第45代アメリカ合衆国大統領選挙に、共和党のドナルド・トランプ氏が勝利を収めたのはここ最近の一大のニュースでしたね。この予想を反した結果に、アメリカ合衆国内はもちろん、世界各国でも右往左往の大騒ぎが未だ続いています。
日本の首相が、ほとんど国民の関係ないところで選ばれるのと違い、アメリカ大統領は、形は間接投票ですが、『国民が選ぶ』ということが大きなポイントです。アメリカの議会は、民主党と共和党の二大政党があり、大統領もここ100年どちらかの政党から選ばれてきました。
予備選挙を経て、民主党公認の大統領候補にはヒラリー・クリントン氏、共和党公認にはドナルド・トランプ氏が任命されたのは今年の7月。その後、11月8日の本選挙に至るまで、民主党対共和党の一騎討ちの選挙戦が繰り広げられました。
アメリカ大統領選挙戦の大きな特徴は、掲げるマニフェストの信憑性や理想とする政策と同様に、各党や各候補者のもつブランドイメージをいかに国民に共鳴してもらえるか、という点に重きを置いているという点です。
今や、民主党のシンボルカラーが青色、共和党は赤色、というのは周知のことですが、もともとは選挙速報を伝えていたテレビのニュースキャスターが共和党に赤色を塗り、一方で民主党には青色を塗ってから、それが両党のイメージカラーで使われるようになったそうです。
青色がもたらすイメージとしては『誠実』『さわやか』『信頼』
逆に、赤色のイメージは、『力強さ』『前進』『勝負』があげられます。
過去のアメリカ大統領選挙戦では、この色の持つイメージを上手く利用して繰り広げられてきました。
各候補者のキャンペーン・ロゴも国民へのアピール手段として重要なエレメントです。アメリカ合衆国国旗のキーカラーである、赤、ブルー、白を基調とするものが多く、保守的なものから大衆的なもの、候補者の主義や主張、アイデンティティを表したもの、と様々です。ここで、今選挙戦の最終指名候補者、民主党代表ヒラリー・クリントン氏のロゴと大統領に選ばれた共和党代表のドナルド・トランプ氏のロゴを、グラフィックの視点から考察してみましょう。
ヒラリー・クリントン氏のロゴ
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ブルーの大きな『H』字にミックスされた右方向に向けられた力強い矢印、がヒラリー・クリントンのロゴデザインです。夫の元大統領ビル・クリントンのイメージを切り離すために、苗字ではなく名前の頭文字『H』を採用したのではないか、と考えられます。
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実にシンプルかつフラットなデザインです。従来の大統領選挙キャンペーン・ロゴの慣例から逸脱した大胆な印象を受けます。使用フォントはSharp Sans。このフォントは雑誌「Avant Grande」のタイトルロゴから発想されてできたSharp San Display No.1フォントを発展させた、このキャンペーン・ロゴのためのオリジナルなサンセリフ・フォントです。
一般的にサンセリフ・フォントには、『堅実』『しっかりした』『真面目』、というキーワードが頭に浮かびます。このSharp Sansフォントは、Sharp San Display No.1フォントに丸みを与え、また各文字の幅を絶妙に調整することで各文字等幅に作成されました。結果、この文字を組んでつくられた一文を見ると、非常に安定感のある構成となります。上記のサンセリフ・フォントの一般的なキーワードに加え、『洗練』『暖かみ』『バランス』、というイメージをプラスしたのが、このSharp Sansフォントです。
矢印というのも大変興味深いエレメントです。ヒラリー氏の矢印にはどのような意味合いが託されたのでしょうか。
今や当たり前のように日常生活で使っている矢印ですが、そもそもの『矢』を表すのではなく『方向を示す記号』としての矢印の登場は、17世紀以降ヨーロッパで始まったといわれています。時を経て昨今では、矢印を使うことで、方向を指し示すだけではなく、その向きによって、人の行動や感情も表現できるようにもなりました。前進(右向き)、後退(左向き)、 成功(上向き)、落胆(下向き)等、矢印はとても便利な表現アイテムでもあります。
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ロゴに矢印を使った例は多数あります。最も有名なのはFedExのロゴではないでしょうか。矢印のもつ、『スピード』『正確』、というイメージは、配達サービスを表すのにはまさに最適なアイテムです。正確さや動きを与える矢印は、時計(TAG HEUER)やスポーツ(SPEEDO)ブランドのロゴにも多数使われています。
ヒラリー氏のこの右向き矢印のロゴは、本来赤色の持つイメージ『前進』をより加速し、『勝利』を導く進歩的でモダンな声明のように思われるのです。
ドナルド・トランプ氏のロゴ
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ドナルド・トランプ氏のロゴデザインはヒラリー・クリントン氏のものに比べて非常にオーソドックスなものです。青色をバックに、赤い星と線の縁取り、文字が白ぬきされた、シンプルな動きのないデザインです。赤色と青色は、上記のヒラリー氏のロゴやこの大統領選挙のほとんどの候補者が示すように、非常に基本的な選択です。
二種類のフォント(Akzidenz GroteskとFF Meta)が使用されています。Akzidenz Groteskフォントは、サンセリフ・フォントの中でも最初期のグロテスク体の歴史のあるフォントで、「Akzidenz」とは、装飾を目的とした書体とは対照的な、宣伝用資料や広告など商業用の貿易書体、という意味です。19世紀に誕生し、力強いフォルムが特徴です。
一方FF Metaフォントは、1980年代に西ドイツ郵便局の依頼により作成されたフォント。切手などの限られたスペースでも読みやすいように考慮されたものです。
Akzidenz GroteskフォントとFF Metaフォントという、どちらも実務的で説得力のある書体の使用は、シンプルな主張を好む有権者層にシンプルな結論を届ける、というトランプ氏の意図を反映させているようにも思えます。
グラフィックの視点から見ると、少々インパクトに欠けるロゴですが、『不動』『伝統的』『回帰』、というイメージが浮かびます。
まとめ
いかがでしたでしょうか。はじめにも書きましたが、第45代アメリカ合衆国の大統領にはドナルド・トランプ氏に決定。これからの彼の政策、一挙一動は、アメリカ合衆国国民はもちろんのこと、世界各国からも大きな注目を浴び続けることでしょう。トランプ氏の今回の選挙戦の勝利の理由はいろいろと推測されていますが、一番信憑性がある理由は、アメリカ合衆国のここ最近の下降状態が引き金となった、ということです。
アメリカ社会は自らのアイデンティティに自信を失いつつあり、経済的にも中間層が消え格差が拡大するという状況のなか、トランプ氏が『アメリカの国益第一』、『再びアメリカを偉大な国にする』という主張を掲げて登場しました。
結果論になってしまいますが、トランプ氏のロゴが醸し出す『伝統』、『回帰』のイメージは、多くのアメリカ合衆国国民の『昔のような、強い、裕福なアメリカに戻りたい』という願いと一致したのではないでしょうか。
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