スペイン南東部の都市ムルシア(Murcia)を拠点に活躍しているデザインスタジオEstudio Maba(スタジオ・マバ)は、ブランディングとパッケージデザインを中心としたサービスを提供しています。
ワインや食品のパッケージ、ロゴデザインなどで数多く受賞している若く意欲的なスタジオです。ストレートで大胆な発想と、チャレンジングな遊び心、そして実力に裏打ちされた丁寧で質の高いビジュアル表現が、Estudio Mabaの際立っている点です。
パッケージデザインをとおしてクライアントのブランド価値を高めるEstudio Mabaが、どのようにアイデアを具現化しているのかを、いくつかの魅力的なサンプルで見てみましょう。※記事掲載はデザイナーの承諾を得ています。(Thank you, Estudio Maba!)
中世のロマンと豊かな装飾をまとうワインボトルデザイン
この「Codice」(コディセ)という名前のワインは、ギフト用としてラッピングされたかのようにボトル全体が包装紙につつまれています。博物館に展示されている中世の書物のページのようなグラフィックです。ぶどうを収穫している様子や、ワイン樽の輸送などが描かれています。
オレンジかリンゴの実をとろうとしているのはオオカミでしょうか。そういえばイソップ物語にキツネとぶどうの話がありました。
ラッピングの下部にはブラックレター(blackletter)またはゴシック(gothic)と呼ばれる中世の書体をベースにしたフォントで、古い本からの抜粋が記されています。本といっても、グーテンベルクが印刷機を発明する以前は、原本を人の手で書き写していました。
書き写した本を「写本」といいますが、英語やスペイン語では「codice」といいます。つまり、このワインのブランド名「Codice」に着想を得たデザインがこの外側の包装なのです。
ヴィンテージ感あふれるラッピングをあけると、アルファベットが整然とならぶラベルが顔を出します。とても凝ったエンボス加工が施されていて、ラッピングとは対照的にモダンで洗練されたデザインです。ゴールドで箔押しされたブランド名「Codice」が中央に輝いています。
シンプル&ストレート、そしてエレガントな演出のボトルデザイン
映画俳優、ミュージシャン、サッカー選手、レーサーなどが自分のワイナリーを持っていることはめずらしくありません。特に欧米では成功の証として自分の名前を冠したワインが造られることが多いようです。最近では日本の起業家などにも国内だけでなく、海外でワイナリーを所有している人もいます。
この「Elika」という限定版ワインシリーズのボトルはとても印象的です。レトロなプロペラのデザインが施されているのです。
4種類のワインから構成されたシリーズですが、このレトロな金属製のプロペラのカラーリングとラベル、キャップシールの色を種類ごとに統一し、スポーティーな印象をかもし出しています。
また、ラベルが斜めに貼ってあるのも面白いですね。
一風変わったデザインは、ワイナリーのオーナーが以前ヘリコプターのパイロットだったことに由来しています。このコレクション用の特製展示台も作られました。ワインボトルを3本取り付けると、今度はボトルがプロペラ状にディスプレイできるというものです。
オーナーが元パイロットだからプロペラのミニチュアをボトルに貼り付ける、というアイデアはシンプル過ぎて驚きますが、仕上がったパッケージデザインはプレミアム感のある上質なものです。
ところで、このパッケージに使われているプロペラはヘリコプターではなく、おそらくプロペラ機の羽根でしょう。デザイン的な観点からの判断だということは推察できますが、このアイデアをオーナーはすんなり受け入れたのか、スタジオはどのようにプレゼンしたのか少し興味をひかれます。
実話を「物語」に膨らませたスチームパンクなラベルデザイン
スペインのワイナリー「Casa Rojo」(カサ・ロホ)の「The Wine Gurus」というコレクションのひとつ「Alexander vs The Ham Factory」というワインがあります。コレクション名を訳せば、「ワイン名人」とか「ワインの達人」といった感じでしょうか。そしてワインの名前も、「アレクサンダー vs ハム工場」といつか観た映画のタイトルのようなユニークなものです。
若い醸造家やソムリエが2009年にCasa Rojoというプロジェクトを立ち上げました。このときCasa Rojoはぶどう畑も醸造所も持っていませんでした。スペイン各地にある「優れた生産地と土着品種で偉大な単一品種のワインを造る」ことを目指し、ぶどう品種それぞれのポテンシャルを最大限に引き出す醸造方法を追求していました。
この意欲的なエキスパート集団が「Alexander vs The Ham Factory」のパッケージデザインをEstudio Mabaに依頼してきました。このワインのエピソードを聞いたスタジオは、その実話をもとにアイデアをふくらませました。
そのエピソードというのは、当初4つの醸造所が協力してワイン造りを進めていたけれども途中でそのひとつが離脱したということ。そして、ワイン造りに使われている場所が以前は屠殺場であったということ。ここから、脚の1本がメカニカルで、ゴーグルがおしゃれなブタ君が生まれました。「アレクサンダー vs ハム工場」という名前もこのアイデアによって付けられました。
イラストの描写は質の高いもので、箔押しによるメカニカルな脚の表現、タイプライター風のブランド名など、アイデアの視覚化もしっかりと練られています。SFの1ジャンル「スチームパンク」風のデザインをあしらったこのワインのパッケージデザインで、2015年にEstudio Mabaは初めて金賞を受賞。「Alexander vs The Ham Factory」はスタジオの記念碑的プロジェクトとなりました。
1日だけのアートフェスティバルのイベント・アイデンティティデザイン
2018年の国際博物館の日(毎年5月18日)にムルシア州のブランカ(Blanca)という町で1日だけの野外アートフェスティバル「All Day Art」が開催されました。路上ダンス、寸劇、グラフィティコンテスト、アートの迷路、星空の下での音楽会などが、24時間だけおこなわれるというものでした。
イベント・アイデンティティを依頼されたEstudio Mabaは、目の玉と時計の組み合わせというアイデアを考え出しました。1日中あちらこちらでアートやパフォーマンスを鑑賞して、真っ赤に充血した目。そして、限られた時間を時計で象徴し、それを黒い瞳として赤い目と組み合わせました。
プロモーションツールは、疲れた目を癒す目薬をモチーフに制作されています。赤い目のシンボルはイベントがおこなわれるスポットを知らせるサイネージシステムとしての重要な役割も果たしました。
アイデアのタネを実らせるのにもアイデアが必要
さまざまな仕事をしていると、たまに「筋がいい」と強く感じるアイデアが生まれることがあります。そういうときにはアイデアが次のアイデアを呼び、勝手に転がっていって、一貫性と広がりの両方をもつ良いプロジェクトに成長します。アートイベント「All Day Art」からは、それを感じます。
こういう「筋の良い」アイデアには、それほど頻繁に出会うわけではありません。しかし、幸運に恵まれない場合でもEstudio Mabaは、アイデアの核を確実に転がして、ふくらませる術を知っているのではないでしょうか。
ややもすると、シンプル過ぎる、ダイレクト過ぎる、大胆過ぎる、といったネガティブな反応を受けそうなアイデアでも、Estudio Mabaは簡単にあきらめずに、実現する方法をねばり強く探っているように思います。そして表現においてもさまざまにアイデアを凝らし、繊細なタッチで丁寧に具現化しています。アイデアの展開の仕方とその視覚化に特別なものが見られます。
良い詩とメロディを生むだけでなく、それをふくらませるアレンジ、心に響く高いレベルの演奏、さらに会場を別の空間に変えるステージング。これらすべてがそろった実力派ミュージシャンを思い浮かべました。
design : Estudio Maba (Spain)
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