『スパイダーマン』『バットマン』『アベンジャーズ』『アイアンマン』『マイティ・ソー』『ハルク』。いずれもスーパーヒーローたちが活躍するヒット映画ですが、すべてアメリカン・コミックが原作です。アメリカン・コミック(略してアメコミ)は、日本のマンガとは異なるカルチャーを持ちます。日本のマンガ制作チームにはない「レタラー」(letterer)という役割があり、独立した作業を担当しています。ギャスパー・サラディノはアメコミに大きな足跡を残した伝説のレタラーです。
Wikipedia / Gaspar Saladino at NYCC, 2014, photo by Todd Klein. (CC BY-SA 4.0)
コミックブックについて
日本では、複数のタイトルが1冊にまとめられて漫画雑誌として発刊され、その後タイトルごとに単行本が出版されるのが一般的です。一方アメコミでは、ひとつのタイトルが32ページの薄い月刊誌「コミックブック」(comic book)としてドラッグストアなどで売られ、のちにエピソードに沿ってまとめられてコミック専門店や本屋などで販売されます。
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ですから、コミックブックの表紙には作品タイトルのロゴが印刷され、セリフや擬音の書体もタイトルごとにスタイルが決められます。また、大手出版社のコミックブックはフルカラーが一般的です。
アメコミには「DCコミック」(DC Comics)と「マーベル」(Marvel)という2大出版社があります。この2大出版社はヒーローものがメインですが、独立系の出版社からもさまざまなジャンルのコミックが発刊されています。マーベルはいまウォルト・ディスニー・カンパニーの傘下にあり、アメコミ原作の映画が数多くヒットしていることから、赤地に白文字の「MARVEL」のロゴのバッグやTシャツを目にする機会も多いと思います。
アメコミの分業システムとレタラーの役割
マンガの制作工程も日本とは違います。アメコミでは分業の担当者にはそれぞれ肩書きがあり、その分担だけを生業としている人が少なくありません。作品の実制作は、ライター(writer)、ペンシラー(penciller)、インカー(inker)、カラリスト(colorist)、レタラー(letterer)によって分業されます。
ライターは脚本を書きます。おおまかなプロットだけという人からネームまで作る人までスタイルは様々あります。
ペンシラーはライターの脚本に基づいてストーリーを視覚化します。主に鉛筆で下絵を描く担当です。
インカーは下絵に対してペンや筆で絵を完成させます。彩色はカラリストがおこないます。現在の主流はコンピューターによる着色です。
レタラーについて
吹き出しやオノマトペ(擬音語・擬態語)など文字まわりを担当するのがレタラーです。分業せずに一部または全部をひとりでおこなう作家もいます。ペンシラーがインカーやカラリストまで兼業している場合はアーティスト(artist)と呼ばれることがあります。
レタラーは、文字という意味のレター(letter)、レタリング(lettering)とつながりのある言葉です。セリフ、オノマトペ、ナレーション、表紙ロゴなど担当するレタラーは、縁の下の力持ちとしてとらえられがちですが、文字を添えているだけではありません。書籍のタイポグラファーとは役割が異なります。
レタラーは他の担当と一緒に積極的に作品づくりに関わっています。ストーリーに合ったフォントを選び、吹き出しの形や位置、大きさを決めます。タイトルロゴを作成し、オノマトペを描き起こすのもレタラーです。視線の流れと速度をコントロールしてストーリーのリズムを作り出します。マンガの視覚要素のひとつを受け持っているのです。30年代から90年代にはペンシラーの作業が終わると、インカーがペン入れする前にレタラーがレタリング作業をおこなっていました。
『Swamp Thing』(スワンプ・シング)のロゴデザイン
ギャスパー・サラディノがデザインしたロゴでもっとも有名な作品のひとつが『Swamp Thing』(1971年)のタイトルです。
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沼地の植物と人間が同化した生命体を主人公にした物語なのですが、サラディノが手描きしたロゴは、その生命体の一部が文字化したかのような質感が与えられています。主人公のスワンプ・シングのフキダシについてライターのレン・ウィーン(Len Wein)からこれまでとは違うデザインを求められたのだとサラディノは語っています。
「そこで私はスワンプ・シングのフキダシを震える二重線にして、恐ろしさを強調しました。また、レン・ウィーンはフキダシの位置にとても強いこだわりを持っていました」(ギャスパー・サラディノ談)
また、この作品でサラディノは “特定の登場人物に対して特定のフォントや吹き出しを使う” というアイデアを考えつきました。サラディノは生涯すべて手描きでレタリングしていました。フキダシの形、強調したいセリフ、オノマトペなど、さまざまな工夫を凝らしました。サラディノの特徴のひとつとして、感嘆符「!」のドットを大きく描くというものがあります。
サラディノが手がけた作品は『Metal Men』『Iron Man』『Avengers』など数え切れません。
『Arkham Asylum』(アーカム・アサイラム)での評価
ギャスパー・サラディノのキャリアの中で高く評価されている作品に『Arkham Asylum: A Serious House on Serious Earth』(1989年)があります。グラント・モリソン(Grant Morrison)がストーリーを作り、デイブ・マッキーン(Dave McKean)が作画したグラフィック・ノベルです。
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バットマンとジョーカーの狂気を軸にしたサイコホラーで、衝撃的なストーリーと非常に印象的なアートワークで注目を集めました。この作品でもサラディノは登場人物ごとに異なる文字を設定していますが、物語・アート・文字が三位一体となった芸術性の高い世界を作り上げています。
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全てを任されたページ・ワン・レタラー
ギャスパー・サラディノは1927年にニューヨークで生まれました。スクール・オブ・インダストリアル・デザイン(現在のハイスクール・オブ・アート・アンド・デザイン)を卒業後、米国陸軍の広報として日本に駐留していたこともあります。しばらくファッション業界でイラストレーターとして働いたのち、1950年ごろにアメコミ出版社のひとつDCコミックスにレタラーとして職を得ます。
最初はページ単位で報酬をもらう臨時契約でしたが、週5日毎日働きました。編集長が変った1966年ごろからサラディノは表紙のレタリングやロゴ、広告などを任されるようになり、やがて「ページ・ワン・レタラー」(page one letterer)として「DCコミックス」の全タイトルの表紙のタイトルロゴ、レタリング、効果音を作成するようになります。それは2002年まで続きました。
サラディノの前任者アイラ・シュナップ(Ira Schnapp)は『スーパーマン』や『ザ・フラッシュ』のタイトルロゴを作成したが、そのアール・デコ風のスタイルとサラディノの有機的なスタイルはまったく異なるものでした。60年代から70年代には、もうひとつの代表的出版社「マーベル」(Marvel)でも名前を伏せてワン・ページ・レタラーとしていくつかのタイトルで表紙を手がけています。70年代から80年代に登場した独立系出版社でも全タイトルを任されたりしました。
9月1日は「レタラー感謝の日」
9月1日は「Letterer Appreciation Day」(レタラー感謝の日)だそうです。ギャスパー・サラディノの誕生日でもあるこの日、ネット上にはお祝いのメッセージやレタラーの仕事についての説明、好みレタラーについての投稿などがあげられたりします。コミック用フォントのデザイナーでフォントサイト「Blambot」を開設・運営しているネイト・ピーコス(Nate Piekos)氏が数年前に提唱しました。Blambotはピーコス氏の別名でもあります。Blambotのフォントはコミックだけではなく、ゲームや広告、パッケージ、雑誌、プロダクトなどで広く使われています。
Gaspar Saladino(ギャスパー・サラディノ)
1927年~2016年
米国
レタラー、ロゴデザイナー
【参考資料】
・Gaspar Saladino、Wikipedia(https://en.wikipedia.org/wiki/Gaspar_Saladino)
・An Interview With Gaspar Saladino – The Legend of Lettering & Logos ― Nerd Team 30(https://www.nerdteam30.com/creator-conversations-retro/an-interview-with-gaspar-saladino-the-legend-of-lettering-logos)
・DIAL B for BLOG – THE WORLD’S GREATEST COMIC BLOGAZINE | SAGA of the SWAMP THING(http://www.dialbforblog.com/archives/496/)
・DIAL B for BLOG – THE WORLD’S GREATEST COMIC BLOGAZINE | INTO THE ASYLUM!(http://www.dialbforblog.com/archives/500/)
・Blambot Comic Fonts & Lettering(https://blambot.com/)
・13 THINGS You Didn’t Know About Comics Lettering | 13th Dimension, Comics, Creators, Culture(https://13thdimension.com/13-things-you-didnt-know-about-comics-lettering/)
・アメコミ入門 – 第3回 分担作業も多種多様、アメコミ作りの分業制 | ComicStreet(外漫街)(https://comicstreet.net/discover/comics-usa/usa-comics-introduction-3/)
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