ゲームセンターで遊んだことはありますか。画面を見ながらストリートファイトをしたり、太鼓を叩いたり、ステップを踏んだりといったスタイルは今ではアーケードゲームの中ではごく普通です。このようなタイプのマシンが初めて登場したのは1971年の米国でした。
そして、1972年にテニスのような業務用ビデオゲーム「Pong」(ポン)を製造し大ヒットを飛ばしたアタリ(Atari)社のロゴを生み出したのがジョージ・オッパーマンです。
アタリ社には、事業の分割や売却、買収など時の流れの中で紆余曲折がありましたが、オッパーマンのロゴのエッセンスは現在でも同社のロゴマークとして維持されています。
「Fuji」ロゴと呼ばれるシンボルマーク
アタリ社が1972年に発売した業務用ビデオゲーム「Pong」は世界で初めてヒットしたアーケードゲームと言われています。それを受けて、アタリの伝説的創設者ノーラン・ブッシュネル(Nolan Bushnell)氏は新しいロゴを求めます。ジョージ・オッパーマンは当時オッパーマン-ハリントン(Opperman-Harrington)社という自らのデザイン事務所でデザインを請け負っており、アタリ社はクライアントのひとつでした。
・ATARIのロゴマーク / monticellllo – stock.adobe.com
オッパーマンはロゴリニューアルの依頼を受けて、アタリ社のデザインディレクター、ジョージ・ファラコ(George Faraco)たちと一緒に6ヶ月以上かけて150を超える案を作ります。その中から選ばれたのが、1973年の新製品「Space Race」とともに使われ始め、現在まで続くロゴデザインでした。
その形状から日本の富士山になぞらえて「Fuji」という愛称で呼ばれることもあるシンボルマークですが、その由来には諸説あります。「Pong」はテニスや卓球のようなゲームで、画面中央にネットのようなラインがあり、左右から小さなブロック(ボール)をパドルで打ち合って得点を競います。
オッパーマンは、アタリ社の頭文字「A」をモチーフに案を練っていきました。そうやってアイデアを検討していく中で「Pong」の画面を見てこのデザインを考えたのだと、後のインタビューで答えています。また、別のところでは、日本の文字に見えるようにしたかったとか、富士山を表現したのだとも述べています。一方、「Pong」説はオッパーマンの後付けであり、意図的にいろいろなロゴの起源の物語を作ったというのがジョージ・ファラコの見解です。
ミッキー・マウスよりも認知度が高かったアタリのロゴ
アタリ社は1977年に映画配給などをおこなっている米エンターテイメント企業のワーナー・コミュニケーションズ(Warner Communications)に買収されます。ワーナー・ブラザーズ(Warner Bros.)は買収によって当時ワーナー・コミュニケーションズと名乗っていました。その後も家庭用ゲーム機部門とパソコン部門の分離、幾度かの買収などによってオーナーが変わりました。
アタリのロゴの変遷 (via logodesignlove.com)
時代が進むにつれ、シンボルマークの左右のカーブとセンターとの間隔が変わったり、ワードロゴのプロポーションが水平方向に拡がったりしました。2002年にはワードロゴのまん中の「A」の場所にシンボルマークが置かれましたが、2010年には再びシンボルマークとワードロゴが分離されました。
現在のシンボルマークではセンターのラインがすそ広がりになっています。しかし、そのようなマイナーな手直しはおこなわれましたが、ジョージ・オッパーマンのロゴの基本的なデザインは変わることはありませんでした。
おもしろいエピソードがあります。ワーナー・コミュニケーションズがアタリ社を買収したのはオッパーマンのロゴが使われ始めてわずか4年後のことでしたが、同社のそれまで企業イメージを変えようとしました。最初におこなったのはアタリの名前とロゴの調査でしたが、わかったことはブランド認知度がミッキーマウスより高いという事実でした。アタリ社がオッパーマンに3千ドルで依頼したロゴに対して、ワーナーは10万ドルの費用をかけて変更する必要がないことを知ったというわけです。
写実的でドラマチックなイラストのパッケージデザイン
パッケージデザインを見る (via Pinterest)
ロゴを制作したあともオッパーマンとアタリ社とのパートナーシップは続きました。1976年には退社したファラコに代わって同社のアート部門を率いることになります。デザインとイラストレーションの両方が得意なオッパーマンは、広告やプロモーションのデザインはもとより、家庭向けビデオゲームのパッケージや、業務用のゲームマシンの外装などもディレクションします。ピンボールマシンの盤面のデザインも手がけました。
アタリ社は、家庭用ビデオゲームのパッケージデザインに費用を惜しみませんでした。クォリティの高いイラストを使った映画ポスターのようなコラージュになっています。また、ゲームタイトルなども同一の書体で一貫したデザインが保たれています。当時のビデオゲームの画面は、極めてシンプルなピクセルアートやドット絵のような表現しかできませんでしたが、パッケージや販促物のビジュアルはとてもリアリティにあふれたものです。
「基本的に消費者向けプロダクトであり、レコードアルバムと同じ注意と配慮が必要だと感じていました」(ノーラン・ブッシュネル氏談)
パッケージデザインを見る (via Pinterest)
エンターテイメント業界に新規参入したビデオゲームは映画やレコードなどと競合していたために、パッケージを一目見ただけでコンテンツが理解できて魅力的に感じられるよう、美しく想像力をかき立てるものにする必要があったのです。ブッシュネルはオッパーマンのデザインを非常に気に入っていました。彼のデザインには力があったとして次のように述べています。
「アートのためのアートではありませんでした。ユーザーのためにゲームに入っているものが何なのかを力強く伝えていました。ユーザーに遊びたいと思わせました。イメージを使った本当のコミュニケーションだったのです」(ノーラン・ブッシュネル氏談)
オッパーマンの偉業を伝える書籍『The Art of Atari』
デザインを見る (via Pinterest)
2016年に出版された『The Art of Atari』という書籍が、それまであまり情報のなかったジョージ・オッパーマンの功績を明らかにしました。初期のパッケージやアーケードゲームマシン、ピンボールマシン、広告、などのアートワークが集められた本です。イラストレーターたちについても詳しく述べられています。デザイナーでライターのティム・ラペティーノ(Tim Lapetino)氏が著した本です。その中でオッパーマンのデザイン哲学が紹介されています。1981年のアタリ社内報に記載されたオッパーマンの言葉です。
「私たちはビジュアルによるセールスマンです。…[略]… アタリのゲームの質と価値を説明しようと皆で力を合わせています。グラフィックはプレーヤーを引きつけ、アタリのゲームはどれもが冒険であると感じさせるものでなければいけません」(『The Art of Atari』より)
社名「アタリ」は囲碁の言葉から
アタリ創業者のノーラン・ブッシュネル氏は囲碁を趣味としていました。社名の候補として「先手」「アタリ」「ハネ」を挙げていました。
「アタリ」は相手の石をほとんど囲んでいて、あと1手で石を取ることができる状態のことです。
『The Art of Atari』には、オッパーマンのロゴ案がいくつか掲載されていますが、碁盤や家紋となんとなくつながりを感じるものもあります。
社名とロゴのアイデアを見る (via Pinterest)
実際にアタリになる前の社名「Syzigy Engineering」のロゴには碁盤と碁石がデザインされています。オッパーマンがこのことを知っていた可能性は高いですから、ロゴ案を考えている時に、囲碁や家紋、富士山、日本の文字など日本に関するものが頭に浮かんでいたのかもしれません。
また、デザインが視覚化されるときには複数の観念やイメージが同時に作用するでしょうし、それは無意識のうちにおこなわれていたかもしれません。オッパーマンがのちに複数のロゴの由来について語ったのは、もしかするとどれも本当だったかもしれないと考えるのもおもしろいです。
ゲームの魅力をグラフィックデザインで伝える
ジョージ・オッパーマンは1935年にカナダで生まれました。トロントのオンタリオ美術デザイン大学 (Ontario College of Art & Design)で美術を、米国アイオワ州のドレイク大学でグラフィックデザインとマーケティングを学びました。1966年にカリフォルニア州パロアルトでデザイン会社を工業デザイナーたちと共同で設立しました。
そこを去ったのちオッパーマン=ハリントン社を設立し、シリコンバレーの業務用部品会社などの広告デザインを扱います。
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1976年にはアート部門のディレクターとしてアタリ社に入り、家庭用テレビゲームのパッケージ、アーケードゲームの外装デザイン、パソコンの広告やプロモーションなどのディレクションと制作をおこない、アタリ社のブランドアイデンティティの創造・維持に大きく貢献ました。
「アタリでは、あらゆるインダストリアルデザインとグラフィックスが、どのゲームでも冒険を感じさせることに役立つと考えています」(ジョージ・オッパーマン談)
ジョージ・オッパーマン(George Opperman)
1935年~1985年
米国
グラフィックアーティスト
【参考資料】
・George Opperman、Wikipedia(https://en.wikipedia.org/wiki/George_Opperman)
・The Atari logo: behind “the Fuji” | Logo Design Love(https://www.logodesignlove.com/atari-logo)
・The Art of Atari: A celebration of game packaging’s golden age – Polygon(https://www.polygon.com/2014/3/26/5482198/the-art-of-atari-a-celebration-of-game-packagings-golden-age)
・If Atari Isn’t a Japanese Company, Why Does it Have a Japanese Name?(https://mcurrent.name/atariname.html)
・『Art of Atari』Tim Lapetino著、Dynamite Entertainment出版
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