2026年にイタリアのミラノとコルティナ・ダンペッツォとの共催でおこなわれる冬季オリンピックのエンブレムが決まったことを、ミラノ/コルティナ2026大会組織委員会が2021年3月30日(現地時間)に発表しました。同委員会は、3月6日に、2つの候補「Futura(フトゥーラ)」と「Dado(ダード)」を公表し、インターネット投票でどちらかに決定するとしていました。
Featuring the numbers two and six in a single trace like ice against a white background, the '#Futura' logo won 75 percent of the vote over a second 'Dado' design, a dice featuring the red and green colours of the Italian flaghttps://t.co/ckgYYY81k5 pic.twitter.com/mcHiBhLtjh
— Firstpost Sports (@FirstpostSports) March 30, 2021
結果、公式エンブレムとして採用されたのが、169カ国から集まった約87万1千票の約75%を獲得した「Futura」でした。一般の人気投票によって大会エンブレムが決定されるのは史上初です。一筆書きの「26」を図案化した冬季五輪2026エンブレムのデザインに込められた意味を見てみましょう。
指で書いた文字の向こうに見える未来
たとえば寒い季節に流されるシチューや薬品の広告動画などで、外気に冷やされえて白く曇った窓ガラスに指で絵や文字を書くシーンが登場します。それと同様に一筆で描かれた「26」が、2026年冬季五輪エンブレムのシンボルマークです。
ミラノ・コルティナ冬季五輪の公式サイトで「Futura」エンブレムの動画とそこに込められたメッセージを見ることができます。イタリア語のfuturaは、「未来」を意味するfuturoの女性形です。動画のナレーションは次のようなことばで始まります。
「サステナビリティとインクルージョンのシンプルな行動(gesture)がわたしたちをすばらしい競技の世界へ連れていってくれます」
ナレーションの「gesture」という言葉は、指でなぞる「ジェスチャー」とも重ねられていると考えられます。白く曇ったガラスをなぞった跡からは外の景色が見えますが、それと同じようにシンボルマークをとおして様々な映像が流れます。ミラノのスフォルツェスコ城、イタリア国旗を掲げるメダリスト、競技中のパラリンピック選手。
曇ったガラスを指でなぞるような、自然で小さな行動で世界を変えることができる、というメッセージがそこには込められています。「Futura」エンブレムの動画は次のように締めくくられます。
「『Futura』。なぜなら、未来(futuro)はわたしたち全員にとっての勝利だからです」
オーロラでパラリンピックを象徴
そして驚くことに、夜空を染めるオーロラが最後に登場します。神秘的なオーロラの映像は2002年にコルティナで撮影されたものです。動画のナレーションでは、このようにオーロラに触れています。
「パラリンピックは、驚くべき物語でもうひとつの素晴らしい感動をもたらします。コルティナの空に時々現れるオーロラのように特別なものです」
オーロラは通常、緯度60度から70度付近のオーロラベルトと呼ばれる領域で見られるのですが、もっと低緯度の地域でもまれに出現することがあるそうです。カメラの性能の向上も貢献しているのでしょう。いずれにしてもイタリア北部でオーロラを見るというのは極めて特別なことです。
ナレーションは「パラリンピック・アスリートのパフォーマンスはすべて、それぞれの唯一無二のパワーを示している例外的なもの」であると続きます。つまり、オーロラが彩る特別な夜空は、パラアスリートひとりひとりのユニークな個性を象徴しているのです。
色違いのオリ・パラ共通エンブレムデザイン
ワンストロークで直線的に描かれた「26」には、未来につながる日々のさりげない行動という意味が込められています。ぎこちなさを感じさせるフォルムは、むしろ窓ガラスをなぞる指の動きを表現するために「ぎこちなさ」が必要だったのかもしれません。力むことのない、さりげないジェスチャーです。
このシンボルマークは、新雪に描かれたスキーのトレースのようにも見えます。当然、冬季オリンピック種目をシンボライズしたものでしょう。英語ではシルバーと表現されているこの白いロゴはオリンピックで使われるシンボルマークです。エンブレムは、シンボルの下に「Milano Cortina 2026」のワードロゴとオリンピックマークがレイアウトされます。全体で、いかにも冬季オリンピックにふさわしいデザインとなっています。
パラリンピックも同じシンボルマークが使われますが、こちらはコルティナの空に浮かんだオーロラの色がつけられます。先に触れたように、パラアスリートたちの紡ぎ出す、個性豊かな物語の象徴です。同じワードロゴの下にパラリンピックマークが置かれています。多様性と力強さを感じさせます。
これまでオリンピックとパラリンピックは別のシンボルマークが使われてきましたが、ダイバーシティ(多様性)とインクルージョン(社会的包摂)の考え方に基づいて、共通化する流れにあります。パリ五輪2024では、シンボルマークとワードロゴが初めて完全共通化されました。異なっているのはオリンピックマークとパラリンピックマークだけです。ミラノ・コルティナ五輪では色は違いますが、共通のシンボルマークを使うという点では同じ流れにあります。
対抗馬だった「Dado」はモーションロゴ
The winning logo for the #MilanCortina2026 Winter Olympics will be announced on Tuesday – are you backing #Dado or #Futura? https://t.co/BbqMQjpYIx @milanocortina26 #WinterOlympics
— insidethegames (@insidethegames) March 29, 2021
もうひとつの候補「Dado」は「Futura」とは対照的なデザインです。イタリア語のdadoはサイコロやダイスを意味する単語で、エンブレム「Dado」も3面で構成された立体になっています。雪の結晶と「2」と「6」が組み合わされたデザインは、サイコロのような立方体ではなく、縦長の直方体です。
紹介動画を見ると「Dado」がモーションロゴであることがわかります。ルービックキューブのように、分割された面が回転しながらさまざまなピクトグラムを表示します。カーリングのストーン、クロスカントリーのスキー板とストック、スケート靴、アイスホッケーのスティックとパックなど、競技種目にちなんだ道具たちです。
「Dado」のプレゼンテーションでは、ゴールに達するには決意と献身が必要であるが、オリンピック・アスリートとパラリンピック・アスリートの勇気からそれを学べるとして、次のようなメッセージを発していました。
「わたしたちは力を合わせればスポーツをとおしてより良き世界を築けます。だれもがプレイして勝利できる世界です。ミラノ・コルティナ2026:ゲームに参加しよう!」
「Dado」のデザインコンセプトは、だれもが参加できるゲームのイメージを借りて、観客としてではなく、物語の主人公となることを呼びかけているのです。ここには「インクルージョン」というオリンピックとパラリンピックの基本的な考え方があります。また、だれもが参加する大会というコンセプトは、史上初のネット投票によるエンブレム決定方法にも込められています。
2028年に開催予定のロサンゼルス夏季オリンピックのエンブレムもすでに公表されています。
Why do logos provoke such heated debate? https://t.co/hO7x1ojRz2 pic.twitter.com/PyUdPHwE9e
— Creative Review (@CreativeReview) September 13, 2020
多様性をコンセプトとしたデザインで、「Dado」と同じくモーションロゴで提示されています。ひとつのデザインではなく、「LA」の「A」がさまざまな姿を見せるとてもユニークなものです。そのデザインコンセプトはアニメーションによって、よりはっきりと示されます。このようにモーションロゴは現在ひとつの大きなトレンドとなっています。
ブランディングの老舗Landor社がロゴ制作を担当
公式エンブレムに決まった「Futura」ともうひとつの候補「Dado」は、いずれも世界的なブランディング会社Landor(ランドー)が手がけました。Landor社は英WPPグループ(WPP plc)のメンバー企業で、各国のメジャーな企業にブランディングを提供しています。
Landor社のルーツは、グラフィック・デザイナーのウォルター・ランドー(Walter Landor)が1941年に創業したブランディングの草分け的企業Landor Associates(ランドー・アソシエイツ)社です。これまでに同社は、アトランタ夏季五輪(1996年)、長野冬季五輪(1998年)、ソルトレイクシティ冬季五輪(2002年)のエンブレムもデザインしています。
伝説のブランドデザイナー、ウォルター・ランドー
設者ウォルター・ランドーが手がけた伝説的なブランディングの例は数多くあります。米国カリフォルニア州のケーブルカーや路面電車などを運営しているサンフランシスコ市交通局(San Francisco Municipal Transportation Agency)のロゴが代表的なデザインのひとつです。
Sundry Photography – stock.adobe.com
市民から親しみを込めて使われている愛称「Muni」(ミュニ)が、文字と図形のはざまで見事にデザインされたロゴは、ウォルター・ランドーが1975年に生み出したもので、現在でも使われています。
ほかにも、イタリアのナショナルフラッグキャリアであるアリタリア航空(Alitalia)、英国のブリティッシュ・エアウェイズ(British Airways)、コカ・コーラ(Coca-Cola)、リーバイス(Levi’s)などのブランド・リニューアルが有名です。
また、1959年にサッポロビールが初めて発売した缶ビールのデザインもウォルター・ランドーによるものでした。サッポロ缶ビールの広告にはその後本人も登場しています。サッポロビールを皮切りに、多くの日本企業がランドー社にブランディングを依頼しました。
フトゥーラ? フツラ? フーツラ?
デザインの世界にいる人であれば、「Futura」から自然と書体「Futura」を思い浮かべるのではないでしょうか。そこで、「Futura」の表記について、蛇足的考察または雑学のタネ的情報を追加しておきたいと思います。
ミラノ・コルティナダンペッツォ冬季五輪のエンブレムのデザイン名「Futura」は、前にも述べたように未来を意味するイタリア語の「futuro」の女性形「futura」です。イタリア語での発音をカタカナにするとフトゥーラまたはフトゥラといったところでしょう。
一方、書体としての「Futura」は、従来から「フーツラ」と表記されることが一般的です。現在でも「フーツラ」といえば、パウル・レナー(Paul Renner)がバウハウスの思想に基づいて1927年に生み出した幾何学的サンセリフ書体のことを意味していることがほとんどでしょう。著名なタイプディレクター小林章氏の著作では「フツラ」と表記されています。
ところで、エンブレム「Futura」のワードロゴは、幾何学的な書体で組まれてはいますが、これは書体「Futura(フーツラ)」ではありません。ですから、誤解を招かないように、エンブレムの名称のカタカナ表記としては少なくとも「フーツラ」は避けるのがいいのではないでしょうか。
【参考資料】
・Milano Cortina 2026 Winter Olympics logo revealed (https://www.creativereview.co.uk/milano-cortina-2026-winter-olympics-logo-revealed/)
・Olympic Channel – Milano Cortina 2026 emblem – And the winner is… (https://www.olympicchannel.com/en/stories/news/detail/milano-cortina-2026-winter-olympic-games-emblem-revealed/)
・Home – Milano Cortina 2026 Olympics and Paralympics Winter Games – Logo Voting Website (https://www.milanocortina2026.org/en/)
・Winter Olympic logo for Milan Cortina 2026 revealed following public vote | Design Week (https://www.designweek.co.uk/issues/29-march-4-april-2021/winter-olympic-logo-milan-cortina-2026/)
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