ブランディングとアイデンティティ・システムを専門にしているグラフィックデザイナーAbdelali Ahourri氏は、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイを拠点に活動しています。
Ahourri氏は北アフリカの国モロッコ出身です。ヨーロッパとアフリカ大陸のあいだにはジブラルタル海峡があります。ジブラルタル海峡は地中海と大西洋を結ぶ要所です。海峡のヨーロッパ側はスペインで、向き合うかたちでモロッコがあります。
モロッコの公用語はアラビア語とベルベル語ですが、話し言葉として使われているは、モロッコ特有のアラビア語方言であるダリジャです。また、20世紀前半はフランスの植民地だったこともあり、多くのモロッコ人がフランス語を話し、読み書きできます。街中では、アラビア語とフランス語併記がめずらしくありません。ビジネスや大学では、英語も使われます。Ahourri氏自身もアラビア語、フランス語、英語、ドイツ語をあやつります。
このようなマルチリンガルが標準であるような環境で活動するAhourri氏のポートフォリオが公開されています。落ち着いた色調ながら明るい開放感を感じる色使いが印象的です。また、ロゴタイプのカスタム書体に独特のデザインスタイルがあります。文字の処理の仕方に、ほかではあまり見ないセンスを感じます。※記事掲載はデザイナーの承諾を得ています。(Thank you, Abdelali Ahourri!)
軽やかな動きが感じられるコーヒーブランドのロゴタイプ作成例
ロイヤルブルーと濃いめのベージュの組み合わせによるカラーパレットは気品があります。Abdelali Ahourri氏が手がけた、Bakalというコーヒー関連ビジネスのブランディングデザインは、シックでおしゃれです。
大文字で組まれたロゴタイプは、均一の細いラインで描かれています。ゼムクリックを曲げ伸ばしして作った文字のようです。ラインの切れ目は重なりを表現するためなのでしょうか。「L」のバーが、「B」や「K」などに調和するようにカーブを描いています。これによってロゴ全体に生まれました。
シンボルマークも独特です。小文字「b」がモチーフになっているのでしょうか。コーヒーカップ、またはカップに漂う湯気のようにも見えます。短い線やドットからアラビア文字を感じるひとがいるかもしれません。
コーヒーブランドとしては、やや特徴的な色使いです。しかし、もしこれがカジュアルな衣料ビジネスやインテリア雑貨のブランドなら、すんなり違和感なく受け入れられます。
あるビジネスのブランディングをデザインするとき、ターゲットのプロフィールが同じで業界が異なるブランドを参考にしてみる、というアプローチもあるかもしれませんね。
シンプルで親しみやすい水産業のブランディング事例
世界的なブランドであるティファニーの社名は「ティファニー・アンド・カンパニー(Tiffany & Co.) 」です。また、世界的コンサルティング会社マッキンゼーは「マッキンゼー・アンド・カンパニー(McKinsey & Company)」です。いずれも創業者の名前のあとに、「そしてその仲間」という意味の「and company」が続きます。創業者の名前を使った社名の表記法のひとつです。日本で佐藤さんが起こした会社を佐藤商会というのに似ています。
ですから、「フィッシュ・アンド・カンパニー(Fish & Co.)」という社名をきくと、サカナが創業者なのか、とツッコミたくなるかもしれませんが、漁業関連ビジネスやシーフードレストランなどのブランド名として使われることがあります。
Ahourri氏が作った「Fish & Co.」のロゴは、魚をモチーフにしたシンボルマークと社名という、ごく一般的な構成です。しかし、そのミニマルなデザインには、興味深い点がいくつかあります。
シンボルマークの魚は、くるりと結んだように丸められています。活きのよさを表現しているのでしょうか。均一の太さの線で一筆書きのように表現されているのがおもしろいです。
ロゴタイプの「f」の上部とクロスバーが切り離されているのも珍しい処理です。水面から飛び出した魚に着想を得たのでしょうか。
アンドマークと呼ばれることも多い「&」は、英語ではアンパサンド(ampersand)といいます。この記号は、「and」と同じ意味のラテン語「et」の合字(リガチャ)が由来です。Fish & Co.のブランディングでは、この「et」が比較的はっきりと判別できるデザインの書体が選ばれています。
モロッコ特産アーモンドペーストのブランディング事例
アーモンドバターとアルガンオイルにハチミツなどを混ぜ合わせた、アムルーというモロッコの特産品があります。モロッコでは朝食でパンなどに塗る定番スプレッドです。
手作りの高級アムルーのブランド「Yamlu」のパッケージを、Ahourri氏はシンプルでクリーンなデザインで仕上げました。製品のクオリティと素朴さが融合したビジュアル・アイデンティティです。
サンセリフ体で組んだロゴタイプは、ストロークのコントラストが強く、モダンセリフ書体のようなエレガントさを持っています。小文字だけで組むことで、やわらかい印象です。「a」「f」にほどこされた独特の処理がアーモンドペーストのなめらかさを感じさせます。
ラベルの中央には、ロゴタイプがすこしひかえめにレイアウトされています。ホワイトスペースがおおきくとられているので、製品のグレードの高さを感じさせるデザインです。「あるママの手作り」というテキストが丸みのあるスクリプト書体で添えられています。
老舗家具店の精妙なアイデンティティ・システム
Almutlaq Furnitureは、世界中の高品質な家具をとりそろえた家具ブランドです。このリブランディングをAhourri氏が試みています。
現行ロゴは、シンボルマークとロゴタイプの組み合わせです。ブランド名の頭文字「A」をモチーフとしたシンボルマークは、家具の象徴として椅子を連想させるデザインにアレンジしてあります。ロゴタイプは、アラビア文字とラテン文字の併記です。
Ahourri氏のアイデアでは、シンボルマークは取り去られました。そのかわりに、アラビア文字をデザインしなおして、シンボル的にあしらっています。これはアラビア表記から、ブランド名の「Almutlaq」にあたる部分のみを抜粋したものと考えられます。
ラテン文字の書体も変更されています。字間をゆったりとあけることで高級感と信頼感、伝統を感じさせるデザインになっています。アラビア文字を90度回転させているのが面白いですね。
漢字、カタカナ、ひらがな、アルファベットと複数の文字体系を使う日本語のデザインと通じるものを感じます。
Ahourri氏は、アイデンティティシステムの一貫として、アイコンも作成しています。いずれも緻密にていねいにデザインされていて、ミニチュア家具のフィギュアを見ているかのような、魅力的なアイコンたちです。
design : Abdelali Ahourri (Dubai, United Arab Emirates)
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