com/history-of-the-fedex-logo-design/)
・The Sneeze – Half zine. Half blog. Half not good with fractions. (http://www.thesneeze.com/secrets-of-the-fedex-logo/)
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