数ある競合の中から自社のブランドを選んでもらうためには、他社の商品との違いやそのブランド独自の特性を知ってもらう必要があります。そうした、ブランドの個性を発信し、認知を促進していくことをブランディングと呼びます。そのブランディングの中で核となるのは、そのブランドの根幹となるコンセプトの確立と、それをあらわすビジュアルアイデンティティの設定です。
今回ご紹介するのは、スペインのブランディングスタジオ「The Woork co.」のブランディング事例です。「The Woork co.」は、デジタル広告の分野で25年以上のキャリアをもつ、Debbie MartinとDavid Botellaがよりよいクリエイティブな環境を求めて独立し設立したスタジオです。彼らが大切にしているのは、クライアントとの距離感。クライアントと共にコーヒーやビール片手に語らいながらプロジェクトを進めることで、従来の大手広告代理店でのビジネスライクな関係では見えてこない、より自由で斬新な発想が生まれ、同じ目線に立って戦略を練ることができます。
ビジュアルアイデンティティのベースとなるのは、ブランドコンセプトをあらわすロゴマークです。彼らの、大手とは一味違う、自由で斬新な発想がどのようにしてブランディングを構築していくのか、具体例を見ながら考察していきましょう。※記事掲載はデザイナーの許諾を得ています。(Thank you, The Woork co.!)
意外なモチーフを使ったクラフトビールのブランディング事例
スペインでは今、かつてないほど地ビール需要が高まっており、急速に市場が拡大しています。そこで依頼されたのが、スペインの醸造メーカー「Barb&Blere」が造るベルギービールのブランディングでした。The Woork co.の元にこのビールが届いたとき、こんなに素晴らしいビールをプロデュースできるとは、とてつもなく光栄なことだと彼らは感じたそうです。製造元は、バーでビールを注文する際に競合の製品と明確に差別化し、尚且つ存在感のあるネーミングとパッケージデザインを求めていました。
最初に行ったのはネーミングの作業です。製造元の「Barb&Blere」は、元々醸造所の名前であった「Barbiere Beer」からとられています。その「Barbiere」はフランス語の「Barbu(ひげ)」と「Biere(ビール)」が語源だそうです。そこでこれらのルーツより、商品名を「Barbiere」とし、デザインコンセプトを「ひげ」に設定しました。言うまでもなく、バーには「ひげ」をラベルにしているビールはほかにはありません。
次の段階はロゴマークのデザインです。ひげと商品名をどのように表現するかを様々な手法で試します。どのデザインも、地ビールならではのクラフト感を感じさせる、温かみのある手書きの風合いを大切に作られています。
最終的に決定したのがこのデザインです。顔に表情をあえて入れず、シルエットのように扱うことで「ひげ」が強調されていますね。大胆でありながら、コンセプトを的確に表現したロゴデザインです。ロゴタイプは、黒板に書かれたチョークの文字のようなハンドライティング。イメージしていたクラフト感がしっかりと表現されています。髭とビールの色調にも注目です。もともとベースとなる色合いが似通っているので「ひげ」という飲料とはかけ離れたモチーフながら、しっくりとイメージに馴染んでいます。
また、ビールのフレーバーごとに色調を変えていて、ラベルを見ただけでフレーバーが識別できるよう工夫を施しています。そして、なにより大切なのが「美味しそう」に見えるロゴデザインであることです。すっきりとしたレイアウトに、こだわりを感じるクラフト感溢れるロゴ。高い品質を期待させる、美味しそうなロゴデザインです。
ロゴデザイン、パッケージデザインを経て、カードやバック、コースターなどの販促ツールのデザインが進められます。ロゴのもつクラフト感を重視した素材が選ばれ、シンプルながら同じ世界観を共有するデザインが生まれます。また、商品を販売するwebサイトもデザインされ、ブランドのイメージをより確かなものにしています。
「食」をテーマに展開するアプリケーションのブランディング
栄養管理を必要とする人へ向けたモバイルアプリケーションのネーミングとブランディング事例です。栄養管理は幅広いジャンルでニーズがあります。栄養士やパーソナルトレーナー、ヨガインストラクター、薬剤師等の職業的な需要や、ダイエットや健康管理などの個人的な目的までさまざまです。アプリケーションのブランディングにあたり、その幅広いユーザーに対してどうアプローチできるかが焦点となっていました。
そこで考案したのが、どのような職種でも当てはまるようにと考えられた未完のネーミング「eat to be_」です。最後の「_(アンダースコア)」は、目的によって使用者が埋める最後のセンテンスとなっており、「eat to be healthy」や「eat to be beautiful」など、そのイメージは無限に広がります。未完であるからこそ、どんな職種の人でも当てはまるフレキシブルなネーミングなのです。
「eat to be_」をビジュアライズするロゴデザインには、丸みのあるサンセリフ体をベースに独自の仕掛けがなされました。「a」と「b」に注目してください。パクっ、パクっと食べられたあとがありますね。この2点が欠けただけで「食」に関連したアプリであることがイメージできるようになります。ほんの少しの工夫でイメージが操作できるのは、ロゴデザインの面白さの一つですね。
次に、デザインやアプリに使用されるカラーチャートも設定されました。こちらもコンセプトは「食」です。食べ物を連想させる暖色系の色をイメージカラーに据え、アプリ内のデザインやwebサイト、アイコンなどグラフィックに使用されるカラーはここから選ぶような仕組みになっています。
アプリという使用目的から、視認性の高い、太い線を使ったシンプルな絵柄のアイコンが多数作られました。ロゴタイプも比較的太いウェイトが使用されているので、並べて使用する際も違和感なくデザインできます。また、使用者の多くが女性であることから、柔らかな印象のデザインでまとめられています。
モバイルアプリと連動したwebサイトも制作されました。事前にカラーチャートを設定しておくことで、デバイスが変わってもデザインイメージは崩れることなく継承されます。
Web操作に欠かせないユーザーインターフェイスも同様のコンセプトでデザインされ、サイト全体が「食」と「女性の暮らし」を意識させるデザインに仕上げられています。こうした、ターゲットユーザーを意識したデザインは、ブランディングの出来・不出来を左右する重要な作業です。コンセプトに則ったロゴデザインを制作した上で、カラーリング、デザインルールを明確にし、ビジュアル・アイデンティティを構築します。その際、「誰に」「どんな」イメージを届けたいのかをはっきりと具現化することが大切です。
化学反応をモチーフにした、クリエイティブエージェンシーのブランディング
次に紹介するのは、ビジネス戦略や企業コンサルタントなどを専門に扱うクリエイティブエージェンシーのネーミングとブランディング事例です。クライアントは、競合他社とは一味違う柔軟でパワフル、かつ統率のとれた集団であることをアピールできるネーミングとビジュアルを求めていました。
彼らの業種特性やコンセプトを考えたとき、モチーフとして候補にあがったのは「原子」でした。原子は万物の最小単位。原子のつながり方や結びつきで物質の性質が決まり、物質に新たな原子が加わることで、また新たな物質や他者との違いも生まれていきます。そうした化学反応が、彼らと企業との関わりをオーバーラップさせます。
そして、そのような原子の中で最も化学反応を起こす元素が「FLUOR(フッ素)」です。フッ素はほとんど全ての元素と反応する元素で、単体での用途は多くはありませんが、他の元素と結合することで医療や工業、清掃、燃料など幅広い分野で多大なる貢献をしています。このフッ素の性質こそ、まさに彼らの目指すべき姿。クリエイティブエージェンシーの社名は「FLUOR」に決まりました。
ロゴマークを制作するにあたり、重視したのは彼らとフッ素との大きな共通点、「フレキシブルな性質」です。幾何学系サンセリフ書体「Futura」をベースに作られたすっきりとしたロゴタイプは、間隔や高さなどに規定がなく、「L」と「U」をつなぐネオンカラーのロープの長さや形に合わせ自由に動き回ります。
ロープは時としてロゴマークを離れて人物や文字と戯れたり、シンボルとして書面を飾るなど、実に多彩に自由に動き回ります。この変幻自在な柔軟さ、そして意思をもって突き進んでいく力強さが企業の姿勢と重なり、「FLOUR」の看板として活きるロゴデザインが出来上がりました。
知性をイメージさせるブルーを基調に、ロゴのネオンカラーを配色したwebサイトも制作されました。
化学反応を例えに、「つながることで起きる創造の力」という、言葉では説明しづらいコンセプトも、ロゴデザインを介し視覚的に表現することで、多くの顧客へそのフィーリングを伝えることができます。
バラエティ豊かなメニューをアイコンで表現した、フードビジネスのブランディング
「Food Truck」は、スペインで急成長中の居酒屋スタイルのフードチェーン「Arzabal」の新業態です。軽食やタパス(スペインでよく食べられる前菜)、ワインやビールなどをトラックに詰め込んで、屋外やイベントに現れるスタンドバーのような移動式のお店です。Arzabalとは予てより付き合いのあったThe Woork co.は、この斬新で遊びごころに溢れる新プロジェクトのブランディングを担当することになりました。
まず作られたのがこのトラックをモチーフに作られたロゴマークです。近年、ロゴデザインやイラストレーションのトレンドである、均一の太さの線で描くモノラインという手法で描かれたトラックは、とても可愛らしくPOPなアイコンとなりました。
次に手掛けたのは、ロゴマークを基本としたメニューに沿ったアイコン制作です。ロゴと同様にモノラインで描かれたアイコンは、足をつけたり動きを与えることで、シンプルでありながら一癖ある個性的なキャラクターに仕立てられています。プロジェクト当初よりwebサイトでの展開が予定されており、それに合わせデザインのバリエーションも考えられました。
アイコン展開もその一つですが、移動式の屋外店舗は、単品オーダーが中心となるため、アイキャッチでメニューがある程度把握できるアイコンデザインは、このような業態にはマッチしたスタイルといえるでしょう。
出来上がったアイコンをもとにパッケージデザインが進められます。各メニューにあったアイコンがあしらわれ楽しい食事を演出していますね。また、それに付随してメニュー表やコースター、カードなどのツールもデザインされていきます。すべてのデザインパターンがロゴデザインを基本にすることで、統一感が生まれブランドイメージがしっかりと固まっていきます。
Webサイトは、1ページの中にメニューやコンセプト、おすすめの品やフードトラックの開催予定などがチェックできる内容になっています。こちらも、ロゴマークを軸にサイトデザインが展開されています。メニューアイコンや画像が散りばめられ、賑やかで開放感のあるデザインに仕上げられました。
まとめ
いかがでしたでしょうか。どのブランディング事例もコンセプトを深く掘り下げ、時にはクライアントですら気が付かない一面にスポットをあてて、そのブランドがもつ「らしさ」を見事に表現していましたね。ブランドの個性をあらわすとき、視覚的に表現し誰しもに伝わるカタチをもっているのは、やはりロゴデザインです。どんなに言葉で伝えるのは難しくても、カタチを伴ってあらわすことでイメージとして相手に届けることができます。
今回紹介した事例では、コンセプトを掘り下げたところからネーミングを見つけ、そこから受けるインスピレーションでロゴマークが生まれる。そして、そのロゴマークをデザインの基礎として他の成果物のデザインへ転用していく。という手順でブランディングが展開していました。
コンセプトを元につけられた名前が「冠」ならば、よりイメージしやすく視覚化されたロゴマークは「顔」といったところでしょうか。どのような業種でも差別化をもって競争に勝つことが成功への第一歩です。他社と一線を画す自分だけの「顔」を見つけてブランド力を高めていきたいですね。
design : The Woork Co. ( Spain )
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