ロゴの要素では、シンボルがビジュアル的に注目を集めます。しかし、企業名や商品名、あるいはブランドの名称自体を表すロゴタイプも重要です。セリフ、サンセリフなど書体の基本的な選択から、筆記体にしたり大きくデザインを加えたりすることで、イメージが変わります。
今回はロゴタイプの多彩な装飾のアイディアについて、フランスのパリで活躍しているアートディレクターSam Healyさんの作品からご紹介します。※記事掲載はデザイナーの許諾を得ています。(Thank you, Sam!)
ところで、実例を挙げる前に「カニッツァの三角形」をご存知でしょうか?目の錯覚による図形のひとつで、1955年イタリアの心理学者ガエタノ・カニッツァが発表しました。以下のような図形です。
途切れた三角形の辺に、3体のパックマンが口を空けているようです。この図形を見ていると、中心に白い三角形が見えませんか。その白い三角形は、周囲より明るく浮き上がって見えるはずです。しかし、実際に白い三角形は描かれているわけではありません。こういった対象の間に存在する空間を、デザイン分野では「ネガティブスペース」と言います。
人間の脳は「欠けている部分を補って見る」特性があります。図形以外に、文字の一部が欠落していても補って文章を読むことが可能です。
欠けた部分を補う人間の脳の特性を生かすと、ネガティブスペースを巧みに利用した面白いデザインができます。
ロゴタイプを可読できないほどに断片化する
このロゴは「iconklast」という雑誌のために作られたようです。「i」の下半分がなく、「c」は左上の4分の1が消えている……というように、全体が虫食い状態になっています。まるで宇宙人が記述した文字のようです。何語なのか判別不可能なロゴタイプといえるでしょう。
しかし、人間の脳はこの欠けている部分を補って認識します。「k」と「t」は認識の難度が高くなっていますが、全体を眺めるとiconklastという文字列が、なんとなく浮かび上がってきます。
「klast」は腕時計のメーカーにもあり、「clast」の造語と考えられます。「clast」の意味は「岩片」。そこで砕けた岩のかけらのようなデザインにしたのではないでしょうか。アイコンの断片という意味からも、奇抜ではありますが、逆に先端的な未来のイメージを感じさせます。
日本の企業では、農業機械や建設機械のメーカーである株式会社クボタのロゴが似ています。クボタのロゴは、左下を斜めにカットした文字です。
ちなみに、視力検査では「C」を回転させてどちらが開いているか答えさせることが定番ですが、これではどちらが開いているのか分かりませんね。
文字のラインを消して半月のようなロゴに
「Absolument」のロゴ。フランス語で「絶対に、完全に」の意味です。
といいながら、ロゴタイプは完全ではないデザインであり、むしろ一部を消した不完全なものです。完全であるはずのロゴが不完全というところに洗練された遊びゴコロ、面白さを感じます。
書体はセリフ系のフォントですが、豊かな曲線に特徴があります。「O」の文字は、半月のようです。満月が完全であるとするならば、半月は「完全になりかけの不完全」かもしれません。不完全なロゴを提示することで完全を連想させる、という意図が込められているのでしょうか。
ロゴを見る人間の意識が加わることによって「完全になる」とも考えられます。つまり、これがショップのロゴであれば、お店+お客様(の意識)で完成されるイメージです。
「M」や「N」の直線を消した文字も独特ですが、このロゴタイプで美しいのは、直線を消して曲線だけ残した「B」、あるいは先端のセリフの部分をフェードアウトさせたような「S」。完全や絶対という強い意味に反して、繊細な印象があります。
文字の一部で下半分をカット
こちらは日本のブランドロゴのようです。「High mind」の「g」の下がカットされています。このブランドネームの英文には「h」「m」「n」のように、下部を円環で閉じない弧として開かれている文字が多くあります。そこで「g」の巻きグラムを2つの円に分割し、下の円の下部をカットすることによって、「h」「m」「n」との親和性が生まれています。
「g」の文字が巻いているかどうかは、フォントを見分ける手段のひとつ。個人的には巻いている「g」が好みではありますが、巻いているようで下に開いているこのデザインの「g」は印象に残ります。
「High mind」の意味である「高い精神」を考えると、大地にしっかりと足を踏ん張って立っているイメージもあります。このように考えると、2つの「i」は人間のピクトグラムにも見えそうです。
並んだ同一文字をヨコ線で分割する
「TAAAASTY」は、ハンバーガーショップのロゴのようです。「TASTY」は「おいしい」という意味なので、日本語に訳すなら「うまああああい」という感じでしょうか。日本語でも使われますが、とてもおいしいときの感情がこもった表現です。
4つの「A」は、真ん中のAのラインで分断して、また最も左と右のAは左右にラインを飛び出させることで動きを作っています。全体を右斜上に傾斜させていることにも動きが感じられます。
小さいので見過ごしてしまいがちですが、ロゴタイプの上には4つのAを山形にして重ねたシンボルを配置しています。共通した文字が並ぶ場合、ただ配置するだけでは面白みがありません。このロゴのように、共通した線で貫いたり、重ねたり、結合させたりすることで、独特の連続感を表現できます。
筆記体のロゴタイプを太いラインで抽象化する
英文の綴り文字、つまり筆記体のロゴは、由緒のある老舗やエステやコスメなど女性向けのブランドに効果的です。繊細な書体を使うとやや古いイメージになりますが、太い文字で細部を思い切って省略するなどデザイン処理をすると、ポップで新しさを感じさせることができます。
「wanted」のロゴでは、「a」や「d」などを抽象化して、さらに「t」のヨコ線も「c」に見えるほど崩しています。「w」を「a」につなげないことによって、可読性も高めています。丸いペンで書いたような手書き感覚があり、あったかい印象が感じられます。
この「wanted」は、おそらく強く求めるのではなく、愛情をもって優しく求める気持ちが込められているのではないでしょうか。この書体をたとえばヴィンテージ系の書体にすると、西部劇の「お尋ね者」のポスターになってしまうので。
言葉そして文字には、歴史的な文脈(コンテクスト)があります。つまり、書体には作られた、そして使われた背景があります。お尋ね者的な意味を断ち切る上では、筆記体風の文字を選んだことにセンスが感じられます。
ロゴタイプとシンボルをイメージで調和させる
「le milk」は牛乳のブランドでしょうか。筆記体のロゴタイプの上に、「Alps Swiss」とあります。その上にある「+」はスイスの国旗をあらわしているのでしょう。2012年に生まれたブランドのようです。南フランスに同名のクラブもあるようですが。「milk」の文字は、まさにアルプスの山が連なっているような山があります。そのロゴタイプが、背景のアルプスのシンボルと一体化することで調和しています。また、白と黒のモノトーンにより、アルプスの白い雪とミルクの白さを重ねています。
筆記体は「流れ」のある文字です。文字と文字の連なりが流暢に感じられます。一方で、ゴシック対など文字がブロックで分離されている場合は、流れは感じられません。堅実ながっしりとした印象があります。ゴシック対でスクェアな印象を崩すには、斜体などを使うとよいでしょう。
液体であるミルクの流れを感じさせるロゴタイプです。
文字を塗りつぶさないことで繊細に
ロゴの下には「CHILL(リラックスした)」という言葉が添えられています。
筆記体も繊細な書体ですが、セリフのある文字(日本語では明朝体)も繊細な印象があります。しかし、太い文字でどんと配置した場合、存在感が強すぎて重い印象になります。
重い印象を払拭するためには、白フチなど文字のアウトラインを残す手法が一般的です。このロゴも、文字のアウトラインを残すとともに、アウトラインの内側に薄い色の細いヨコ罫を敷く処理をしています。したがって、太い文字であるにも関わらず、こまやかな雰囲気を感じさせます。
ロゴタイプのイニシャルからシンボルを作る
可読の限界まで欠けさせた文字から、筆記体などによる繊細なロゴタイプまで、Sam Healy さんの作品を紹介してきました。続いて、ロゴタイプから抽象的なシンボルを作成した例を解説しましょう。
「BEARWOLF オオカミクマ」は日本の企業のためにデザインしたロゴのようです。このロゴでは、「BEAR」の「B」を反時計回りに開店させ、「WOLF」の「W」を180度逆さまにしてBと同じように横線を引いて、シンボルを作っています。
丸みを帯びた線がどことなくユーモラスです。オオカミとクマの顔、あるいは住んでいる山を想像させるデザインともいえそうです。丸みを帯びたシンボル、英文、カタカナを中央でそろえて列記することで、統一感のあるロゴになっています。
抽象化を進化させてシンボルに
抽象化を進めていくと、ロゴタイプはシンボルになります。「BimBamHome」はフランスの不動産会社のようですが、ここでは社名の2つのBを重ねて、薄いピンクと濃いピンクによるロゴをデザインしています。このような場合、もはやシンボルだけでは意味が分かりません。
しかし、ロゴタイプと組み合わせることによって、象徴的なロゴが完成します。
Designer : Sam Healy (France)
・この記事は制作者に許諾を得て掲載しています。
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