
同じ身なりを整えるヘアサロンでも、女性をメインの客層とする美容院と男性を顧客とする理髪店では、大きくイメージが異なります。美容院は、華やかでファッショナブルなイメージが好まれ、理髪店は、衛生的でダンディズムを感じるイメージが好まれます。
共通するのは、なりたい自分の印象に近く、センスの良さがうかがい知れるイメージであること。美容室の場合は表現の幅が広く、ターゲットとする客層に焦点を絞りビジュアルを考えていくことは比較的想像しやすいものですが、年齢層が広く、男性のみの顧客を相手にする理髪店の場合は、アプローチの仕方が少々難しくなります。衛生的で派手すぎないイメージを追求していくと、ただのシンプルなデザインに陥りやすく、特徴や工夫が感じられない、主張のないデザインになってしまいがちです。

今回紹介する2つの作例は、ポーランドのデザイン事務所 Cosa Nostra が担当した理髪店のロゴデザインとブランディングです。2つともミニマルでありながら、記憶に残る個性を持っています。どのような点にこだわり、形にしていったのか、実例を見ながら考察していきましょう。※記事掲載はデザイナーの許諾を得ています。(Thank you, Cosa Nostra ! )
理髪店のブランディングで「クラシック」がターゲット層の信頼を獲得する仕組み
この事例の理髪店ブランディングが「クラシック」なテイストを選んでいるのは、理髪店の主要顧客が「流行を追う新しさ」よりも「確かな技術と変わらない安心感」を求める傾向があるからです。
セリフ書体、モノトーンの配色、伝統的な紋章風のモチーフ。これらの「クラシック要素」は、「この店は長年やっている」「技術が確か」「流行に流されない」というメッセージを無言で伝えます。ターゲット層が「新しさ」と「安心感」のどちらを重視するかによって、ブランディングのテイストは大きく変わります。理髪店に限らず、ターゲットの価値観に合ったテイストを選ぶことが、ブランディングの出発点です。
高品質なサービスを提供する理髪空間「Barber&Shack」のロゴデザインとブランディング

Barber&Shackは、アラブ首長国連邦の首長国であるアブダビにオープンした理髪店兼コーヒーショップ。当初は高級理髪店として計画されていましたが、プランニングが進むに従い、顧客満足度を上げるため、理髪店としての機能だけでなく、待っている間も快適に過ごすことができる「喫茶店」としての側面も持たせることになりました。
アブダビの人々は、以前にも増して清潔感のある出で立ちで職場に出向くようになっており、Barber&Shackはその気運に乗じ、そうしたニーズに応えるべく新たな理髪店サービスを展開することになりました。

アブダビには、コーヒーショップ併設型の理髪店がすでにありましたが、その店舗が狙う顧客層は、富裕層や中間層・貧困層と店ごとにターゲットとする客層が明確に分かれており、互いに客層が交わることはありませんでした。また、どの店もアイデンティティが確立されておらず「魅力的」と呼ぶにふさわしい店舗が少なく、アブダビの多くの人々は、ただ自分の行きつけの店に何の疑念もなく通うという毎日を過ごしていたそうです。
そこで、Cosa Nostraが考えたのは、どの客層にも固執せず、どんな顧客にも魅力的に映る店=ブランドづくりの確立。
年齢も収入も問わず誰もが行ってみたいと感じ、また、受け入れることができる店。そんな店づくりのビジュアル・アイデンティティのベースになったのが、ヴィンテージスタイルです。ヴィンテージスタイルは、年配の層には懐かしい古き良き時代、中間層には格好いいダンディズム、若年層には新鮮でファッショナブルと、それぞれの世代に違ったイメージで受け取られながらも、総じてプラスの印象を与えるスタイルです。

そのテイストをベースに、コーヒーカップとそこから立ち上る香り高い湯気、そして、理髪店のシンボルであるバーバーポールをモチーフにシンボルマークが考えられました。
ブランドカラー

カラーはブラックをベースに、バーバーサインでお馴染みのブルーとレッドを、ヴィンテージ感漂うペールトーンで。
ロゴデザイン

ひと目でコーヒーが飲める理髪店であることがわかる、シンプルで伝わりやすいシンボルマークに、整然と並ぶサンセリフフォントのロゴタイプが清潔感を感じさせます。

取り立てて飾り気があるロゴデザインではないのに、深みのある質の高さが感じられるのは、ベースとなっているヴィンテージスタイルのおかげといえるでしょう。カップとポールのヘッドに挟まれたサインの、回転を感じさせる描写もロゴマーク全体に動きを加えており、ただのシンプルなデザインに収まらない、緻密なプランニングの上に成立するロゴデザインであることが窺い知れます。
ショップカードデザイン

このロゴデザインを使い様々なアイテムが制作されましたが、最もその特性を生かしたのが、こちらの名刺デザインです。スリーブとカードの二重構造になっており、カードをスリーブから引き出すと、ポールの中のサインがクルクルと動いて見える仕組みになっています。
インフォグラフィック

店で飲むことのできるコーヒーの種類にもこだわっており、世界中のさまざまな種類のコーヒーがどのようなものであるか、目で見て理解できるようインフォグラフィックを用いて紹介されています。見ているだけでも楽しくなるこのコーヒーのラインナップ。実際に飲めるとなると、店に足を運びたくなる気持ちがよくわかります。
店舗の外観

ブティックのような出で立ちの外観。あえてブラックで統一された外装が、街の中で一層人目を引きますね。華美でもなくチープでもない店構えは、正にすべての男性を受け入れるノンジャンルのバーバー&コーヒーショップです。
クラシックな感覚と現代の文化を融合させた「Giuliano Margheriti」のユニークなロゴデザインとブランディング

1980年から続くイタリアの理髪店「Giuliano Margheriti」 。周囲の競合店と差別化するため、ブランディング戦略が考えられました。

トータル的なイメージの元になったのは、開店当初の理髪店の雰囲気。今と比べ、少しレトロなバーバーポールや、当時流行していたスクリプト書体などを取り入れロゴタイプが作られました。
ロゴデザイン

スクリプト体と呼ぶには、あまりにも読みやすいこの書体は、丸みの帯びたサンセリフ体を要所要所で繋げ、アクセントを足したオリジナルのロゴタイプ。レトロな香りと現代デザインが掛け合わされた、懐か新しいロゴデザインです。

加えてデザインされたのが、吹き出しの中にレトロなバーバーポールを入れたシンボルマークです。
バーバーポールの、斜めラインの延長上に吹き出しの飛び出し部分が合わさっているため、一見すると吹き出しではなく、枠外にラインがはみ出したトリックアートのような意匠にも見えます。


しかし店のノベルティにアクセントとして取り入れられたデザインを見ることで、シンボルマークが吹き出しであることを改めて確認できます。吹き出しのデザインは、現在のSNS文化を象徴する現代的なアイコン。このアイコンとレトロなバーバーポールを合わせることで、クラシックな味わいと現代のスピーディーなトレンドとをミックスさせた個性的なアイデンティティが生み出されています。

そしてもう一つ、ロゴデザインとは別で、ビジュアル・アイデンティティの一翼を担うのが、口髭を蓄えた紳士の顔。かつてのヨーロッパ紳士を代表するようなジェントルな風貌は、店を利用する紳士たちのシンボルとなっています。
ショップカードデザイン

この紳士の顔は、ノベルティのあらゆるデザインに登場します。中でもユニークなのがポイントカードと封筒のデザイン。ポイントカードは、例の紳士の顔をベースに何パターンか髪型や輪郭、髭の有無を変えたバリエーションのイラストを作り、ポイントをチェックするマス代わりにデザインされています。個性豊かな顧客を連想させる面白い演出方法ですね。
封筒デザイン

封筒のデザインは、開く前は無精髭を生やし髪の毛も無造作に伸びた「Before」の状態。封を開けると、髭も髪も上品に整えられた「After」の姿が出現するというユニークな仕様。手に取った人が思わずニヤリとしてしまう凝った仕掛けです。
名刺デザイン

さらにもう一つ紹介しておきたいのが、名刺のデザインです。紙より厚く丈夫な素材でできた名刺は、説明書きにある通り「とても硬い名刺」でありながら「可愛らしく手軽なクシ」になるというユニークなもの。正反対の形容詞を使ったウィットに富んだ紹介文と共に、シンボルの吹き出しに書かれた素っ気ないシンプルなイラストが何ともミスマッチで笑いを誘う、センスのよい遊び心が効いた名刺デザイン。

こんなカードをもらったら、店に足を運ばないわけにはいきませんね。
理髪店のロゴが「ミニマル」であることの実務的なメリット
この事例の理髪店ロゴがミニマルな構成(シンプルな書体+最小限のモチーフ)を採用しているのは、美学的な判断だけでなく、実務的なメリットがあるからです。
理髪店のロゴは、ガラス面への切り文字、タオルへの刺繍、名刺への箔押し、看板への彫刻など、「印刷以外の加工」で使われる場面が多い業種です。ミニマルなロゴは、これらの加工での再現性が高く、細かいディテールが潰れるリスクが低い。「このロゴをタオルに刺繍できるか?」「ガラスに切り文字で貼れるか?」。こうした運用条件が、ミニマルな設計を合理的な選択にしています。
まとめ
シンプルでミニマルでありながら個性を感じる2つのブランディングには、共通して、受け手のイマジネーションを掻き立てる綿密なプランニングがありました。ターゲットは2店ともに、利用を見込める全年齢層の男性。幅広い層に受け入れられるため、見る人によって印象が変わる可変的なイメージをベースに据え、自由なイメージを描けるよう、あえて凝り固まった絵柄を使わず余白を残すようなデザイン方法をとっています。
ブランディングというと、見る人にあるイメージを植え付けるために行われる作業のように考えられがちですが、今回取り上げたCosa Nostraのように、見る人によって捉え方が変わる、余裕のあるブランディングというのも一つの在り方なのではないでしょうか。
design : Cosa Nostra ( Poland )
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