マレーシアの首都Jay Lim氏とVivian Toh氏が2008年に創立したクリエイティブスタジオTsubakiは、マレーシアのデザイン界のリーダー的存在です。マレーシア国内にとどまらず、アジアの各国でさまざまなクライアントに、ブランディングを中心としたサービスを提供しています。デザイン関連の受賞も数多く、若手デザイナーの育成にも尽力しています。スタジオ名のTsubaki(ツバキ)は日本語の「椿」からとられました。
マレーシアは日本とのつながりの強い国です。日系企業の現地法人が数多くあります。2019年のマレーシア在住日本人は約2万6千人。また、訪日マレーシア人も年々増加していて、2019年には過去最高となる約50万人でした。新型コロナ禍がおさまったあとも、この傾向は変わらないと予測されます。
クリエイティブスタジオTsubakiの活動を通してマレーシアのデザインの現状に触れてみましょう。※記事掲載はデザイナーの承諾を得ています。(Thank you, Tsubaki!)
日本語を製品名にしたサプリメントのブランディング・デザイン
マレーシアの健康サプリメントブランド「Zutto(ズット)」のブランディングをTsubakiは手がけました。ブランド名は、長く続く期間を意味する日本語の「ずっと」からとられたものです。
ブランドZuttoのワードロゴは、セリフ系の書体で組まれています。ふたつ続く大文字Tはリガチャー(合字)にしてあるため、バーが一体化しています。スタジオTsubakiの説明によると、つながったTは「橋」を表現していて、健康という目標へ導くという意味が込められてるそうです。
日本のカルチャーにインスパイアされたパッケージデザイン
現在、Zuttoには2種類の製品がラインナップされています。各種穀物を原料にした粉末タイプのサプリ飲料「Ikigai(イキガイ)」と各種ベリーから作られたゼリータイプの「Kaizen(カイゼン)」です。日本語の「生きがい」「改善」からネーミングされました。いずれもデトックス効果や美容効果をうたっています。
パッケージデザインには、人物と原料がイラストであしらわれています。繊細な細いラインとベタ塗りによるさわやかなタッチは、80年代の日本の大きなトレンドを思い起こさせます。老若男女を選ばないパステルトーンと、元気で明るい印象を与えるイエローのチョイスは、健康用サプリメントのパッケージとして合理的と言えるでしょう。
イラストは比較的細かくエンボス加工されています。パッケージを実際に手に取ると、イラストや色合いから受けるライトな印象とは別に、高級感と品質がユーザーに伝わるのではないでしょうか。また、小さく日本語で入れられた「長生きの秘訣」という文字も、プレミアム感を醸し出すのに貢献していると考えられます。
「Ikigai」と「Kaizen」の詰め合わせセットのパッケージには、ワードロゴと組み合わせて「こんにちは、Zuttoです!」のメッセージが印刷されています。それ以外の要素はとくにないため、そっけない外観ですが、フタをあけると原材料のイラストが描かれていて、ちょっとしたサプライズになっています。個装パッケージも細部まで一貫したデザインがおこなわれている、丁寧なブランディングです。
レトロモダンな高級美容飲料のブランディング・デザイン
中華圏の三大珍味のひとつであるツバメの巣は、美容と健康に効果があるとして、加工製品も多く作られています。マレーシアで2007年から販売されているCece Bird’s Nest Beverage(Ceceの鳥の巣飲料)は、都市部の女性をターゲットにしています。成分の大部分が巣を固めるためのツバメの唾液で、蜂の巣からとれるローヤルゼリーをイメージするほうが近いかもしれません。
このCeceのロゴマークで目を引くのは、女性のイラストです。均一のラインで幾何学的なニュアンスをまとって描かれています。どことなくアール・デコの雰囲気もあり、昭和時代の日本のブランドのようでもあり、いわゆるレトロ・モダンな仕上がりです。太さの異なるフレームやセリフ系書体との組み合わせから、エレガントでオーセンティックな印象を受けます。
製品パッケージに加えて、ラッピングペーパー用にウエストショットの女性イラストが4パターンあります。また、タンポポの綿毛や花びらに見える紋のようなエレメントも作られています。これらをみると、レトロモダンなトーンがさらに強まります。
ドライフルーツのビビッドなパッケージデザイン作成例
ドライフルーツを主力商品とした台湾のスイーツブランド「陽光菓菓(SunnyGoGo)」の新製品「A Dream Life」のパッケージデザインをTsubakiが手がけました。
洋の東西を問わずドライフルーツの歴史は古く、製造販売している企業は現在でも数多くあります。そのため、各ブランドは厳しい競争を強いられていて、台湾でも事情は同じです。
とはいうものの、市場に出回っているドライフルーツのパッケージは、原材料のフルーツの写真をあしらうなど保守的なものがほとんど。そこで、陽光菓菓(SunnyGoGo)は、新しい製品をブランディングするにあたって、型にとらわれない明るいパッケージデザインを求めました。依頼時に強く要望されたのは、競合他社の製品よりもどれだけ目立つかということです。
依頼を受けたTsubakiスタジオは、アバンギャルドなルックをデザインコンセプトとして選択します。イエローと蛍光ピンクというインパクトの強い組み合わせは、競合他社とならべられれば、いやがうえにも消費者の目に飛び込んでくるでしょう。
ピンクのパッケージには、Pure(純粋)、Wish(願い)、Real(本物)、Delight(喜び)という言葉がおどり、中央には太陽が輝いています。新型コロナへの素晴らしい対応で世界の注目を集めた台湾ですが、世界的なパンデミックはまだまだ収束を見せません。この明るいパッケージデザインには、前向きに夢を追い続けて欲しい、という新型コロナ禍で苦しむ人々に送るエールでもあるのです。
マレーシア初のグラフィックデザイン誌
スタジオTsubakiは、2009年にマレーシアで最初のグラフィックマガジンとなる『Cutout』誌を創刊しました。グラフィックデザインの可能性を追求しながら、マレーシアのポップカルチャーを紹介する内容です。見開きごとにさまざまなクリエイティブの実例を楽しむことができます。
エンボス、箔押し、カットアウトなど加工もふんだんに活用された贅沢な作りです。マレーシアのデザインシーンの発展に大きく貢献しています。
親日的な多民族・多文化の国マレーシア
マレーシアは日本企業が早い時期から進出し、日系現地法人も多く存在しています。国民も親日的で、日本のカルチャーに親しみをおぼえているといいます。1980年代には、欧米ではなく、短期間に成長した日本や韓国を手本に経済発展を目指す「ルック・イースト政策」がおこなわれました。スタジオTsubakiの制作事例に、日本語や日本にインスパイアされたものが多く見られるのは、そういった背景もあるのかもしれません。
また、マレーシアは多民族国家です。マレー系、中国系、インド系をはじめ、さまざまな民族が暮らしています。それにともない宗教も多様で、国教はイスラム教ですが、ヒンドゥー教、仏教などほかの宗教の信仰も認められています。先住民や少数民族も多数です。公用語はマレー語ですが、英国植民地の時代もあったため、英語も多く使われます。このような国の構成によって、マレーシア人は異なる民族や宗教の間でおたがいに尊重し合うカルチャーを持っています。
Tsubakiのクライアントも多様で、手がけた作品からは豊かな広がりを感じます。同スタジオのブランディング例を見ると、英語に加えて日本語の文字も使われていますが、中国語がメインのケースもあります。デザインのトーンや方向性もさまざまです。英語のロゴでも漢字のロゴでもクオリティが高く、自在なクリエイティビティが発揮されているのは驚きです。マレーシアの特別な環境だからこそそなわった、Tsubakiの懐の深さを感じます。
design : Tsubaki (Kuala Lumpur, Malaysia)
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