フランスのブルターニュ出身のグラフィックデザイナー兼イラストレーターClémence Gouy氏は、作品を通してインクルーシブな社会の促進に貢献しています。
Gouy氏は、自身のことをノマド的クリエイターと呼んでいます。フランスと英国で学び、フランス、カナダ、米国、オランダを制作の拠点としてきました。
女性のエンパワーメントをテーマとしたイラストレーションで注目を浴びるようになったGouy氏の作品は、サイケデリックでレトロなタッチで、力強いメッセージを届けます。
また、グラフィックデザイナーとしても、世界的ブランドを含む様々なクライアントに、ビジュアルアイデンティティやパッケージデザインなど幅広い分野でサービスを提供しています。※記事掲載はデザイナーの承諾を得ています。( Thank you, Clémence Gouy! )
「餅アイス」のシンプルでダイナミックなブランディングデザイン例
餅アイスは、求肥(ぎゅうひ)でアイスを包んだスイーツです。日本では、1981年に発売されたロッテ社の「雪見だいふく」が代表的な商品のひとつでしょう。
欧米でも、ここ数年「餅(もち)アイス」の人気が高まり、各国で製造販売されています。グルテンフリーのヘルシーなスイーツとして受け入れられているようです。
海外で製造されている餅アイスは、「雪見だいふく」よりも小ぶりのひと口サイズで、キャラメル、マンゴー、ココナッツ、抹茶などいろいろなフレーバーがあります。店頭で展示されているカラフルな商品を見ると、さながらアイス版マカロンのようです。
レトロフューチャーな極太のロゴタイプ
フランスでも2010年代からさまざまなブランドから餅アイスが発売されてきました。ブルターニュ地方の食品メーカーTilizも、レストランや小売店向けに餅アイスを提供しています。同社が消費者向けに始めた餅アイス専門ブランドが「Le Mochi Glacé」です。
ブランディングを手がけたGouy氏は、ダイナミックで若々しいデザインシステムを作り出しました。
ロゴタイプには、レトロフューチャーな風合いの、黒々としたサンセリフ書体を採用。この書体「Piepie」は、恒川龍一(つねかわりょういち)氏のデザインです。
ポップでカラフルなパッケージデザイン
Le Mochi Glacéは、さまざまなフレーバーの餅アイスを販売しています。チョコレート、マンゴー、バニラ、ゆず、キャラメル、ピスタチオなど。それに応じて、カラーパレットもとてもカラフルなものとなっています。
ミニマルなアプローチでデザインしたパッケージもひと味ちがいます。ブランド名と商品写真、商品説明を記載した白い矩形スペースの背景には、ロゴタイプと同じ書体でフレーバーの名前をリピートして敷き詰めています。ポップで楽しく、インパクトの強いデザインです。
ミクストメディア制作会社のアイデンティティ制作例
スペイン、バルセロナのミクストメディア制作会社「Brut」は、欧米各国で活動するメンバーを抱えた、国際的な制作集団です。
すぐれたアニメーターやデザイナーで構成されている同社は、サムスン社やユニリーバ社などの世界的ブランドにプロモーション動画を提供。スタジオBrutの制作例には、米国のロックバンド、グー・グー・ドールズが2023年にリリースした新曲のオフィシャルビデオも含まれています。
アニメーションを見事に象徴した「U」
Brut社のブランドアイデンティティのリニューアルを依頼されたGouy氏は、シンプルかつインパクトのあるロゴタイプをデザインして、Brut社の特徴を見事に凝縮しました。
ヘルベチカを思わせる書体で組んだロゴタイプはニュートラルな印象ですが、このブランド名の「U」がイラストと置き換えられています。このバルーンアートのようなイラストは、いかにもアニメーション的です。
「アニメーション」という言葉は、「魂」「息」「生命」などを意味するラテン語がもとになっています。生命のないものに生命を吹き込む、という意味の「アニメート(animate)」という英語の動詞は、そのラテン語が語源です。そこから次第に動画をアニメーションと呼ぶようになりました。
Gouy氏のロゴタイプでは、サンセリフ書体の文字とイラストとのコントラストによって、大文字「U」が動きを感じさせてくれます。まさしくアニメーションを体現しています。
命を持ったマスコット「ブルータス」
この「U」のイラストには、閉じた目が添えられ、「ブルータス(Brutus)」 という名前が与えられました。
マスコットのブルータス君は、シンボルマークとしてビジネスカードに印刷されたり、ステッカー状にアレンジされたりします。
このブルータス君は、大文字「U」が命を吹き込まれた形状ではありますが、大道芸人がさまざまな形に加工する前のバルーンのようにも見えます。
命を吹き込まれアニメートするロゴタイプ
Brutの公式サイトを見ると、サンセリフ書体だけで提示されているロゴタイプの文字が、それぞれふくらんで、バルーンのような形に変容します。無機質な文字に「命が吹き込まれ」て、アニメーションとして動き出すのです。
Gouy氏のポートフォリオで紹介されているロゴのアニメーションはフリーランスアニメーターMelissa Farina氏、ステッカーアニメーションはモーションデザイナーAB Babaei氏によるものです。
女性向け育成プログラムのフェスティバル用ビジュアル
フランス南西部のトゥールーズにあるコンサートホール「Le Metronum」は、女性ミュージシャン向けの人材育成プログラム「Women Metronum Academy」を提供しています。
女性アーチストがキャリアをスタートするチャンスや、フェスティバルに参加する機会が、男性アーチストよりも少ないという現状を変えることが目的です。毎年秋にはフェスティバルを開催して、6ヶ月間のプログラムの集大成を祝います。
ヒンズー教の女神にインスパイアされたアイデンティティ制作
フェスティバルが初めて開催された2021年には、Gouy氏がビジュアルアイデンティティを依頼されました。
レトロモダンなテイストのキービジュアルの中心には、エレキベースを弾く女性が描かれています。6本の手と3つの顔を持っている姿からは、阿修羅(あしゅら)像を思い起こします。手にあるのは、ボーカルマイク、ドラムのスティック、鍵盤、ペン。
Gouy氏は、このイラストは、女神サラワスティにインスピレーションを得て自由に発想したと言っています。サラワスティは、学問、音楽、芸術の知恵を授けるヒンズー教の女神です。
背景のスモークのようなカラフルな波は、音楽の普及や、声と経験の増幅、メンターから受講生への知識の伝達などを象徴しています。
見上げるような視線には、プログラムを通して成長した受講生を讃える気持ちが込められているのでしょう。
壁画やシルクスクリーンへの展開
フェスティバルの期間中にGouy氏は、ポスターと同じビジュアルをDJブースの壁画としてライブペインティングしました。
また、一般の来場者向けに、シルクスクリーン印刷のワークショップも開かれました。参加者は、Gouy氏のキービジュアルを、ポストカードやトートバッグ、衣服に、自分の好きな色で印刷して楽しみました。
女性の多様性を描いてオーディエンスにパワーを届けるイラスト
Gouy氏の制作活動を語るうえで、イラスト作品は外せません。
主に女性を題材にして描かれているGouy氏のイラストは、色使いとフラットな面が特徴的です。赤、パープル、ピンクを多様した、大胆な構図は、レトロであると当時に、現代的で独特のエネルギーに満ちています。
また、髪や肌には、特定の人種に限定されない彩色が施されています。体つきは、20世紀のファッションモデルやイラストにあふれていたようなステレオタイプとは異なり、むしろリアルです。
40年代、50年代のピンナップにインスパイアされたタッチ
あるインタビューで、Gouy氏のスタイルのルーツが語られています。
「私は1940年代と1950年代のアート、特にピンナップに大きなインスピレーションを受ける時期を経験しました」
「I❤︎NY」のロゴ生み出したことでも有名なミルトン・グレイザーのサイケデリックな表現にもインスパイアされたそうです。
しかし、ピンナップを参考にイラストレーションの練習を続けているうちに、同一のタイプの装飾的で美しい女性ばかりを描いていることに気づきました。そして、学生時代には、広告業界やグラフィックデザイン業界の表現方法にも疑問を持ったといいます。
「自分たちが作り出すイメージはひとびとに影響を及ぼします。ですから、どのようなイメージを描くかについて考える責任があります」
Gouy氏は、より多様な身体を探求し、ひとびとに力を与えるために描き始めます。
「私のイメージを使えば、共有したい言葉に顔やキャラクターをつけることができると、ひとびとに感じてほしかったのです」
フェミニストとしての強いメッセージ
Gouy氏のポートフォリオで紹介されている2017年から2018年のイラスト作品には、女性を鼓舞するメッセージがテキストでダイレクトに描き込まれているものもあります。たとえば、次のようなメッセージです。
「沈黙を破ろう」
「家父長制との戦いは体力を消耗するため、女性は男性よりも多くの睡眠を必要とする」
2020年のイラスト作品集では、女性の描かれ方が少し変化しました。フラットな面と繊細なラインで表現されていますが、身体への意識がより強くなり、リアルで堂々としたシルエットになっています。
Gouy氏がナイキのスポーツブラのキャンペーンのために提供したイラストを見ると、描かれている女性は自信に満ちていて、リラックスしたよい表情をしています。
ますます深まる独自の表現スタイル
2021年のポートフォリオでは、エアブラシを使ったかのようなタッチが多く見られます。細かい粒子の質感が表現され、20世紀初頭のリトグラフのポスターのような風合いです。
50年代、60年代のサイケデリックなテイストと、Gouy氏の神話やアジアの秘教などへの関心などが溶け合い、独特の世界が広がります。
design : Clémence Gouy (Amsterdam, Netherlands)
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