デザイナーにもよりますが、多くの場合ロゴをデザインするとき、最初は鉛筆などでアイディアを紙にスケッチします。たとえば企業名に山が入っていればシンボルの山、クマなどの動物であればクマの図案です。イニシャルの文字をモチーフにすることもあるでしょう。ラフなスケッチで、いくつも思いつく限りアイディアを出します。
こうして浮かんださまざまなアイディアから優れたものを選別して、PCでIllustratorなどの制作ツールを使って具体化します。手書きの下絵をスキャニングして、その下絵をもとに描いていくことが一般的です。
このときに重要なことは、「グリッドシステム」(補助線を引くこと)です。図形が重なるのであれば、どれぐらい間隔を開けるのか、立体的な奥行きをつけるのであれば、どれぐらいの角度で奥行き感を表現するのか、詳細に設計することでロゴの完成度が高まります。
今回はベネズエラのグラフィックデザイナー José Villamizar さんの作品から、ロゴを完成させるときのグリッドの使い方を見ていきましょう。彼は1977年生まれで、1998年にISA Institute of Graphic Arts、2008年にホセ・マリア・バルガス大学を卒業後、エディトリアルデザインやCIに関する数々のプロジェクトに関わってきました。
彼のデザインの特長は、とにかく「円の使い方が秀逸である」ことです。直線的なグリッドの補助線でデザインしたロゴもありますが、円をうまく使ったデザインに個性的なものがあります。※記事掲載はデザイナーの許諾を得ています。(Thank you, José!)
3つの円の重なりから三角形のロゴを形成する
「Challengers」は、技術動向と最新のトピックスに関するイベントのロゴデザインです。ギターを弾くときに用いるピックの一片が欠けたような、逆三角形のシンボルになっています。このシンボルは抽象化されているので分かりにくいのですが、右斜め上に向いた頭文字の「C」を表現しています。
一見すると三角形から描いたように考えられるシンボルです。しかし、3つの辺がゆるい弧を描いていることに気づきます。José 氏がデザインで引いたグリッドは、3つの円の重なりを使っていました。
1:1:1の同心円を上に2つ、下に1つ重ねて、その中央にできる正三角形からデザインしています。つまりこのデザインの背景には、大きな円があります。その円を切り取ることで「C」の曲線に使っています。
イメージカラーの黄色は、躍動感のある快活な色です。一般的に青が使われることの多い技術系の色にない奇抜さが感じられます。また、上部を少し濃い色にして下に向けてグラデーションをかけていることも、繊細なデザインではありますが、効果的です。どこかスーパーマンの胸のマークにも見えませんか?
7つの小さな円で同心円ロゴを構成する
同じように「C」のイニシャルをシンボルにしたロゴデザインです。「Cue Headphone」は、Bluetoothで接続できるワイヤレス・ヘッドホンです。レコーディングや映画の用語では、キューは「合図」という意味です。YMOに同じタイトルの名曲がありました。「Give me a cue(合図をくれ)」という歌詞からはじまります。
シンボルは分かりやすく、視力検査で使うような2つの「C」です。大きなCの内側に小さなCが入っています。しかし、デザイン作成時のグリッドを見ると、細かな配慮がされていることが分かります。
大きな円は正方形の中に配置し、外側の円の半径部分は7つの小さな円で構成されています。そして、中心から1つ目の小さな円はCの空白、2つの円を使ってCの線が描かれていることが分かります。Cの文字の先端はスパッと切り落とした線ではなく、2つの円で角を処理しています。
見逃してしまいそうですが、こうした細部のこだわりがロゴの完成度を高めます。大きなCと小さなCの隙間も小さな円の大きさで統一されています。7つの見えない小さな円がシンボルのバランスを取っていることは、興味深いデザインの配慮です。
Cの右側で口の開いている部分は、大きな円の外側の対角線45度で切り取られていますが、絶妙な角度といえるでしょう。角度が開きすぎるとCとして識別できなくなり、逆に角度が狭いとシンボルに見えなくなります。黒字の背景にビビッドな赤のシンボルはスタイリッシュな雰囲気があります。
直線の角を丸めてやわらかいイメージのブランドロゴに
こちらもワイヤレス・ヘッドホンのロゴ。シンボルは、「P」の上部を象徴したとも考えられますが、おそらくオーディオプレイヤーの「Play(再生)」ボタンでしょう。Playボタンは多くの場合、横向きの三角形、もしくは「>」で機器に刻印されます。このシンボルは直線的ですが、角の丸みに特長があります。どのような補助線を描いてロゴをデザインしたのでしょうか。
全体的には、右側にトップの頂点がある正三角形に収まるようにデザインされています。そしてそれぞれの線は4つの円によって、輪が折れ曲がったような形になっています。
José 氏は、長方形や楕円より、正方形や正円が好みのようであり、長さの半分、もしくは180度の半分(45度)のように、半分でカットするデザインが彼の特長ように感じます。このシンボルも、正三角形の高さの半分でカットされています。その処理で鋭角的な印象がなくなり、やわらかいイメージになりました。
丸みを帯びた形状と見えない部分のグリッド
「Motion Eleven」は、マイアミの空港で安全な包装を提供するサービス。プロポーザル方式で、複数のデザイナーに発注したときに提案したもので、実際には別の案が採用されたようですが、良いロゴデザインであることに変わりはありません。
このロゴマークでは、イニシャルのMの文字をシンボル化した、立体感のあるデザインです。このロゴ自体はシンプルであり、複雑な印象はありません。しかし、グリッドシステムを見ると、José 氏らしいこだわりで設計されていることが分かります。
Mの上部に同じ大きさの円が4つ使われていることは他のデザインからも推測できますが、着目すべき点はシンボルの高さに配置されたグリッドです。
ここでは、立方体が縦に3つ並べられ、そのうちの中央の立方体を使ってデザインされています。上下の立方体は、デザイン上では不要といえば不要です。なくても問題ありません。しかしながら、上下の空間を延長してロゴを配置することにより、空間的なロゴのイメージが鮮明になります。
もしかすると、空港でパッケージが積み重ねられる様子をイメージしたのかもしれません。このように描かれたデザインだけでなく、仮想的に周囲の空間を拡げてロゴを空間の中に配置してみると思考が拡がります。
また、José 氏は1:1:1、つまり3分割のプロポーションを自分の得意なデザインの原則として、意識的に用いているようにみられます。だからこそ、このロゴデザインにおいても、実際には表現されない上下の立方体がグリッドとして必要だったのかもしれません。
直線で構成されたロゴにも円を使う
「Kislinger Media Group」は、さまざまなメディアに対するマーケティングコミュニケーションや、戦略立案などを行う企業で、その企業ロゴになります。頭文字の「K」は直線的な文字ですが、全体を円で囲みました。そして、Kの縦の直線を除いて、右側は2つの4分の1の円を使っています。ロゴデザインのために引かれたグリッドは、次のようになります。
ドーナッツの4分の1を2つ重ねたような形状ですが、円の中央のネガティブスペースと塗りつぶされた太い線の比率は1:1であり、上側の円と下側の円を1とした場合に、1:1:1の比率になります。ここでもJosé José Villamizarさんの得意とする、3分割のプロポーションが使われています。
Kは塗りつぶすのではなく、背面から縦の長方形、下側の円、上側の円とレイヤーで重ねられています。図形を重ねることにより単調なロゴデザインにならずに、それぞれのパーツが上下にベクトルを示すイメージ効果を生んでいます。
グリッドを活用した騙し絵のようなシンボルロゴ
「restpro」はレストラン用のPOSシステムのソフトウェアで、CIのために設計されました。エッシャーのだまし絵のように、裏が表になり表が裏になるような、現実には存在しないねじれたシンボルが印象的です。3つの部分は、お客さまの注文、キッチンでの注文、そして課金の3つを表していると解説されています。どこか、アイソメトリック図法で描かれた立方体のようにも見えます。
このねじれた図形のグリッドにも円が効果的に使われています。
縦は4つのグリッドで分割され、六角形が描かれています。そして、それぞれの頂点に円を配置して、角を丸めました。前面にあった線を辿っていくと背面に隠れるデザインは、まさにだまし絵。表が裏になり、裏が表になるデザインが、お客さまのフロントエンドで使われながら、バックエンドでも会計処理を行う、表と裏で稼働するソフトウェアを象徴しているのでしょう。
しかし、やや抽象度が高すぎるようにも感じられます。とはいえ、ソフトウェアのようなサービスは基本的に形のないものです。無機質なイメージが、かえってふさわしいとも考えられます。抽象度が高い企業やサービスの場合、どうしてもイニシャルを使うことが多くなりますが、ときには発想を飛躍させて、コンセプチュアルなロゴデザインも効果的です。
いかがでしたでしょうか。グリッドや補助線をどのように引くかということは、ロゴデザインの完成度を高めるために重要です。また、デザインされない部分の背景もおろそかにはできません。今回のロゴ制作例を、ぜひ参考にしてみてください。
Designer : José Villamizar ( Venezuela )
・この記事は制作者に許諾を得て掲載しています。
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