英国人グラフィックデザイナー、アラン・フレッチャー(Alan Fletcher)は、米国で最先端のグラフィックアートを学び、第二次世界大戦後の疲弊した英国にグラフィックデザインと広告の新しい風を吹き込みました。
現在の英国グラフィック界の礎(いしずえ)を築くとともに、その後も常に現場に携わりながら勢力的に活動を続けます。
彼が2006年9月に亡くなったときに、『インディペンデント(Independent)』紙は「英国グラフィックデザインの父」とたたえました。知的なユーモアとウィットを使ってアイデアを力強く表現するのがアラン・フレッチャーの特徴です。
ロイターのロゴデザイン
世界的通信社のひとつロイター社(Reuters)のロゴを1965年にアラン・フレッチャーは手がけました。
ロイター社のロゴデザイン (via Pinterest)
インターネット以前、さらにはコンピュータ以前の古い通信方法に、紙テープなどに小さなパンチ穴をあけて信号を記録し、遠方と通信するという手段がありました。それを通信会社を象徴するものとらえ、84個のドットからなるロゴが生み出されました。
1990年代には新しいロゴに置き換わり、また2008年にはカナダの企業に買収されトムソン・ロイターとなりましたが、ロイター社のアイデンティティを示すものとして、新しいロゴにもアレンジされながらドットが受け継がれています。
・トムソン・ロイターのロゴデザイン / William – stock.adobe.com
言葉とイメージをウィットに富んだかたちで統合し、パンチの効いた伝え方をする、というフレッチャーのグラフィックスタイルは60年代中期に確立されたと言われています。ロイターのロゴはその代表的な例です。
とある建具店のロゴデザイン
言葉とイメージの合成というスタイルをよく表しているこの時期のロゴがあります。ある建具店のロゴです。
建具店のロゴデザイン (via Pinterest)
フレッチャーたちが構えた最初の事務所に棚を設置してくれたパーサーさん(W.F. Purser)に、ロゴを作ってあげたそうです。微笑ましいエピソードですが、頭文字「P」が木工の接合部として極めてシンプルかつダイレクトに表現されています。
英国のロックバンド、イエス(Yes)のデビューアルバムジャケットのバンド名シンボルもフレッチャーの手によるものです。
イエスのジャケットデザイン (via Pinterest)
ペンタグラム時代のロゴデザイン
アラン・フレッチャーは1972年にデザイン事務所ペンタグラムを共同で設立し、多くの著名な企業の仕事を受注しました。
ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館のロゴ
・ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館のロゴ / chrisdorney – stock.adobe.com
ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(Victoria and Albert Museum)のロゴはフレッチャーの代表的な作品のひとつで、1990年から現在まで使われています。エレガントで歴史的な風合いのあるフォント、ボドニ(Bodoni)をベースに、博物館の愛称「V&A」をひとかたまりのロゴにまとめ上げました。この博物館のサインシステムもフレッチャーのデザインによります。
AABグループのロゴ
AABグループのロゴデザイン (via Pinterest)
また、電力関連の重工業を営む多国籍企業ABBグループのロゴも1987年に制作されて以来、今でも使われています。各アルファベットが十字に区切られているのは4つのビジネス分野を表現するためです。
この時期に制作したロゴは他に、国際的会計事務所アーサー・アンダーセン(Arther Andersen & Co.)、世界的な保険市場ロイズ(Lloyd’s of London)など数え切れません。
ポール・ランド、ソール・バスとの出会い
アラン・フレッチャーはロンドンの2つの美術学校で学び、卒業後にスペインのバルセロナで1年間英語教師を勤めます。その後ロイヤル・カレッジ・オブ・アートの学生となり、3年目に奨学金を得て渡米し、2年間イェール大学で米国のグラフィックアートをたっぷり吸収します。
イェール大学ではロゴデザインの巨匠ポール・ランド(Paul Rand)やバウハウス出身のヨーゼフ・アルバース(Josef Albers)などが教鞭をとっていました。また、大学卒業後ロンドンへ戻る前には短期間ですがソール・バス(Saul Bass)の元でも働きました。
幸運から『フォーチュン』誌の仕事を得る
イェール大学に在籍中のある日、フレッチャーはニューヨークに足を運び、編集社のアートディレクターにポートフォリオを見せていました。そこへソ連の人工衛星打ち上げのニュースが入ります。『フォーチュン(Fortune)』誌の表紙を急遽差し替える必要が生じ、その場にいたフレッチャーが起用されることになりました。
雑誌広告の仕事 (via Pinterest)
当時の美学生の憧れであった『フォーチュン』誌の表紙デザインの仕事をきっかけに、ほかの雑誌広告の仕事も提示されました。潤沢な予算と自由裁量のもとで、様々な色、紙、テクニックを用いて広告を制作した経験はフレッチャーの自信となります。これは戦争の爪あとの残るロンドンでは決して得られないものでした。
2階建バスのピレリの広告デザイン
1962年にロンドンへ戻ると、友人2人とともにデザイン事務所「フレッチャー/フォーブズ/ギル(Fletcher/Forbes/Gill)」を設立します。彼らの自由でウィットに富んだデザインは、60年代のロンドンに旋風を巻き起こしました。
自動車タイヤブランドとして有名なイタリアのピレリ(Pirelli)社のシューズの広告が有名です。
ピレリ社の広告デザイン (via Pinterest)
ロンドン名物ダブルデッカーの車体には、ピレリのシューズを履いた乗客の腰から下がペイントされました。本物の乗客が2階の席に座っているのを外から見るとスケルトンのように見えて、しかも皆ピレリのシューズを履いているというわけです。インパクトがあり、笑いをさそうアイデアです。
世界的デザイン企業 – ペンタグラム(Pentagram)について
1972年には5人のメンバーとデザイン事務所ペンタグラムを立ち上げます。ペンタグラムは成長を続け、押しも押されもしない巨大デザイン会社となり、今でも世界中で活動を続けています。
ペンタグラム時代に広告代理店オグルビー&メイザーの依頼で制作したポラロイド(Polaroid)社のポスターがあります。カラーフィルムの新製品の広告キャンペーンです。
ポラロイド社のポスター広告デザイン (via Pinterest)
ロールシャッハテストの画像をカラーにしてみるというアイデアで発色の良さをアピールしました。
フレッチャー自身がこの広告に関して気に入っていた点は、これは何の絵なのかと質問されたときに「さぁ?」と微笑みながら肩をすぼめることだったそうです。フレッチャーのいたずら心がうかがえます。
アラン・フレッチャーの個人スタジオと著作
フレッチャー自身は1992年に20年間在籍したペンタグラムを去ります。自宅兼スタジオで、クライアントワークから離れて自由に精力的に創作を続けます。印刷物の切り抜きなど様々なデザインや素材をスクラップし、好きなハンドライティングやコラージュで作品を作り、気が向けば面白いと思える仕事を請け負いました。
「Daydreams」(夢想)という作品がありますが、文字とイメージの統合、そして遊び心が見て取れます。
作品を見る (via Pinterest)
1994年以降は、建築やアート関連書籍を出版しているファイドン社(Phaidon Press Limited)のクリエイティブ・ディレクターとして美術書の出版に携わりました。
フレッチャーは1960年代からグラフィックデザインやアートに関わる書物を多く著しています。2001年に出版された『The Art of Looking Sideways』(違った見方)という大作は、自身が制作した作品や古今東西の作品、それに添えた知的な文章で構成されています。
アラン・フレッチャーの言葉
フレッチャーの言葉をいくつか紹介します。
「デザインとは何かをすることではなく生き方だ」
「デザインとは、アイデアを思いつくことと、そのアイデアを実現する方法を生み出すことの間で起こることである」
ポスターに自分の手描きを多用する理由を問われたときには次のように答えました。
「すべてをそぎ落として絶対的本質を極めるのが好きなんだ。なぜならそれがスタイルにとらわれるのを避ける方法だから」
最後にもうひとつ。
「想像力のない人は、お湯につけないティーバッグのようなものだ」
アラン・フレッチャー(Alan Fletcher)
1931年~2006年
英国
グラフィックデザイナー
【参考資料】
・Alan Fletcher、Wikipedia – https://en.wikipedia.org/wiki/Alan_Fletcher_(graphic_designer)
・Alan Fletcher – https://www.alanfletcherarchive.com
・Alan Fletcher, Inkbot Design – https://inkbotdesign.com/alan-fletcher/
・Alan Fletcher, YouTube – https://youtu.be/ub8NGZzqbkw
・英国デザインの巨匠、アラン・フレッチャー回顧展、Excite ism(エキサイトイズム) – http://ism.excite.co.jp/art/rid_Original_01712/
・Pentagram (design firm)、Wikipedia – https://en.wikipedia.org/wiki/Pentagram_(design_firm)