「外食しよう。」あなたがそう思い立ったとしましょう。「どこに何を食べに行こうかな?」とwebで検索する前に、まずは頭の中にある記憶から思い浮かべてみたとしましょう。すると、今まで食べに行ったことのあるレストランの味や雰囲気、場所などの情報とともに、ふとその店のロゴマークもあざやかに浮かんでくる…そんな感覚を覚えたことはありませんか?
ハンバーガーといえば○○だとか、焼肉といえば○○といったように、業態とその企業名を結び付けて連想してしまうのは、その企業のブランディング戦略が成功している結果です。これらのイメージは勝手に人々の間に根付いたのではなく、企業側が与えたいイメージを作り上げてきた結果に他ならないのです。
とりわけ外食産業は、ブランディングが重視されている業態です。「食」というのは、人間の営みの中で欠くことのできないものです。それだけに選択肢も多く、ただ単に「味」というひとくくりでは片付けられません。リーズナブルに美味しいものが食べたければ自炊するのが最も合理的でしょうし、手間を掛けず手軽に食事を済ませたければテイクアウトやデリバリーという方法もあります。そのような中であえて外食を選ぶということは、料理の味はもちろんのこと、その店で提供されているサービスや店内の雰囲気、そこに集まる人々など、そこに行かなくては味わえないプレミアム感、食を通じて体験する非日常感が求められているのではないでしょうか。
そのような外食産業におけるブランディングとは、他店他社との特異点を明確にし、「味」だけでなく「店」「サービス」がもつ非日常感・プレミアム感などの魅力をターゲット層にアプローチしていくことです。方法はいくつもありますが、店の視覚的な魅力アップを担うのはやはりデザインです。店の顔となるロゴデザインにはじまり、メニューや看板、店内装飾、POP、テーブルウェアなど数多くのデザインが活躍します。「外食」は、食事はもとより、その場所で過ごす時間・空間がもう一つの商品であるという認識が重要です。そうした空間を彩る視覚的要素は外食のブランディングを考える上で外せないアイテムです。
今回ご紹介するのは、オーストラリアでオープンした個性的なレストランのブランディング事例です。ブランディングとロゴデザインはオーストラリアで多くのアートディレクションを手掛けてきたRobert Wiltshire 氏。彼が見事な手腕でつくりあげたお店のビジュアルイメージについて見ていきましょう。※記事掲載はデザイナーの許諾を得ています。(Thank you, Robert!)
家紋をモチーフにしたジャパニーズレストランのブランディング
経済成長が著しいオーストラリアでは近年、日本食レストランが爆発的に増え、和食自体も随分と浸透しているようです。その反面、日本人以外の経営による日本食レストランも増え、色々な意味で多彩な日本食文化が広がっているようです。
そんなブームの最中の2014年、Robert Wiltshire氏は2人の日本人と出会いました。彼らはオーストラリアのメルボルンで日本食レストランの開業を目指しており、その店のブランディングを彼に依頼したのです。
店の名前は「IROHA」。日本人ならわかるであろう、あの「いろは」です。
11世紀頃から使われはじめた仮名の手習い歌で、全ての平仮名を網羅しつつ、一字も重複することなく作られています。今で言う「あいうえお」、英語圏でいうところの「ABC」と同じようなものですね。また、ものごとの初歩、順序の基本という意味も持っています。
ここから店名をとった「IROHA」は、日本料理の基本を大切に、おもてなし精神をもって提供していくというコンセプトを掲げています。「IROHA」のいう、基本的な日本料理とは「旬の素材を活かした健康的で創造的な食事」を指します。オーストラリアで人気を誇る日本食ですが、その多くはオーストラリア向けに趣向を変えた純日本食とは言い難いメニューがほとんどです。そのような状況下で彼らは、日本食の基本を忠実に守りながらも現代的なアレンジを加えていくという、これまでオーストラリアにはなかった日本食のスタイルを目指していたのです。
この明確なビジョンに触れ、Robert Wiltshire氏は興奮を覚えたと語っています。彼らのコンセプトを的確に表現し伝えるためのビジュアル・アイデンティティの設計が早い段階から組まれていったそうです。
「IROHA」のロゴマーク及びビジュアルデザインは「家紋」をモチーフにデザインされました。家紋は、かつてあのルイ・ヴィトンをも魅了し、モノグラムの原型となったという逸話も知られる日本が誇るグッドデザインの一つです。
その家紋が表すのは、日本における集団の最小単位、すなわち基本となる家族の紋。日本食の基本を大切にするコンセプトと合致し、かつ日本文化の香りを感じさせるモチーフです。
ロゴタイプは直線のみで作られたサンセリフ体のロゴ。文字の上部2/3程度をグンと伸ばし、重心を下に置いています。文字を大胆にデフォルメすることで、他のデザイン要素で使用している家紋の文様と協調するように設計されており、ロゴタイプでありながらシンボルマーク的な見せ方を実現しています。
店名の入ったロゴマークは3種類作られています。
のれんに描かれているのは、円の下部1/3をT字に区切り、上部にロゴタイプを入れたスタイル。一見すると上から見たお弁当箱のような構成ですが、他で使用されている家紋の文様とうまくバランスがとられています。
2つめは、画像右下に見える円の中にロゴタイプ、「O」の文字だけを赤色にしたパターンです。これはやはり、日本の国旗「日の丸」から着想を得たのでしょうか。最もシンプルでありながら、他の家紋と一緒に並べられたとき、赤色が存在感を際立たせるアクセントになるロゴマークです。
3つめは、画像左下に見える、先に紹介した2つのパターンを組み合わせ、尚且つ平仮名と和柄の代表選手「青海波」をあしらったパターンです。お店のコンセプトを詰め込んだ、単体で使用する際に活きるロゴマークです。
このように、基本のロゴパターンを設定し、使用用途に応じてフレキシブルに展開するロゴデザインは近年注目されているパターンであり、ビジュアルの見せ方に常に新鮮さを感じさせる優れたブランディング手法です。
ロゴマークの完成後、さまざまな販促品や装飾品がデザインされていきます。建築と同時進行で制作されていくのが看板や内装です。外看板は、海外のショッピングモールでよく見られる長方形の吊り下げ式看板。「O」を赤く色づけしたロゴタイプが目を引きます。下段には、ロゴタイプの元となった書体impactで「JAPANESE KITCHEN」とくっきりと表記されています。看板に使われているフレームは、シンプルながら基本となる円形のロゴマークで使われている線の太さや色に近い比率の線で作られており、ロゴマークと同様の印象を与えるようにデザインされています。
内装では、客席が接する壁の一面を家紋でプリントした壁紙で覆いました。使われている家紋はほとんどが実在する紋章です。線の太さや間隔を現代風にアレンジし、ロゴマークと一緒に並べています。日本独自の美意識が作ったこのミニマルなデザインは、多くのデザイナーを魅了しインスピレーションを与え続けています。壁際に置かれた布を掛けられた鏡が、さらなる「和」のシーンを演出しています。
ロゴマークから派生するデザインは、店舗の内外装だけではありません。ショップカードやメニュー、ユニフォーム、食器などのテーブルウェアに至るまで、視覚的なイメージはすべてロゴデザインが指針となっています。それだけに、企業のアイデンティティを構築する上で、コンセプトからロゴマークを制作する段階がもっとも重要な作業といえます。
顧客に対し、どのようなブランドイメージの定着を狙うかという着地点に向かい、コンセプトが設定され、ロゴマークが生まれます。そして、そのロゴマークを中心にビジュアルイメージが展開され、一つの店舗としてのかたちが作られていきます。
「IROHA」は、コンセプトである、日本の食やサービスの基本を尊重しつつ、現代風なモダンさを取り入れた新たなスタイルの日本食レストランを見事にオープンさせました。料理の美味しさや質の良いサービスに加え、食事に来たお客さまに満足していただける空間づくりにロゴデザインの力は少なからず役に立っているはずです。
ワイルドなバーベキューレストランのブランディング
次に紹介するのは、オーストラリアで人気のバーベキューレストラン「Blue Bonnet」です。ニューヨークにあるミシュランの星付きレストランで修行していたオーナーシェフは、ブルックリンでテキサススタイルのバーベキューと衝撃の出会いを果たします。その後、バーベキューを極める新たなる修行の旅を経て、オーストラリアに帰国。「Blue Bonnet」を開業しました。
「Blue Bonnet」のバーベキューは、特大のスモーカーを使った燻製バーベキュー。だから、通常のバーベキューとは違い、骨付きのゴロリとした肉のかたまりや自家製ソーセージ、フルーツやナッツ、チーズなど個性的なメニューが揃います。そんな個性的なバーベキューレストランのブランディングをRobert Wiltshire氏が担当しています。
14時間もの長い時間かけて燻される肉、それを大きな紙に広げ仲間でシェアして食事を楽しむ。美味しい食事と美味しいお酒、楽しい時間。それらを提供するのがスモーカーで作られるテキサススタイルのバーベキューです。そんな、ワイルド&ファンな食事スタイルをコンセプトにブランディングが進められました。
ロゴマークのデザインは、イメージを形にするスケッチからはじまりました。既存の書体からデザインせず、一から書き起こしたオリジナルのロゴタイプです。グラフィティアートを彷彿とさせるワイルドなテイストのタイポグラフィに、バーベキューには欠かせない炎をモチーフにしてスケッチが描かれました。
手書きのスケッチをスキャニングし、パソコンでパスを作成して微調整を加えていきます。手書きのイメージを大切にしつつ体裁を整えていくことで、荒削りながらも均整の取れたロゴマークが出来上がります。
店内は廃材やリサイクル素材などを使って作られた野性味溢れる雰囲気。ロゴマークは、バーの窓ガラスにプリントしたり、室内壁に焼印のように転写され店の雰囲気づくりに活かされています。
オーナーシェフの名刺もロゴマークを焼印風にプリントして制作されました。古紙のような風合いを感じさせるクラフト紙が店の雰囲気をそのまま表現していますね。
Robert Wiltshire氏は、ロゴマーク以外にもさまざまなグラフィックを制作しています。上の画像は、燻製に使われるオークの木片とスモークされた骨付き肉をモチーフに作られたユニークで愛嬌のあるキャラクターです。このテキサスバーベキューの主役とも言える2つの素材が、イラストにした時、図らずも似た形状であることがこのキャラクターの面白いところです。キャラクターを使ったブランディング戦略は日本国内でもよく利用される手法です。商品やサービスをより身近に感じさせ、ロゴデザイン同様、企業の顔として顧客に認知されます。
他にも、フライヤーや店内POPなどデザインが活躍する場は数多くあります。一つの店舗のブランディングを手掛けるとき、デザインはコンセプトに沿って多様なメディアで展開していきます。それらを統率しコンセプトをぶれないように保っていくために、ロゴデザインはその中核を担う役割をもっています。
まとめ
お店選びをするとき、料理の「味」はもっとも重要なことですが、やはりその店のイメージも大きな影響を与えているのではないでしょうか。そして、その「イメージ」こそが紛れもないブランディング戦略によって作り上げられていくものです。ブランドイメージは、ブランドと顧客が接するありとあらゆる「モノ」と「コト」に端を発します。「コト」は顧客が体感するサービスや、提供される食事の味、店の雰囲気。「モノ」は、物販や店内外装、食器やメニューなど物質的なものを指すとしましょう。そう区分したとき、デザインはほとんどの「モノ」に関わり、「コト」を演出する空間作りにも影響していることがわかります。
今回の2つの事例を通し、コンセプトに基づきロゴマークがデザインされ、それを軸に店内外のデザインが進められていくというビジュアルブランディングの図式が見て取れました。これはブランドイメージの大半を占める「モノ」づくりであり、空間演出の一部でもあります。それだけに、その中心となるロゴデザインの制作には注力し、納得のいくものを作り上げていきたいものですね。
design : Robert Wiltshire (Australia)
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