店舗の看板は、いわば店の「目印」です。したがって店舗のロゴは、遠くから見ても分かりやすいデザインであることが重要です。特に店舗のロゴは名前を識別できることも大切です。シンボリックになり過ぎると目的を果たせません。
ファッションブランドのロゴも同じような場合があります。既に多くの人々に知られていてポジションが確立しているブランドであれば、シンボルだけでも効果的でしょう。しかし、新しいブランドや店舗の場合は、ネーミングとロゴデザインで消費者にインパクトを与え、印象づける必要があります。ロゴデザイン自体がファッションの一部として洗練され、カッコイイ、カワイイものが売上にも貢献します。
今回ご紹介するのは、ロシアのグラフィックデザイナー Erik Musin さんの作品です。ロゴタイプを中心として、店舗やファッションのロゴデザインとしてバシッと決まるデザインを手がけています。※記事掲載はデザイナーの許諾を得ています。(Thank you, Erik!)
ファッションブランドのシンプルなロゴ作例
「ZIQ&YONI」は2010年に設立された、ロシアのストリートファッションのブランドです。アウトドアスポーツや音楽など、さまざまなサブカルチャーの分野を取り込みながら急成長しています。共同プロジェクトやコラボレーションなど幅広く展開しているようです。
ロゴタイプは筆記体風で、「Z」と「Y」の文字の下部を伸ばして「&」を大きく目立たせています。シンプルです。読みやすさを尊重しながら、どこかストリートアーティストが壁に描いた雰囲気も感じます。
このロゴタイプが最高に映えるのは、店舗に掲げたネオンサインでしょう。ロゴタイプのアウトラインを光らせたサインはスタイリッシュです。
制作過程では、細部にこだわって微調整がされています。当初は文字の端を大きく巻いて細い線で描かれていましたが、太くメリハリを付けました。下向きの斜めに切断されていた「Z」の下部は、上向きにすることで「&」の丸みと調和しています。若い世代に向けたクールな印象にもなりました。
Webサイトはシンプルで、おしゃれな雰囲気を醸し出しています。ZIQ & YONI GIRLとして女の子のモデルを使い、挑発的な写真を掲載。音楽情報も取り上げ、サブカルチャーの匂いを感じます。
牛のシンボルが印象的なダイニングバーのブランディング
「Porter – kitchen bar」はお酒と食事が楽しめるバーです。店の名前は、強い香りとモルツの苦味がある黒ビールと、サーロインとヒレ肉を同時に味わえるポーターハウスステーキに由来しているそうです。ビールとステーキの本場イギリスにちなんだネーミングとも解説されています。
Erik Musinさんは、ブランディング全体に関わっています。シンボルはステーキそのままの牛。そしてロゴタイプは、やはり筆記体風です。ネオンサインにするという前提でロゴのデザインを練り上げていることが想像できます。
シンボルの牛を描く過程の試行錯誤が紹介されています。
抽象化されたシンボル、具体的なシンボル、顔の長細いものなどの中から、最終的には具体的ではありながら細部を省略可したデザインを選択しています。こちらもネオンサインに使うときのことを考慮していますね。背景の網線と円は、鉄板のイメージでしょうか。このように考えると、赤い牛の色は「ステーキとして焼き上げた」赤にもなりそうです。闘牛のイメージも彷彿とさせます。
ロゴタイプも、制作過程でいくつかのプロトタイプを検討した後に選ばれています。
微妙な違いですが、「P」の丸み、「O」の上にバー付けるかどうか、線の太さなどを検討していることがわかります。ちなみに、「O」の上にあるバーはローマ字でお馴染みですが、長音を示す「マクロン」というダイアクリティカルマーク(補助記号)です。
ロゴタイプの下にラインが入っていて、このライン1本でかなり印象が変わります。ラインにより全体が引き締まって見えます。ラインを取ってしまうと、やや散漫な印象です。多くのショップのロゴで、Erik Musinさんはロゴタイプの下にラインを付け加えています。
サインはもちろん、店舗のオーニング(日よけ)や外観の見せ方もデザインしています。赤を基調として、オーニングに使う場合のロゴタイプは白抜きに、店舗のサインには青を用いています。
食器やメニューにもシンボルが使われています。ロゴタイプのブルーを縁に使って、中央にグレイのシンボルを配置した皿は品格があります。
ガストロ・バーのビビッドな配色のサイン
「Crazy Wine」のロゴデザインは、新しいガストロ・バーを立ち上げるプロジェクトの際に手がけられました。ガストロ・バーとは、高級な料理とお酒を提供するレストランとバーを兼ねた店舗です。
手書きのスケッチ画像がありますが、「Crazy」と「WINE」の2つの文字を、かなり繊細に組み合わせていることが分かります。ロゴタイプの「WINE」に関しては、シンプルで機能的なフォントが用いられています。4つのアルファベットは、大きな円の中に小さな円がある同心円を8分割したグリッドに配置されています。一方、「Crazy」はネオンで建物の外観に使われるサインを考慮して、丸みのあるマーカー風のものです。
シンボルも2つの文字が重なっています。「Crazy」の頭文字「C」は青でワインのボトルの形に、「Wine」の頭文字「W」はワイングラスを2つ重ねた形を象徴しています。ロゴタイプとシンボルは分離して使うことを考えられていますが、重ね方、配色で連動しています。ブランドアイデンティティーを考える上で、重要な配慮ではないでしょうか。
カラーコードやブラッシュストロークなどの規約も設定されています。ブランドイメージの品質と価値を保つために重要です。
建物に使ったときのデザインも設計しています。ネオンサイン、入り口にはシンボルが使われ、入り口の上のサインとウィンドウステッカーにはロゴタイプが使われています。このデザインを見ただけでは、特にウィンドウステッカーは目がチカチカするような印象があります。しかし、実際のネオンサインはとても印象的です。
ショップカードやレターヘッドをはじめ、手提げ袋など店頭のサイン以外に展開したアイテムも洗練されていて、かつビビッドな印象に残るデザインです。
巨大リゾート施設のブランディング事例
リゾート開発プロジェクトのブランディングです。かなり大きなプロジェクトであり、背景を次のように説明しています。
このリゾート開発が行われるドンバスビーチは、広大なルシアン・ブラック・シー・コーストのリゾート施設のひとつ、ヤルタ・インツーリストというホテル内にあります。ホテルには1,500部屋があり、現在ホテル全体を大規模な再開発中です。2017年に、公園とケーブルカーの複合施設がオープン。3~4年後には5つ星のホテルが建てられ、ロシアで最大のホテルになります。このビーチの基盤となる「ドリーム」プロジェクトは、主にヤルタ・インツーリストのホテルをつなぐことにあります。ビーチは自由に使うことができ、サウスコーストから訪れたすべての人々が入れます。サウスコーストからの訪問者が、それぞれ自分に合った場所をみつけられる施設をめざしています。
このプロジェクトはロシアのあらゆる観光産業を成長させるための誘因となり、国家レベルで重要です。プロジェクトの主な目的は、かつてベストリゾートだったドンバスビーチをよみがえらせ、そのストーリーを復活させることにあります。「ドリーム」プロジェクトでは、1万4,000平方メートルのエリアを複合的なエンターテイメント施設に再開発し、世界最高水準にしようと目論んでいます。まさに、「夢の」プロジェクトですね。
この壮大なプロジェクトに対してErik Musinさんが関わった仕事は、ロゴによるブランディングと、5つの場所にエリアカラーを設定してエリア情報を整理することだったようです。さらにブランディングのレギュレーション(規約)の設計です。
ロゴマークはカラーオプション、モノクロオプションを設定して、さまざまなシーンに対応できるようにしています。
プロジェクトのスタッフ用の名刺や、レターヘッド、ボールペンなどのグッズもデザインしました。細かい仕事ではありますが、プロジェクトに参加していることを誇りに思えるようなデザインが、スタッフの士気を高めて、プロジェクトを成功に導きます。疎かにできないといえるでしょう。
施設の形状をロゴに生かす
「Star Zvezda」は、クリミア半島サザンコーストでフラッグシップとなるリゾート施設。前述と同じ「ドリーム」プロジェクトに関わる施設のようです。世界的な複合施設で、2,000人規模のコンサートホール、レストラン、ナイトクラブ、プールなどがあります。敷地の広さは4,500平方メートル、2017年にオープンです。
Erik Musinさんは、自分の関わった仕事のラフスケッチを公開しています。デザイナーのラフは非常に興味深いものです。ラフを見ながら背後にある考え方を知ると、ロゴタイプの曲線ひとつ、配置した星のひとつにも意味があることが分かります。
「Star」の星は旧ソビエトの国旗のスタイルを意識したとのこと。現在のロシア連邦の旗にもある星です。また、ロゴの各部分に使われている半円形などの曲線は、複合施設を上から見た建築の要素だそうです。さまざまなアイデンティティの構築方法がありますが、建築物の形状からロゴをデザインする発想は斬新に感じられます。
ソビエトの国旗を意識した星のデザインは、フォントの星からデザインしました。ビジネス文書にも使われている星です。もちろんそのまま使うのではなく、丸みをつけたり、塗りつぶさずに輪郭にしたり手を加えていますが、もともと古くから一般のワープロなどで使われている星の文字です。シンプルの極みかもしれません。
蛍光色の黄色い星を目立たせた数々のアイテムは印象的です。黒い配色にロゴも黒で配置し、イエローの星だけを輝かせました。ロシア国民としての誇りがあるからでしょうか。見事なデザインです。
逆さまの「r」と動きのあるネオンサイン
「mirror」は、ファッションや雑貨を扱うコンセプトストア―です。ネーミングの「鏡」の意味通り、重なった「r」の文字を逆さまにしています。このロゴタイプでは、これまで挙げてきたような筆記体を用いていませんが、シンプルなセンスが感じられます。
Erik Musin 氏の真骨頂であるネオンサインは、素晴らしい仕上がりです。点滅することで動きも見せています。
動きに関しては、Webサイト用でしょうか。モノクロのGIFアニメも用意されていました。通常、ロゴデザインは2Dでアニメーションなどの動きはありません。しかし、インターネットでYouTubeの動画が使われ、jQueryなど動きをつけたサイトが一般化している現在、アニメーションの演出を求められる場合があるかもしれません。イベントのアタック映像でインパクトが必要な場合もあるでしょう。
メタリックなサインにしても魅力的です。
ロゴ自体の完成度が高いので、箱やバッグ、あるいは商品のTシャツなどに使っても効果的です。
まとめ
Erik Musinさんは、店舗のネオンサインを得意な分野として、スタイルを確立していることが感じられます。ブランディングの知識と観点からアイテムへの展開はもちろん、地域開発のブランディングにも幅広く活躍されています。高級レストランやアパレル業界の店舗では、ロゴのクオリティがブランド価値を左右します。集客ひいては売上にも影響を与えるため、決してロゴをないがしろにはできません。
design : Erik Musin (Russia)
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