検索にGoogleを「使わなかった」日は最近ではいつでしょうか。『Pokémon GO』(ポケモンゴー)はあなたのスマホにインストールされていますか。ある調査では2016年にGoogleを使った検索回数は少なくとも1年間で2兆回だったという推計を発表しました。また同じく2016年にリリースされたゲームアプリ『Pokémon GO』の2018年5月の月間アクティブユーザー数は1億4700万人という調査結果もあります。
デニス・ウォンは、この2つのアプリのデザインにかかわったグラフィックアーティストです。
ホリデーロゴ「Google Doodle」(ドゥードゥル)のデザイン
デザインを見る (via Pinterest)
祝日や記念日などなにか特別な日にGoogleアプリを開くとアレンジされたロゴが表示されることがあります。この「ホリデーロゴ」とも呼ばれることもある装飾されたロゴは「Doodle」(ドゥードゥル)と呼ばれています。英単語「doodle」は考え事をしたり退屈なときに手すさびに描く落書きの意味です。Googleロゴにちょっとアレンジが加わったものから、ほとんど独立したアプリと言っていいものまで多彩です。
Google社サイトによると、これまでになんらかのイベントで表示されたDoodleの数は4000点を超えるといいます。パソコンではブラウザのアドレスバー(またはアドレスフィールド)にキーワードを入れれば検索できてしまうので、Googleのトップ画面には最近アクセスしていないという場合は「google.com」と入力してみてください。そこで「I’m Feeling Lucky」ボタンを押すと過去のDoodle(ドゥードゥル)が一覧できます。
Google社内にはDoodleを作成するための「Doodlers」(ドゥードゥラーズ)と呼ばれるイラストレーターとエンジニア、アーティストで構成されるチームがありますが、このチーム結成のきっかけとなるDoodleをデザインし、チーフとしてチームを率いてきたのがグラフィックアーティスト、デニス・ウォンです。
遊び心から始まった「Doodle」デザイン
Doodleが初めて登場したのは1998年です。Googleは法人化する前で社員も100人足らずでした。
Burning Man icon / StephanCom (CC BY-SA 2.5)
ともにスタンフォード大学の卒業生であるGoogle共同創業者のサーゲイ・ブリン(Sergey Brin)とラリー・ペイジ(Larry Page)はネバダ州の砂漠で開催される「Burning Man」(バーニングマン)というフェスティバルに参加するために会社を2、3日離れます。
・初代Google Doodle / Wikipedia
フェスティバルのシンボルをGoogleのロゴに加えることでどこにいるかをほのめかしました。フリーハンドで描いたユーモラスなものです。これがロゴとイラストを組み合わせた最初のDoodleとなりました。
ユーザーに好評だったのでGoogle社はその後も折々でDoodleの作成をグラフィックアーティストに外注しました。このころのDoodleのデザインは素朴なものでした。ブランディングのために重要な企業ロゴはガイドラインで運用の仕方などが規定されているのが一般的です。そのため、ロゴデザインは触るべからざるものという認識がもたれていた中で、「ロゴで遊ぶ」というのは驚くべきことでした。
大好評を博したウォンの仏革命記念日のDoodleデザイン
デニス・ウォンは大学3年生となった2000年にGoogle社でインターンとして働き出しました。アシスタントWebマスターとしてプログラミングの仕事をしていましたが、ウォンがスタンフォード大学でアートとコンピュータサイエンスの両方を勉強していることを知ったサーゲイ・ブリンが、フランス革命記念日(7月14日)のDoodleを試しに作らせます。
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そのデザインはユーザーからも非常に好意的に受け入れられました。その結果、Doodleを制作するチーム「Doodlers」が設けられ、ウォンはそのチーフデザイナーとして年に50点のDoodleを制作するようになりました。
当初は中国の春節(旧正月)、聖バレンタインデー、イースター、米国独立記念日、感謝祭、復活祭、クリスマスなどの大きな祝祭日のDoodleが作られていました。2001年にウォンは韓国の光復節のDoodleも作成します。
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また、制作チームのアーティストへの敬意を表して、モネ、ゴッホ、ダ・ビンチ、ミケランジェロ、ピカソ、ウォホールなどの誕生日にもDoodleが表示されるようになります。ウォンはあるインタビューで「アーティストの誕生日が自分にとってもっとも大切だ」と語っています。また、「アーティストのスタイルを真似て表現するのにとてもプレッシャーを感じる」とも述べました。
ウォンはWacomタブレットとスタイラス、またはタブレットPCを使ってフリーハンドで描いていました。紙に鉛筆で描いたように見えるツールやテクニックを使ったと言います。韓国の学校ではウォンの落書き(doodle)のクセに対して教師は嫌な顔をしていたのですが、両親は落書きをむしろ応援していました。そして、それがウォンがDoodlerとなって活躍するのに役立ったのです。
アプリ「Ingress」「Pokémon GO」をデザイン
・イングレスのロゴ / Wikipedia
ウォンは2005年から2011年までGoogle社のWebマスターとして働いたのち、社内スタートアップ「Niantic Labs」(ナイアンティック・ラボ)の一員となります。最初のプロジェクト「Ingress」(イングレス)では、創設者ジョン・ハンケ(John Hanke)のアイデアに基づいて、ゲーム中のアイテムを具体化していきました。そのデザインには韓国で生活していた時期に触れた『ガンダム』『攻殻機動隊』といった日本のアニメにインスパイアされた部分もあったとのことです。
また、アプリのアイコンやゲームに登場するマークなどもウォンの手によるものです。人を室内から外に連れ出し、自然や世界とつながりを持ってほしい、というハンケとプロジェクトのコンセプトに感銘して参加したウォンでしたが、屋外でのAR(仮想現実)を利用するゲームならではのデザインやUX(ユーザー体験)の開発にはそれまで経験がなかったため当初は苦労したと言います。
2015年にハンケのプロジェクトはいよいよ「Niantic Inc.」として独立し、2016年には全世界にセンセーションを巻き起こした「Pokémon GO」をリリースします。
株式会社ポケモンとの共同で開発されたゲームアプリは「ポケットモンスター」(略称ポケモン)のキャラクターを位置情報とAR技術と組み合わせたゲームです。ポケモンは1996年に任天堂から発売されたゲームソフト「ポケットモンスター」が原点です。その後世界中で人気を得て、アニメやカードゲーム、キャラクターグッズなどに展開されました。子供のころからポケモンに親しんできたアプリのメインターゲットはすでに20代になっていました。そのため、ウォンはアプリの「ルック&フィール」が子供っぽくならないように注意を払ったと言います。
Stanisic Vladimir – stock.adobe.com
「ユーザーのアバターは13歳ではなく20代です。インターフェースはゲームよりも地図アプリに似ていて、成功しているモバイルアプリのデザインパターンをふんだんに取り入れています。それはすべて幅広いユーザーにアピールするために意識的におこなったことです。うまくいきました」(デニス・ウォン談)
「Gmail」の初代ロゴを作成
ウォンはGoogleから提供されている無料メールサービス「Gmail」の初代ロゴも作成しました。
dennizn – stock.adobe.com
Gmailは2004年4月1日にベータ版がリリースされましたが、ウォンがそのロゴを作ったのはリリース前日でした。当時のGoogleのロゴと同じ「Catull」書体を使ってテキストを組みましたが、小文字の「a」がカリグラフィーの面影を持つCatullではクセが強かったので、「G」のみ残してほかはサンセリフの「Myriad Pro」に変えることにしました。
その後Gmailロゴには数回のリニューアルがおこなわれ、2013年からはワードロゴではなくなり、同社のマテリアルデザインを感じさせるシンボルマークだけになりました。
rvlsoft – stock.adobe.com
しかし、封筒のフラップ(フタ)を利用して大文字「M」を表現しているウォンのデザインは不変です。
スタンフォード大学で美術とコンピュータサイエンスを学ぶ
Dennis Hwang by echo4ngle (CC BY 2.0)
ソウル大学教授の父親を持つデニス・ウォンは米国で生まれ、幼いころからは韓国で育ちます。中学生のときに父親の仕事の事情で家族とともに米国へ戻り、スタンフォード大学で美術とコンピュータサイエンスを学びました。早くも1年生のときに絵画の透視法を3Dで表現した動画を制作します。当時の貧弱なハードとソフト環境では難しいことで非凡な才能の表れでした。
2000年、同大学3年生のときにインターンとしてGoogleで働き、「Doodlers」のチーフを任されます。2005年から2011年までGoogle社のWebマスターとして働いたのちに、「Niantic Labs」に改名する前の社内スタートアップ「Ingress」に参加。アプリのビジュアルやUXを担当します。
同プロジェクトが2015年に「Niantic Inc.」として独立した後も「Pokémon GO」の開発に関わるなど、Niantic Inc.社のビジュアル・インタラクションデザインを担当しています。
デニス・ウォン(Dennis Hwang)
1978年~
韓国・米国
グラフィックアーティスト
【参考資料】
・Dennis Hwang、Wikipedia(https://en.wikipedia.org/wiki/Dennis_Hwang)
・Interview: Google’s doodle designer | Technology | The Guardian
(https://www.theguardian.com/technology/2008/sep/05/google.doodle)
・The Art of the Doodle | STANFORD magazine(https://stanfordmag.org/contents/the-art-of-the-doodle)
・Doodle(https://www.google.com/doodles/about)
・Google Doodle、Wikipedia(https://en.wikipedia.org/wiki/Google_Doodle)
・The Road to Pokémon Go―and Beyond | WIRED(https://www.wired.com/2016/12/the-road-to-pokemon-go-and-beyond/)
・Who designed the Gmail logo? – Quora(https://www.quora.com/Who-designed-the-Gmail-logo#ans941549)
・「Ingress」のビジュアルは日本のアニメが影響? – ケータイ Watch(https://k-tai.watch.impress.co.jp/docs/interview/686603.html)