薄い雲が静かに空を流れ、朝方にはうっすらと冷えた風が頬をかすめるようになってきました。深呼吸すると、ひんやりとした空気がゆっくりと肺へ染み込んでいきます。この瞬間、心の中で「秋だなぁ…」と思わずつぶやくのは、なんとも小さな幸せであり、穏やかな感覚です。四季の移ろいを一瞬で感じ取ることができる、そんな些細な気づきが、日常に彩りを与えてくれます。
デザイン業界における季節感のズレ
デザイン事務所で働くと、自然と「先の季節」を見据えて仕事を進めるようになります。広告やキャンペーン、商品の販促計画など、多くの場合は市場に出回る数ヶ月前からデザインが動き始めます。そのため、実際の季節とは異なる気候や行事のビジュアルを真夏に検討したり、年末前にはすでに来春・来夏の企画に向けて頭を悩ませたりすることが日常茶飯事です。
たとえば、まだ暑さが残る初秋に、雪化粧した街並みを背景にした冬キャンペーンの広告デザインを考えることもあれば、桜が散り始めた頃には、すでに真夏のビーチが舞台のイメージづくりを行っていたりします。その結果、「今、外で感じる空気」と「制作デスクで考えるコンセプト」の間に、ある種の季節的なギャップが生まれるのです。
このギャップは時に、不思議な感覚をもたらします。外は秋の穏やかな陽射し、しかしモニターにはクリスマスのイルミネーションや分厚いコートに身を包んだモデルが映し出されている。頭の中では全力で冬を想像しているにも関わらず、窓際に差し込む光はどう見ても初秋の柔らかさ。季節の流れを2倍速、3倍速で生きているような奇妙な感覚に陥ることもしばしばです。
季節感をデザインに生かす意味
しかし、こうした「先取り」体制は、私たちデザイナーにとって避けられない仕事の性質です。逆に言えば、未来の季節や行事を想像し、それらをデザインに落とし込むことこそが、プロフェッショナルの腕の見せ所ともいえます。デザイナーは、いつだって「これから」を描いているのです。
だからこそ、リアルタイムで感じている「今、この季節」の感覚を見失わないことが重要だと感じています。現実に肌で感じている季節の表情や空気感、その中で生じる心の変化や、街角に漂う香り、小さな植物の変化など、五感を通じて得られる生きた情報は、必ず何かしらの形でデザインに還元できるはずです。
今日感じた秋の涼しさ、澄んだ空気の清々しさは、半年後、あるいは1年後に取り組む春先のデザインコンセプトに さりげなく影響を及ぼすかもしれません。その時、私たちの引き出しの中には「かつて感じた秋のひんやりとした風の記憶」が詰め込まれていて、それが春色のビジュアルや、軽やかなタイポグラフィ、透明感のある配色に繋がる可能性があります。
感受性を磨くために
デザインは単に形や色を生み出す作業ではなく、人々が季節や空間、時間、文化を通じて感じる「何か」を視覚的な言語に翻訳する営みでもあります。そのためには、デザイナー自身が感受性のセンサーを常に研ぎ澄ませておかなければなりません。
忙しい日々の中、実際の季節と向き合う時間は減りがちです。特に都市部では、四季の移ろいはビルの谷間に埋もれ、商業施設内は季節を問わず一定の空調で、自然と触れ合う機会は限られています。しかし、それでも意識して「自然」を感じにいくこと、五感を使って季節を味わうことはできます。
ほんの少し遠回りして公園を抜ける通勤路、小さな旅先で見つけた紅葉の色づき、事務所近くの街路樹に舞う落ち葉の形や音、夕暮れの雲が描くシルエットの面白さ…。そういった何気ない風景や瞬間にこそ、デザイナーにとってのインスピレーションの種が隠れています。
今、ここにある季節を記憶する
「秋だなぁ…」という心の声は、単なる感想ではありません。それは感性に火を灯す合図のようなものかもしれません。今このときに得た季節感は、脳裏の片隅で熟成され、やがて必要なタイミングでひょっこりと顔を出すものです。
秋の静かな景色は、将来冬を描く際の深みを与えたり、春に生み出す穏やかな緑の表現に影響を及ぼしたり、夏の清涼感を表現するコンセプトに繋がったりするでしょう。季節感とは、クリエイティブなスパイスのようなもので、直接的な目標や課題に紐づいていなくても、潜在的な表現力や感覚を豊かにします。
結びに
私たちデザイナーは、未来を先取りする視点を持ちながら、常に「今、この瞬間」の感覚と向き合う必要があります。季節感をしっかりと体に取り込み、心に焼き付けることで、自分たちのクリエイティブな世界はより深く、広がりを持って育っていくのです。
今日感じた「秋だなぁ…」という小さな気づきが、いつかデザインのどこかで花開く――そんな期待を胸に、季節の移ろいを大切に味わっていきたいと思います。
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