バイクレースの「MotoGP(モトジーピー)」が、新デザインのロゴを含め、ブランド・アインデンティティを全面的にリニューアルしました。
MotoGP(ロードレース世界選手権)は、専用サーキットで速さを競うオートバイレースとしてはトップカテゴリーです。最近では、レース中の最高速度が時速360kmを超えるようになりました。新幹線「のぞみ」の営業最高速度が時速285kmであることを考えると、すさまじいスピードです。
ブランド・アイデンティティのリニューアルを伝えるMotoGP公式サイトの記事は、「地球上でもっともエキサイティングなスポーツへようこそ」という文言で始まっています。
それでは、MotoGPの新しいロゴやブランド・アイデンティティについて見てみましょう。
あらゆるファンに向けてのメッセージ
The new branding also includes logos for Moto2, Moto3 and MotoE#MotoGP pic.twitter.com/8Thxb8p90E
— Everything Moto Racing (@everythingmrace) November 17, 2024
2024年のシリーズ最終戦がおこなわれた夜に、リブランディングがアナウンスされました。それと同時に、「ファンに向けての声明」と題されたMotoGPの公式動画が公開されています。
動画は「爪を噛む人たちへ。徹夜をする人たちへ。指の間から見守る人たちへ⋯⋯」というナレーションで始まります。
映し出されるのは、緊張感、レースへの情熱、決定的な瞬間への恐怖と興奮などを見せるファンのさまざな表情です。
さらに、呼びかけは続きます。
スリルを求める冒険者、生まれながらにして二輪を愛する人、四輪に慣れた人、レース当日のカウントダウンを楽しむ人、最後のスプリントを見守る人、晴れた日だけ応援する人、スタートからゴールまで目が離せないほど夢中になっている人、先人の偉業を見てきた者、そして、これからの新しいファン、「家でやってみよう」と挑戦する人、表彰台を祝う人、ソファから観戦する熱狂的なファン。
グリッド状のライダーたちの緊迫したシーンをはさんで、シグナルのブラックアウトでレースが開始されます。
ライダーたちの戦う映像に、新しいロゴタイプのパーツが重ねられていきます。
「追撃のために」「勝利のために」というテキストが表示され、その後に現れるのが、英語・イタリア語・インドネシア語・スペイン語・日本語で示された「私たちみんなのために」という言葉です。
最後に、「Faster. Forward. Fearless.」(速く。前へ。恐れることなく。)というタグラインとともに新しいロゴタイプが登場し、動画は終わります。
まったく生まれ変わったロゴデザイン
Faster. Forward. Fearless.
NUEVO LOGO 🔥#MotoGP #MotoGPArgentina #GPArgentina pic.twitter.com/dFFqTmFzFV
— MotoGP Argentina (@argmotogp) November 21, 2024
新しいロゴは、MotoGPのロゴタイプのみのミニマルなデザインです。これまで使われきたロゴデザインとは、まったくコンセプトも方向性も異なっています。
初代「世界グランプリのロゴ」はライダーとの組み合わせ
MotoGPを主催している国際モーターサイクリズム連盟(FIM)は、1949年に発足。ロードレース世界選手権も、2001年までは、WGP(World Grand Prix、世界グランプリ)と呼ばれていました。
当時のロゴは、「FIM」の文字とイラストとの組み合わせでした。FIMの「I」の文字は、正面から見たときのバイクのタイヤに見立ててあります。
ロゴの下部には「World Championships(世界選手権)」という文字が添えられていました。
先代のMotoGPロゴはチェッカーフラッグとの組み合わせ
2002年には、MotoGPへの名称変更とともにロゴデザインもリニューアルされました。
大小のひし形で構成されたデザインはチェッカーフラッグを表現しています。そこにMotoGPの文字が組み合わされていました。
2007年に若干のアップデートがほどこされました。文字色がすべて赤になり、「GP」のみ大文字に変更。黒のひし形のエッジに丸みがつけられ、ロゴタイプの書体変更とともに、全体になめらかさが加わっています。
しかし、全体としては、2002年バージョンを引き継いだデザインです。
新デザインはミニマルなロゴタイプ
リニューアルされたロゴは、文字要素のみとなりました。そのロゴタイプ自体も、過去のデザインとのつながりがまったくありません。
公式サイトでデザインについての具体的な解説が読めます。
「M」の2本のストロークがななめに傾いていますが、これは並んだ2台のバイクの姿からインスピレーションを得ているといいます。
バイクレースでコーナーを攻めるときには、一般道ではありえない角度でマシンを傾けます。斜めになってせめぎ合うバイクの映像や画像を見たことのある人も多いのではないでしょうか。
ふたつの「o」は、バイクの二つの車輪を、その間の「t」はライダーを表現しています。バイクの乗り心地を表現するとき、乗馬になぞらえて「人馬一体」ということばがよく使われますが、その一体感も踏まえたデザインです。
アウトライン書体で組まれた「GP」は、レースがおこなわれるトラックを表現しています。(なお、ここでいう「アウトライン書体」とは、はじめからフチどり文字としてデザインされた書体のことです。「アウトラインフォント」または「ベクターフォント」というデータの種類を指すものではありません。)
新しいロゴタイプは全体で、動き、エネルギー、興奮といったバイクレースの魅力を伝えています。
公式動画の新デザインロゴが登場する直前のアニメーションは、各パーツがなにを象徴しているかがわかるようなスーパーインポーズとなっています。
従来のロゴの課題
Today on Brand New (Reviewed): New Logo and Identity for @MotoGP by @pentagram https://t.co/NFpzqE75mW pic.twitter.com/BZAb3Bo6Mh
— UnderConsideration (@ucllc) November 21, 2024
今回のリブランディングは、世界的なデザインスタジオPentagram(ペンタグラム)と共同でおこなわれました。
Pentagram公式サイトには、MotoGPのリブランディングについての記事が掲載されています。
そこでは、これまでのブランディングについて、次のような問題点が述べられています。デジタル環境では視覚的な明瞭さに欠けていること、サブカテゴリーであるMoto2やMoto3のロゴとの関連性が徐々に薄くなってきていること、などです。
これまで使われてきたチェッカーフラッグとロゴタイプとの組み合わせは、デジタルデバイスの小さな画面ではたしかに見にくいでしょう。
MotoGPよりも排気量の小さなバイクで競うMoto2とMoto3のロゴは、「Moto」の部分こそMotoGPと共通の書体ですが、チェッカーフラッグ要素との組み合わせではありませんでした。「2」「3」が角丸のひし形に入れられていますが、MotoGPロゴとのデザイン面での一貫性はあまり感じられません。
スポーツ競技の特別な事情
また、モータースポーツならではの特別な事情もあります。
サーキットに足を運ぶまでもなく、中継画面を見ると、非常に多くのロゴが目に入ってきます。
ライダースーツにもバイクにもチームのロゴが付けられています。さらにチームのスポンサーのロゴ、ライダー自身のスポンサーのロゴ、サーキットのオフィシャルスポンサーのロゴなど、ありとあらゆるブランドがひしめいています。
野球やサッカーなどでも事情は同じですが、とりわけ多くのロゴがあふれているのがモータースポーツ界です。
世界中のサーキットごとにスポンサーやサポーターブランドは少しずつ異なりますし、チームやライダーのスポンサーも常に変化し続けています。
Pentagramは次のように述べています。
「さまざまなチーム、スポンサー、パートナーのロゴが溢れる業界の中で、目立ち、視覚的な雑多さを超えて際立つことは、刺激的な挑戦でした」
新しいブランドアイデンティティは、世界のどこへ行っても、シーズンが変わっても、常に認識されやすい印象的なデザインにする必要があったのです。
デジタルファーストで全面的にリブランディング
MotoGPのリブランディングについてのPentagramの記事の見出しは次のようなものです。
「世界最高峰のバイクイベントを、デジタルファーストのグローバルエンターテインメントブランドへと再構築する」
今回のリブランディングでは、ロゴデザインのリニューアルだけでなく、カスタム書体、カラーパレット、ロゴやテキストの動き、レース実況中継時の順位表示や、選手紹介のビジュアルまで、トータルに再構築されました。
また、サブカテゴリーであるMoto2、Moto3、MotoE、eSportをMotoGPと統合した包括的なブランドアイデンティティシステムとしています。
MotoGPのロゴタイプについて言えば、視認性にすぐれたミニマルデザインにするとともに、小さく表示しても認識しやすい「MGP」というバージョンも作られました。
柔軟でダイナミックなカスタム書体
新しいカスタム書体「MGP Display」は、ロゴタイプにインスピレーションを得て作り出されました。数々の受賞に輝く英国のフォントファウンドリF37®との共同開発によるものです。
書体MGP Displayはバリアブルフォントで、ウェイトだけでなく、文字幅も変化します。
また、オルタネート(異体字)を豊富に持っていることも、このフォントセットの特徴です。「A」「W」などは、傾きなどが異なる字形をそれぞれ4つも持っています。「K」「M」「S」「R」「V」も3つずつあります。バンクするバイクや、サーキットのコースを思わせるデザインです。
リガチャ(合字)も多く準備されています。
こういった柔軟性の高さが、バイクレースのダイナミックな魅力を伝えるのに大きく貢献しています。特に、モーションデザインで新しい書体の力が発揮されます。
公式動画では、この書体MGP Displayが自在に変容して、バイクレースのスピード感や興奮を伝える演出のひとつとなっています。アプリや中継画面でも、動きのあるテキスト表示は、ブランド・アインデンティティとして機能しています。
グラデーションで構成された「カラーホイール」
MotoGPのブランディングでは、「カラーパレット」ではなく「カラーホイール」が採用されました。
カテゴリーごとにグラデーションを設定
各カテゴリーのロゴタイプは一貫性のあるデザインにリニューアルされましたが、配色については、それぞれ異なる「カラーホイール」が設定されています。
Pentagramは次のように説明しています。
「静的で固定された色の値を定義するのではなく、色相環の異なるセクションをビジネスエリアやサブブランドごとに割り当てました」
ブランドカラーのパレットは、ソリッド(あるいはベタ塗り)カラーが採用されるのが一般的です。MotoGPのカラーパレットは、基本的にグラデーションで構成されています。
たとえば、Moto2は深めのレッド系、Moto3はオレンジ系、MotoEはブルー系、MGP eSportは、パープル系のグラーデーションがメインで、無彩色のグラデーションがサブとなっています。カテゴリーによっては、ソリッドカラーがアクセントカラーのように追加されているものもあります。
MotoGPのマスターブランドはあらゆる色を許容
マスターブランドであるMotoGPのカラーホイールは、いくつかの点でとても興味深いものです。ひとつは、ほとんど色相環そのままのレインボーカラーとなっていること。もうひとつは、それとは別にコース上(on-track)のカラーホイールが設けられている点です。こちらは深紅色からダークオレンジへのグラデーションと無彩色グラデーションとの組み合わせです。
マスターブランドの色彩設計については、Pentagramは次のようにコメントしています。
「チームのカラーに対するアプローチは、マスターブランドをニュートラルに保つことで、各チーム、スポンサー、サーキットの多彩な色合いの『虹』の外側に位置させるというものでした。」
前のセクションで紹介したように、サーキットはさまざまなブランドロゴや、チームのカラーリングで色があふれかえっています。色相環のカラーホイールとすることで、MotoGPブランドがどのような色の組み合わせとも調和することを目指しているのです。また将来、チーム状況やサーキットの環境が変化しても、それに対応する柔軟性と持続性を持たせることができるとしてます。
このカラーホイールという考え方は、商品のパッケージデザインにも応用できるかもしれません。さまざまなブランドカラーが満ちあふれているという点では、陳列棚も同じです。
MotoGPが実際にはどのようにカラーホイールを運用しているかを研究するのもよいかもしれません。
アニメーション化でスピードとエネルギーを感じさせる視覚要素
きついコーナーを高速で通過するために路面すれすれまで傾けられたマシン、高速回転するエンジン音、恐れを知らないライダーの精神力と身体能力など、バイクレースの魅力は数多くあります。
しかし、なんといってもその驚異的なスピードがあらゆる人の心をとらえるのではないでしょうか。
今回のリブランディングでは、スピードとエネルギーにインスピレーションを得たアニメーション化による視覚効果が多く取り入れられいて、ブランディングの重要な要素となっています。
Pentagramは、バイクレースと色について次のようにコメントしています。
「競技中のバイクが高速で通り過ぎるとき、色と音が混ざり合うようなぼやけた印象を生み出します」
MotoGPの公式動画を見ると、流れる色の束が各所で効果的に使われています。カスタム書体が躍動し、ロゴもアニメーションとして表示されます。
変幻自在なカスタム書体やグラデーションによるカラーホイールなども、スピードを感じさせる要素となることを前提に考えられているのです。
F1オーナーのリバティメディアによる買収
MotoGPの商標権を持ち、運営・管理しているのはスペイン、マドリードに本社を置くドルナスポーツ(Dorna Sports)という企業です。
2024年4月に、米国のメディア企業であるリバティメディア(Liberty Media)が、このドルナスポーツの買収を発表しました。
リバティメディアは、2017年にフォーミュラ・ワン(F1)を買収しています。F1は2018年に、ロゴを含め全面的なブランドリニューアルをおこないました。
米国には、インディカー(IndyCar)というフォーミュラーカーのレースがあり、F1は欧州のレースであるととらえられています。リバティメディアは、ネット配信によるドキュメンタリーの放映や、SNSでの情報発信に力を入れました。
2018年に比べて、2022年には米国でのF1視聴者数が倍増するなど、米国でのF1人気が上昇しています。2023年以降は、米国でグランプリが3回開催されるようになりました。これは世界のF1開催国の中でもっとも多いグランプリ開催数です。
F1に共通するMotoGPのトーン&マナー
MotoGPのファンに向けての動画には、現役のF1トップドライバーがさりげなく登場しています。カルロス・サインツ選手、ランドー・ノリス選手、マックス・フェルスタッペン選手が、ピットを訪れてライダーたちと交流する様子です。
これは、F1とMotoGPが同じオーナーになることを印象づけようとしているのかもしれません。
なお、欧州連合(EU)の独占禁止法に関連する調査がおこなわれることが決まったため、2025年1月9日時点ではリバティメディアによるドルナスポーツの買収は完了していません。
また、MotoGPでは2023年度からメインレースとは別に「スプリント(Sprint)」がおこなわれています。メインレースの決勝よりも短い距離で順位を競うレースです。開催形式は異なりますが、「スプリント」はF1でもおこなわれています。
「Sprint」のロゴデザインを見ると、「P」「R」のボウル(囲み部分)が綴じられていません。書体は異なりますが、F1の「Sprint」ロゴと同じ処理となっていて、どことなく共通の印象を与えています。
世界最大規模のデザイン事務所「Pentagram」
.@AngusHyland and team have designed a new identity for @MotoGP, transforming the world’s greatest motorcycle event into a digital-first global entertainment brand: https://t.co/ci66Bnc4kV pic.twitter.com/L8s6zLPWzp
— Pentagram Design (@pentagram) November 18, 2024
今回のロゴリニューアルを手がけた「Pentagram」(ペンタグラム)は、グラフィックデザイナーのアラン・フレッチャー(Alan Fletcher)などが1972年にロンドンで設立した世界最大級の独立系デザインスタジオです。ブランディングから書籍デザイン、広告、プロダクトデザイン、インテリア、建築、環境デザインまで幅広く活動しています。
Pentagramの手がけたPayPalのロゴリニューアルの記事もご覧ください。
【参考資料】
[MotoGP公式サイト]
MotoGP™: FASTER. FORWARD. FEARLESS. (https://www.motogp.com/en/news/2024/11/17/motogp-faster-forward-fearless/513673)
[公式動画]
A manifesto for the fans | MotoGP™ (https://youtu.be/FvhAawaumT0)
[Pentagram]
MotoGP — Story (https://www.pentagram.com/work/motogp/story)
Pentagram — The world’s largest independent design consultancy (https://www.pentagram.com/)
—
MotoGP Reveals Bold New Logo as Part of 2025 Brand Revamp – iMotorbike News (https://news.imotorbike.com/en/2024/11/motogp-reveals-bold-new-logo-as-part-of-2025-brand-revamp/)
MotoGP unveils all-new logo as part of brand refresh (https://www.motorsport.com/motogp/news/motogp-unveils-all-new-logo-as-part-of-brand-refresh/10673898/)
MotoGP’s New Logo: Evolution or Controversy? – National Motorsport Academy (https://motorsport.nda.ac.uk/news/motogp_new_logo-2024/)
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