みなさんは『アラブ・イスラムのデザイン』というと、どのようなイメージをお持ちでしょうか。
砂漠の茶褐色に爽やかな青色が映える荘厳なモスク建築の内・外観や、イスラム文化圏には欠かせない幾何学模様の色彩豊かなタイル、または、コーランを記すアラビア文字の作り出す文字文様などを思い浮かべる方も多くいらっしゃるのではないかと思います。私たち日本人にとってどこか異国情緒の漂うイスラム文化圏の伝統的なデザインは、長い歴史をかけて作り上げられ、継承・発展を続けながら独自のスタイルを築いてきました。
グラフィックデザインの観点からアラブのデザインの特徴を見てみると、『数学的な完璧な美しさを表現する幾何学模様』と『神秘的な世界を暗示する文字文様』の二点があげられます。
イスラムの美術の源となっている考え方に「数学的に計算された美」があります。この考えから生み出されるのが、様々な形を複雑に組み合わせながら一定のパターンを成し、まるで無限に続くかのように反復する『数学的な幾何学模様』。また、モスクの内や外に預言者の言葉をアラビア文字で描き装飾された書が、別名アラビック・カリグラフィー(アラビア書道)と呼ばれる『文字文様』。
アラブ特有のこの二つの特質は、イスラム圏のグラフィックデザインを物語るのには欠かせない要素です。今日は、この二つの特質、『数学的な幾何学模様』と『文字文様』をベースに、現代的なセンスをプラスしたロゴデザインを作り出しているデザイン事務所の事例をご紹介します。バーレーン王国の首都マナーマにあるクリエイティブ・エージェンシー eje Studio®のロゴを見ながら、アラブのグラフィックデザインについて考えて見ましょう。※記事掲載はデザイナーの許諾を得ています。(Thank you, eje Studio®! )
チョコレート専門店の優雅なロゴデザイン
eje Studio®はEbrahim Jaffar氏によって設立。サービスの基本を、創造的かつ独創的なコンセプトを創造することに焦点をあて、多方面に渡りより優れたデザイン制作を目指して活動をしているクリエイティブ・エージェンシーです。ロゴデザインやブランディングデザインなどの制作を手がけるかたわら、アラビック・カリグラフィーに焦点をあてながら、新しいブランドを創造するワークショップを定期的に開催したりしています。アラブ国内の人々だけではなく、非アラブ圏の人にもアラブの文化をベースにしたグラフィック活動の理解・推進を促しています。
『L’Arabia』は、チョコレートをこよなく愛する人たちとチョコレートを大事な人への最適な贈り物と考える人たちのためのチョコレートの専門店です。
アラブ地域とその湾岸諸国は、世界でも名高い高級チョコレートの消費国で、チョコレート産業の成長率が著しい土地柄でも有名です。チョコレートは年齢に関係なく誰にでも受け入れられるスイーツで、チョコレートの贈り物は、愛情・情熱・気遣い・友情のシンボルであり、この産業の成長と人気を担っている要因です。
eje Studio®は、L’Arabiaのブランド価値を構築するための手段として、溶融したチョコレートの形からインスピレーションを受け、モダンでユニークなアラビック・カリグラフィーを作成、新しいブランドロゴを設定しました。
カリグラフィーとはギリシャ語が元で、『καλλιγραφία=καλλι(美しい)γραφια(書体)』が語源となっています。いわゆる文字を美しく見せる書法という意味で、日本の書道とも共通する部分もありますが、毛筆ではなくペンを用いて筆記することが原則です。
先に述べましたように、コーランの一部をこのカリグラフィーを用いてモスク建築に配されたり、数多くのタペストリーの中に見られたり、アラブ諸国ではこのアラビック・カリグラフィーはとても一般的です。
アラビック・カリグラフィーには主に8つの書体があり、それぞれの文字の形は厳格なルールで決められているそうです。文字のいろいろな部分の比率が黄金分割になっていることも特徴の一つです。また、新しく制作されるアラビック・カリグラフィーは、書法を守りつつ、すべての文字の形が自然でありバランスが取れていること、文字そのもののプロポーションの美しさと、文字を配列した際にいかにリズム感を感じさせられるかが鍵となります。
L’Arabiaのロゴデザインでは、溶かした滑らかでシンプルなチョコレートの形と、伝統に基づいたアラビック・カリグラフィーの書法をセンスよく掛け合わせて、繊細でありながら高貴なロゴマークを完成させました。
ロゴをデザインするにあたっての基本的な目的、つまり製品の伝統や信頼性、また高級感を消費者がロゴを通じて感じること促すという意図を十分に果たしている例と言えます。
eje Studio®は、このロゴデザインに加えて、パッケージング、ギフトボックス、バック、チョコレートショップのインテリア等、一貫したブランディングデザインを行なっています。
デジタルデザインエージェンシーのCIブランディング事例
Media Markersはサウジアラビアにある デジタルデザインエージェンシーです。eje Studio®は、Media Markers社のブランド性の強化と企業アイデンティティを築き上げるためのブランディングデザインの依頼を受けました。
この作品群で真っ先に気づかされることは、何と言ってもロゴマークの制作の方法にあります。
このシンボルロゴは数々のエレメントを組み合わせて出来上がっているものですが、各エレメントはMedia Markers社の提供するそれぞれのサービスを意味しているのです。
例えば、最初の『花』はMedia Markers社が制作する美しい作品づくりを意味します。次の『目』は広い視野を持った広範囲な作品づくり。そして、無制限なサービスの提供や『カメラのシャッター』に見立てた形は高品質のデジタル作品の提供を意図という具合です。円が二つの『無限大』の形は、Media Markers社自体が永遠に続いていくことを示し、最後の『クリップ』はMedia Markers社は他との柔軟な連結・コラボレーションをすること表しています。まさしく会社の営業方針の全てを明示したものですね。
これらのエレメントを幾何学的にセンスよく混ぜ合わせて出来上がったのがMedia Markers社のシンボルロゴです。この永続性を感じさせられるロゴは、イスラム美術の『宇宙的な広がり』を暗示してくれるテイストとなっています。
ロゴのカラーリングは、Media Markers社が多様なサービスをすることを反映して、紫色・黄色・オレンジ色を使用したマルチカラーに設定。黄色の持つ太陽のような希望の光や知性を刺激する効果、オレンジ色の陽気で暖かく人間関係を良好に保つ雰囲気に加え、 ベースカラーである紫色が、視覚的なバランスを取りながら全体をノーブルな癒しのテイストに導く役割を果たしています。
各媒体に使用される各種のグラフィック・アイコンは、数学的な曲線の解析を元にして作られました。また、アラビア語と英語の文字フォントは両者が視覚的に上手く並列するように、それぞれ斜角度の調整が施され、一体感のあるものに仕上がっています。
eje Studio®はこのプロジェクトのコンセプトのひとつとして、新しい刊行物や資料、宣伝用の看板等どのような新規の媒体にもフレキシブルに対応でき、Media Markers社の視覚的アイデンティティを充たすことのできるロゴデザインであることを掲げています。
アラビック・カリグラフィーで表現された美しいロゴデザインたち
最後に、eje Studio®が他のグラフィックデザインスタジオと一線を画すプロジェクトであるアラビック・カリグラフィーで作成された様々なロゴマークを見ていきましょう。
アラブの諸国では一般的なアラビック・カリグラフィーは、その起源は約1500年前に遡り、コーランをいかに正しく美しく書くかというところから始まります。イスラム教では偶像崇拝を禁じていることにより人物や動物を描くことができず、その代わり「コーランを書写する」という行為がアラビア語の重要な仕事であったことから、アラビック・カリグラフィーが発展を遂げたと考えられてきました。つまり、神の言葉を美しく書くために、一本一本の線に磨きをかけながら長い時間をかけて作り上げてきた書体です。
画家ピカソはこのアラビック・カリグラフィーについて、「既に芸術の最終目標に達し始めている」との言葉を残しています。西洋美術の追い求めてきた完全なる美を体現しているのがこのアラビック・カリグラフィーと言えるかもしれません。
時代を経ながら多数の書家を輩出してきましたが、1900年代に入りコーランの活字印刷が許可され、更にデジタル化が進むにつれコーランの写本という役割から純粋にアートの分野へ移行していくようになりました。
eje Studio®は、アラビック・カリグラフィーのしきたりや伝統的な要素に現代的なセンスをうまくミックスさせながら、独創的なカリグラフィー・ロゴを制作しています。
それぞれの作品を細かく見ていくと、全ての曲線は幾何学的に計算されて生み出されていること、各線と線の間の余白スペースを精密に検討した上で全体的なプロポーションのバランスを計り、一つの形として視覚的に安定したものに仕上がっていること、またカリグラフィー・ロゴとアルファベット文字フォントの表記の兼ね合いも思慮され一体感の溢れるものに仕上がっていることに気づかされます。
柔らかみのある滑らかで優しい曲線で作られたものは優雅な趣きを漂わせ、品位を感じさせられるロゴデザインです。逆に、シンプルな構成で単一の太さの線で幾何学的に作り上げられたものは、現代的なデザインの流れを汲むポップな様相で信頼性を抱かせるロゴとなっています。
まとめ
アラビック・カリグラフィーは一つ一つの文字を幾何学的に精密に構成しつつ、配列した文字の奏でるリズム感や安定感を大切にして創られています。
世界中どの国、どのゾーンにも、それぞれ独自の歴史、風土、気候、言語文化があります。イスラム文化の持つ特質を根本的に理解し、その固有な特質を積極的に取り入れながら現代の風潮にマッチした作品を作り上げている eje Studio®のプロジェクトに対する姿勢は、”デザインを介して自分たちの文化を世界の人たちに知ってもらおう”という一種のプレゼンテーションでもあります。
これらの制作物は、優秀なデザインの力での地域の文化的資源の開発・発信を可能にした実例ではないでしょうか。
design : eje Studio® ( Bahrain )
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