ルーマニアの首都ブカレストで活動する Sofiia Oswald 氏は、パッケージデザインとブランドアイデンティティを専門にしているグラフィックデザイナーです。イラストレーターでもあるOswald氏の作品の特徴は、まずなによりも、イラストをメインビジュアルに据えたブランディングのスタイルです。
カートゥーン風のタッチで描かれたやさしいイラストが、シンボルマークのような立ち位置で、キービジュアルのようにふるまいます。このようなイラストとロゴタイプとの組み合わせは独特です。
Oswald氏のポートフォリオに掲載されている、飲食業界のブランディングの習作から何点か見てみましょう。習作ではありますが、クライアントのプロフィールと課題をしっかりと設定してあります。そして、その解決策としてビジュアルアイデンティティを制作している点は、ポートフォリオを準備するうえで参考になります。※記事掲載はデザイナーの承諾を得ています。( Thank you, Sofiia Oswald! )
ほんわかとしたバリスタのイラストをアイデンティティとした例
コーヒーショップ「Perk & Sip」のブランドアイデンティティでは、丸みを帯びた、やわらかいイラストがメインとなっています。
コーヒーカップ、ドリッパー、ケトル、コーヒー豆などのイラストと、手書きのロゴタイプが組み合わされたビジュアルアイデンティティです。シンボルマークの代わりにイラストがレイアウトされた形になっています。
キービジュアルとして大きく扱われるバリスタのイラスト
このPerk & Sipのプロジェクトでは、バリスタのイラストもブランドアイデンティティとして重要な役割を果たしています。ドリップにお湯を注いでコーヒーを淹(い)れている様子と、できあがったコーヒーをカップに注いでいるバリスタの2バージョンがあります。
バリスタのイラストがロゴタイプと組み合わされるときは、イラストはとても大きく扱われます。雑誌や書籍、ポスターのキービジュアルとタイトルとの関係に似ていると言えるでしょう。
地元の喫茶店としての親しみやすさを演出
ショップ名の「perk」は、日常の会話で使われる「コーヒーを入れる」という意味のある英単語です。「sip」は「少しずつ飲む」「ひと口飲む」という意味で使われます。ですから、このブランド名は、ちょっとコーヒーを淹れて、ひと息つこう、といったニュアンスがあります。
「ただのコーヒーではありません。コミュニティです」がPerk & Sipのタグラインです。
気取ったコーヒーチェーンではなく、地元の喫茶店ということでしょう。そういった、気軽にくつろげる身近なコーヒーショップのブランディングとして、ひとつの方向を示しています。
現代版レコード喫茶の3つのビジュアルアイデンティティ
米国では、アナログレコードの販売枚数は17年連続で成長しています。2022年と2023年には、レコードの販売枚数がCDを上回りました。アナログレコードは一時のブームではなく、音楽を楽しむための、もうひとつのメディアとして定着したのかもしれません。
音楽とお茶が出会う場所
お茶とスイーツを楽しめるティーハウス「The VinylGrind」では、アナログレコードが鑑賞できます。コンセプトは「音楽とお茶が出会う場所」です。厳選されたお茶とおいしいお菓子の聖地であると同時に、音楽愛好家がレコード芸術を堪能できる聖域でもあります。
店名にある「vinyl」(ビニールまたはヴァイナル)とはアナログレコードの呼び名のひとつです。
The VinylGrindは、言ってみれば、現代風「音楽喫茶」です。
インキトラップが特徴的なロゴタイプ
この音楽喫茶のためにOswald氏が作ったビジュアルアイデンティティは、Oswald氏の得意なスタイルであるイラストとロゴタイプの組み合わせです。ロゴタイプは、インキトラップが特徴的な書体が使われています。小文字「y」を180度回転させるという遊びもあります。
インキトラップとは文字のストロークの交差部などに入れられた切り込みです。もともとは、紙に印刷するときのインキのにじみを避けるための実用的な処理だったのですが、現在では純粋にデザイン上の目的で使われている書体も少なくありません。
3つのイラストが象徴しているもの
ビジュアルアイデンティティとして、3パターンのイラストが描かれています。
いずれのパターンでも、イラストの基本の要素は、音楽鑑賞をシンボライズしている目とヘッドセットの組み合わせと、レコードプレーヤーの2つです。
一つ目のパターンは、レコードをキャラクター化したものとも考えられます。これは、The VinylGrindを訪れたお客さんが体験できる「音楽の旅」を象徴しています。
二つ目のパターンは、レコードプレーヤーのターンテーブルに乗せられたティーカップです。ちょっと奇抜な構成は、The VinylGrindの取り組みを示しています。これは、伝統的なレコード鑑賞のスタイルに、驚きと創造性を少し付け足して、あらたな体験を提供するというものです。なんらかの企画イベントなどを想定しているのかもしれません。
三つ目のパターンは、シンプルにレコードを聴いている様子を表現しています。お茶を味わいながら音楽に浸る喜び、というThe VinylGrindでの本質的な体験の象徴です。
レトロなカートゥーン風タッチのキャラクター
米国では2023年いっぱいで、ディズニーアニメ「蒸気船ウィリー」の著作権が切れました。これによって、この作品に登場しているミッキーマウスのオリジナルバージョンがパブリックドメインになったことは、ニュース報道もされました。
このこととOswald氏がコーヒーショップのビジュアルアイデンティティに、レトロなキャラクターを描いたことに関係があるかどうかはわかりません。しかし、レトロなカートゥーンの空気をまとった愛らしいキャラクターは、オーディエンスの記憶に強く印象づけられるでしょう。
ヴィンテージアニメのスタイルで描かれたキャラクター
キャラクターは2種類。コーヒーカップと直火式エスプレッソメーカーをそれぞれ擬人化したデザインです。
この2つにキャラクターは、手袋や目の描き方など、カートゥーンを彷彿とさせるスタイルで描かれています。Oswald氏は次のように紹介しています。
「これらのキャラクターは『コーヒーブレイク』の精神を体現し、ショップのアイデンティティの温かい大使として活躍します」
カラーパレットは白黒です。おそらく古典的アニメを意識してのことだと思いますが、他の色を使わなかったことで、現代的で清潔感が醸し出されています。
古典的な書体にシャビー加工をほどこしたロゴタイプ
ロゴタイプにはオールド・ローマン体の書体を採用しています。おそらく書体「Caslon」をベースにして、字形に少し手を加えているように見えます。
また、わずかですがシャビー加工がほどこされていて、時の経過を感じさせる工夫となっています。Oswald氏は次のように説明しています。
「このタイポグラフィーの選択は、クラシックなコーヒーハウスの永続的な魅力を呼び起こしつつ、現代のコーヒーカルチャーを受け入れる橋渡しとなっています」
さまざまなシーンのイラストで彩るレストランのブランディング
レストランで目にするさまざまな場面をイラストにして、それらをビジュアルアイデンティティにした制作例もあります。
ユーモラスなイラストで特別な体験の一部を紹介
「Secret Dining Club」のコンセプトは次のことばで表現されています。
「すべての料理が冒険であり、すべての料理が物語をかたります」
Oswald氏は、レストランにちなんだ様々なシーンをイラストにしました。ワインのテイスティング、シャンパンタワー、料理を運ぶウェイター、料理の並んだテーブルなど、Secret Dining Clubで体験できることをイラストでのぞき見ることができます。
レストランの名前と呼応する鍵にワインを添えたイラストが、シンボルマークの役割をになっています。
ワインに飛び込む人物など、ユーモラスなイラストもあります。ワクワクさせる何かがレストランにありそうだと興味をそそるブランディングです。
ヴィンテージ感を演出したジャズクラブのブランディング例
「Velvet Lounge」は、ジャズの魅力を伝えることを目的としたジャズクラブです。店内の装飾から演奏される音楽まで、最新の注意をはらって丁寧につくられました。
やわらかいタッチのイラストで描かれているのは、マティーニのグラスに腰掛けた女性、カクテルのトレイを運ぶウェイター、シックなシャンデリア、ヴィンテージのキャンドルスティック、トランペットなどです。
こういった、ヴィンテージジャズクラブを象徴する要素に、紺と白のカラーパレットとセリフ体のフォントで組んだロゴタイプが組み合わされました。
イラストを使ったイタリアンレストランのブランディング例
イタリアの本格レストラン「VintageVines」は、ヴィンテージのインテリアを備えた、優雅であたたかみのある雰囲気を提供します。
ここまでに紹介した制作例に比べると、VintageVinesのためにOswald氏が描いたイラストは、ややハードなタッチです。アメリカンコミックのヒーローものや日本の劇画のようにコントラストが強めのイラストが、レストランの雰囲気が伝えています。
カラーパレットには白と赤が選ばれました。セリフ書体とともに、オーセンティックなムードを演出します。かなり詰め気味に組まれたセリフ体のメニューは、アップル社の90年代の広告シリーズのタイポグラフィのようです。
design : Sofiia Oswald (Bucureșci, Romania)
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