ポスターやチラシのデザインは、その業態によりターゲットにする層が異なります。イベントの告知に使用されることが多いポスターでは、映画やコンサート、展覧会など、アートや音楽といった芸術性の高い分野に用いられることがよくあります。これら芸術の分野でターゲットにする層は、感性が鋭くトレンドに敏感な人たちが多く、スタンダード一辺倒なデザインでは印象に残るのはとても難しいことです。
そこで今回ご紹介するのは、台湾で活躍するデザインスタジオ「Onion Design Associates」のAndrew Wong 氏の作品たちです。Onion Design Associates は栄えあるアカデミー賞ベストアルバムパッケージ部門にノミネートされたことがある実力派。東洋の香りをベースに、サブカルチャーの匂いを感じるデザインセンス。見るものを圧倒する鮮烈な作品を数多く生み出しています。※記事掲載はデザイナーの許諾を得ています。(Thank you, Andrew Wong! )
大胆なタイポグラフィが目を引く、お祭り感満点のポスターデザイン
この交通機関を舞台に開かれた音楽祭は、そのロケーションの珍しさはもちろん、それぞれの駅でパフォーマンスされる音楽のジャンルがすべて異なることも話題の一つでした。それゆえに、通常のミュージックフェスティバルよりもお祭り的なイベント色が濃く、賑やかなイメージ作りが求められました。
そこで、デザインのキーになるモチーフを、駅構内から外への連絡を意味する「出口」の文字を大胆なタイポグラフィにし、その周りに出演アーティストの画像を散りばめ、紙面いっぱいに動きのあるデザインを演出しました。丸や三角の幾何学模様がビビッドな花吹雪となって宙を舞い、webサイトでは、これらの花吹雪やアーティストたちが楽しげに動くGIFも制作されました。
ベースを抑え目のグレーにし、タイポグラフィを白の抜き文字で大きく配置することで、大きな存在感を醸しながらも、出しゃばった感じはさせず、黄色の差し色で華やかさをプラスしています。
このポスターデザインは、他に、駅構内に設置される内照式の電飾看板やのぼり、円形のうちわなど様々な形状にアレンジされました。交通機関を利用したイベントらしくノベルティにはパスケースなども作られ、趣向をこらした仕掛けが数多く設けられました。
日本国内でも、バスや路面電車、地下鉄などを丸ごと広告媒体にする宣伝キャンペーンを見かけることがあります。公共の区域に突如として現れるイベントや広告は非常にインパクトが強く、多くの人に認知を広げるきっかけづくりになります。このミュージックフェスティバルも、多彩な音楽ジャンルを多くの人に知ってもらえるきっかけをつくったのではないでしょうか。
無骨な匂いをデザインに活かす、ミュージックフェスのポスターデザイン
かつて「黒い街」と呼ばれた、戦後に栄えた台湾南部の工業地帯にある廃工場をステージにしたミュージックフェスティバルのポスターデザインです。
戦後復興期に発展し役目を終えた今、人も疎ら、訪れる人も少ない。日本国内にもそういった場所はありますよね。かつてのエネルギーをどこかに残したまま、記憶から薄れていく町並み。こうした場所には音楽が似合います。
メインビジュアルとして選んだのは、工場や労働者のシンボルとも言える軍手。油の匂いが染み込んでいそうなほどよく汚れた軍手がポーズしているのは、ロックのライブ会場などで掲げられるあのサイン。このサインの意味は平和やロックンロールなどとも言われていますが、実のところはアメリカの手話で「I LOVE YOU」をあらわしているそうです。
時代を感じさせる、軍手を映した一枚の古ぼけた写真をベースに、旧書体を思わすレトロなフォントをかすれさせ題字を描きます。題字の横にあるHelveticaで書かれた欧文タイトルは、サイズこそ揃ってはいますが、微妙に位置は一文字一文字ずれていて、往年の写植を思わせます。
こうした誰もが簡単にできるポーズやサインをデザインモチーフにすることで、イベント全体を通し、デザインの枠を超えた共通認識となり、それはまるで合言葉のように、イベントに参加した人たちの心を一つにまとめるものとなります。
ポスターデザインをアレンジしてフライヤーやうちわ、バックステージパスなどが制作されています。すべての制作物が一つのコンセプトの下に作られ、どれをとってもこのフェスの雰囲気を乱すものはありません。
イベントのエリア内には、軍手を壁面に貼り付けたアート作品もあらわれ、来場者を盛り上げる演出の一つとなっています。イベントをプロデュースする上で、統一のコンセプトをもち、それをスタッフ・出演者・参加者で共有できるような仕掛けづくりは、そのイベントを盛り上げることはもちろん、催しが終わったその後も、人々の記憶に音楽と共に刻まれていくのではないでしょうか。
アイロニックなメタファーが見え隠れする、野外フェスのポスターデザイン
「Love&Peace」をコンセプトに開催された野外音楽フェスティバルのポスターデザインです。「Love&Peace」というと、やはり思い出すのは1969年ニューヨークで開催された伝説的な野外フェスティバル「Woodstock」ではないでしょうか。
このイベントは「Woodstock」へ敬愛と尊敬を込め、そのオマージュとしてシンボルデザインに鳩が使われています。当時の「Woodstock」のポスターデザインでは、ギターネックに鳩が留まっていましたが、このポスターでは、虎の頭の上に留まっています。開催場所がTiger Mountainであることから虎のキャラクターが使用されているのですが、それとは別にもう一つの理由があるそうです。
この虎、実はシリアルでおなじみのアメリカの某メーカーのパッケージキャラクターを模しています。この虎をアメリカ式の消費社会のシンボルとし、その上に鳩を留まらせることで、どんどん欧米化していく暮らしについて警鐘を鳴らすという暗喩を含ませているそうです。
ポスターの他には同じデザインを生かしたフライヤーが作られました。抜けるような青空を思わす鮮やかなブルーをバックに、マーカーで書いたような少しクセのあるタイトル文字を中心に展開。白抜き文字で欧文タイトルと詳細情報を書き連ね、反対色のオレンジでタイガーが山のごとく下から顔をあらわしています。計算された色使いは見ていて心地よく、尚且つ印象に残る優れたデザインです。
「無」を抽象化したシンボルデザインに目を奪われる、コンサートポスター
MUSIC UNLIMITEDと題されたイベントシリーズの第6弾となったこのコンサートは、台北室内合唱団とワシントン大学にあるDigital Arts and Experimentalがコラボレーションし、「無」をテーマに開かれました。禅の美学とインタラクティブな照明とが織りなす幻想的なステージは、アジアの伝統と西洋の現代アートとの深い対話を見事に作り出すセミシアター形式の作品です。
「無」という漢字を大胆に崩し、まるで五線譜の階段のように伸ばされた長い線が、見るものに驚きを与えます。バックに書かれた欧文タイトルとこの「無」のコンビネーションは、コンサートの様子を端的にあらわしており、既成概念を超えた実験的なステージにふさわしいアートワークになっています。
ポスターデザインを元に制作されたフライヤーは、「無」の縦ラインを少し変えることで、折りたたんだときに、通常の「無」のかたちになるという面白い仕掛けが施されています。このアートワークについて知らない方が手に取り、開いたときの驚きは想像するだけでもワクワクしてしまいますね。ときにアートや音楽には、人の遊び心を解放するカラクリが潜んでいるものです。
屋外や室内、さまざまな場所に「無」は広告塔として出現しました。インパクト抜群のアートワークは多くの人の注意を引き付けたことでしょう。
屋外看板写真で構成した、街の音が聞こえるようなポスターデザイン
さきほどの「無」と同様に、MUSIC UNLIMITEDシリーズの第8弾となるコンサートのポスターデザインです。テーマは、現代を生きる一般的な台湾人の一日。タイトルは「我愛台湾(I LOVE TAIWAN)」。台湾人の日常を切り取ったようなコンサートとなる本作にふさわしく、題字は台湾人に愛されているお店や建物についている看板からとられました。
「我」は安くて人気のステーキレストラン、「愛」は有名スーパーのチェーン店、「台」は台北にあるキリスト教会から、「湾」は国立台湾博物館のものです。どれも一般に暮らしている台湾人に身近なものばかり。おそらく現地で暮らしている人が見ると「どこかで見たことのある…」となるでしょう。まさに、それこそがこのポスターデザインの狙うべきコンセプトなのです。
台湾らしいエネルギーを感じる真紅の背景に、実際の看板写真を切り抜いた題字が一文字一文字のっています。まるでこのポスターが一枚看板のように丁寧に影も落としてあり、リアリティーを高めています。このコンサートの意図する台湾人の実生活を感じさせる素晴らしいポスターデザインです。
このデザインは屋外広告、DM、パンフレット等になり、台湾の人々の手に渡りました。自分の国をより身近に感じさせてくれるデザインの助けもあり、コンサートは成功したに違いありません。
建築物の印象にインスパイアされたタイポグラフィを全面に
広大な緑の中に建てられた「WEI-WU-YING(衛武營)国立高雄芸術センター」の年間プログラムガイドです。開くと表面はポスターになり、裏面はプログラムの案内リーフレットになっています。表面のネオンカラーで描かれた不思議な造形は、施設名を漢字であらわした「衛武營」をモチーフにデザインしたものです。一目見るだけでは、漢字かどうか判別が難しいほど図形化されていますが、その造形の元となったのが、この施設の建物のかたちです。
有名な建築家によってデザインされたこの建物は、流線的でシームレスな構造になっており、周囲の環境とマッチする美しさとエコロジーな機能を持ちながらも、未来的でアヴァンギャルドなイメージも感じさせます。この建物に触発され、タイポグラフィの滑らかで造形的な曲線が生まれたのです。
四つ折りにした際も美しく施設名や期間が見えるように工夫されており、裏面は、表面のネオンカラーを引き継ぎアクセントに鮮やかなカラーを添えています。
その時々で催しが変わるミュージアムですが、このような建物そのものにコンセプトをおいたデザインにすることで、長く様々なシーンで同一デザインを使用していくことができます。
まとめ
同じ東洋の国同士、親近感を感じる部分が多々あったのではないでしょうか?同じアジア圏の中でも日本と比べ台湾は、より国際色が豊かで自由、そしてエネルギッシュな印象があります。
新興国ならではの勢いもありますが、ポジティブでフランクな国民性がそうさせているのかもしれませんね。今回ご紹介したOnion Design Associatesも、そうしたアジアのエネルギーがデザインというグラウンドで華々しく開花している一例です。挑戦的な発想と前向きな姿勢は是非とも見習いたいものですね。
design : Andrew Wong – Onion Design Associates ( Taiwan )
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