先日、京都へ足を運んだ際、なかなか触れる機会のなかった「茶道」のお茶席を体験する機会に恵まれました。緊張と期待が入り混じる不思議な気分の中、一歩ずつその世界へと近づいていくと、私たちが日常の仕事で扱っているデザインとは異なる、静かで奥深い「空間演出」の真髄を見る思いがしました。今回は、その特別な体験を事務所の日記としてシェアし、この経験が私たちの創作活動にどんなインスピレーションを与えてくれたのかを振り返ってみたいと思います。
特別な空間、お茶席への道
茶席へ向かうまでの道のりは、まるで別世界へと続く小径でした。もともと京都という土地柄、路地裏や石畳が連想させる世界観は独特のものがありますが、その日は特に「もうひとつの現実」へと誘われるかのような静謐さが漂っていました。苔むした岩、丁寧に剪定された低木や苔庭、風がそっと揺らす竹垣――それらが巧みに配置され、私たちを茶室へと導いてくれます。
その道は、単なる移動経路ではなく、気持ちのスイッチを切り替えるためのプロローグ。喧騒から離れていく数メートルの間に、自分の中で何かがそっと整っていく感覚がありました。まるでクライアントへの提案書をまとめる前に、頭をクリアにしてコンセプトを再確認する行為のように、このアプローチの道自体が、一種の「デザインされた体験」だったのです。
茶室の入口、躙口(にじりぐち)が象徴するもの
茶室に到着すると、目の前には躙口(にじりぐち)と呼ばれる小さな出入口が現れます。背をかがめ、身体を小さくして通り抜けるこの入り口は、謙虚な気持ちを忘れずにこの空間に入ってほしい、というメッセージが込められていると言われます。日々デザインの仕事をしていると、どうしても「見せる側」「提示する側」としての意識が強くなりがちですが、躙口を通り茶室へ踏み入れるとき、私自身が一人の「受け手」として場に溶け込んでいることを強く感じました。
室内に入ると、柔らかな和紙を通した光が空間を包み、薄暗い静寂が私たちを迎えてくれました。床の間には季節を象徴する掛け軸が飾られ、その下に生けられた花がさりげなく語りかけます。見渡せば、茶道具が一つひとつ吟味された位置に整然と並び、細やかな作法や美意識がここに凝縮されていることが感じ取れます。
道具と空間、そして「心づくし」のデザイン
茶道は、お茶そのものの味わいだけでなく、「どう味わわせるか」「その時・場所をどう生かすか」が大切にされています。設え(しつらえ)や茶道具、それらが融合して生まれる空間全体が、ゲストの感性を刺激し、癒し、そして心の奥底へと働きかける。これは私たちが日頃手がけるデザインワークと通じるところが多いと感じました。
私たちデザイナーが目指すべきは、ただ美しい表面を作ることではありません。商品のロゴ、ウェブサイトのUI、印刷物のレイアウト、店舗のサイン計画――どれも単独で輝くのではなく、空間・場・状況との「対話」によって初めてその本質が見えてくるものです。茶道具一つを取っても、その形状、素材、配置、使われ方、そして茶室全体との関係性によって魅力が増幅されていることに気付きました。
一期一会の特別な時間
お茶席のご主人が語ってくれた印象的な一言があります。
「今日皆さんが歩いてきたお庭は、今日のためだけに朝から数時間かけて整えたお庭です。」
私たちはいつも、目にする風景や空間が「ずっとそこにある」ものだと思い込んでしまいがちです。しかし、茶道の世界では、その日、その時、その人のために特別な設えが用意されます。敷き詰められた苔や置かれた石、そして滴る水音――それらは一期一会の瞬間のために存在する。
この考え方はとても示唆的です。デザインもまた、時代や文化、トレンドに合わせ、常に移ろいゆくもの。クライアントのニーズやユーザーの気持ちに合わせ、その瞬間に最も相応しい表現や空間を提供する必要があります。流行の色やフォントを使うことが目的なのではなく、「このブランド」「このコンセプト」「この時代・この瞬間」にふさわしい表現とは何か、丁寧に考え抜くことがデザインの本質ではないでしょうか。
日常から離れ、心を満たすひととき
京都での茶道体験は、私にとって忘れがたいものとなりました。
日々の仕事では、締め切りや提案、修正依頼、時には理想と現実の狭間で揺れることも少なくありません。けれども、このお茶席体験で感じた「一瞬のために尽くす心配り」は、クリエイティブワークにも応用できる貴重な学びでした。
茶室の静寂の中で、お茶をいただくときに感じた穏やかさや、心の内側が整っていく感覚は、日常生活の騒がしさとは全く別種の豊かさです。まさに「空間デザイン」と「心のデザイン」が交錯する瞬間。そこには、使い捨てではない、永続的な価値観が息づいています。
もし機会があれば、ぜひ皆さんもお茶席に参加してみてください。自分自身を一歩引いて見つめること、周囲にある美や心遣いを五感で受け止めること、そしてその時生まれる静かなインスピレーション。きっと、日常の中では得難い特別な時間を体験できるはずです。
この貴重な気づきを、これからのデザインワークにどう活かしていくか。私たちの事務所でも、ビジュアル構成、ブランド体験を考える上で、今回のお茶席で感じた「心を満たすデザイン」を一つの指針として意識していこうと思います。忙しさの中でも、静寂を育み、心を整える時間を持つこと。それは、より深みのあるクリエイションへの第一歩なのかもしれません。
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