「コーポレート・プロパガンダ」という言葉を見聞きしたことはありますか? おもに戦争または政争などに関連して「プロパガンダ」が使われます。
一方、「企業」を意味する「コーポレート」と組み合わせた「コーポレート・プロパガンダ」がおこなわれるのは、消費者を対象とした市場です。
90年代に「芸能人は歯が命」というキャッチフレーズが話題となったテレビCMがありました。こういったプロモーションをコーポレート・プロパガンダとして見ることができます。
一般にプロパガンダとは「政治的宣伝」
現在よく使われているケースでのプロパガンダの意味をざっくりと言い換えると、「政治的宣伝」です。人々を特定の思想や主義、考え方に導く意図的な活動のことをいいます。
「『〇〇エネルギーは環境によい』というのは、△△主義派のプロパガンダだ」とか「『A国が非人道的武器を使用している』というプロパガンダにだまされるな」といった使われ方をよく目にします。
プロパガンダの語源であるラテン語の「propagare」という動詞は、「動植物を繁殖させる・種をまく」という意味です。プラスのイメージもマイナスのイメージもない、ニュートラルな言葉でした。
17世紀のヨーロッパで起こった宗教的対立の中で、ローマ教皇がプロテスタントに対抗するために「布教聖省」を設けます。この名称には「プロパガンダ(propaganda)」という言葉が使われました(布教聖省=Sacra Congregatio de Propaganda Fide)。「布教」「啓蒙」といった意味をまとったために、プロパガンダが中立的な意味を失ったのはこのときであると考える研究者もいます。
その後、18世紀末のフランス革命のころには、陰謀組織や結社の名前にプロパガンダが使われるなど、歴史のさまざまな局面で指し示すものが少しずつ変わりますが、社会主義革命や世界大戦などを経て、プロパガンダには「政治的宣伝」という色合いが強くなりました。これは現代まで続きます。
とくに、第二次世界大戦後の米国では、ナチスドイツの宣伝戦略をプロパガンダと呼んでいたので、日本でもこの言葉にはネガティブなイメージがつきました。
ブラック・プロパガンダとホワイト・プロパガンダ
戦時には、国民の意志を統一するために盛んにプロパガンダがおこなわれます。インターネットやSNSが発達した現代では、国外からの情報をシャットアウトすることは事実上不可能になりました。
そのため、敵国の戦意を失わせたり、外交的に優位に立つために、他国の人々に向けてのプロパガンダが重要な意味を持つようになっています。SNSや報道などで目にすることも多いでしょう。武器というハードパワーだけでなく、情報というソフトパワーが、戦争や外交で大きな意味を持つのが現代です。
ただ、こういった目的でおこなわれるプロパガンダでは、その情報の真偽は判然としません。どちらかというとフェイクニュース的なニュアンスでとらえられることが多いでしょう。
しかし、すべてのプロパガンダがウソや誇張というわけではありません。情報の精度によってプロパガンダを「色分け」する考え方もあります。
戦時の情報戦のように、結果を得るために手段を選ばずといった、ウソや誇張された情報は「ブラック・プロパガンダ」と呼ばれます。情報の発信源も不明瞭なことが多いです。
一方で、情報の出どころを明らかにして、ファクトに基づいた情報で、人々を説得しようとするものを「ホワイト・プロパガンダ」と言います。身元の明らかな企業が、スペックや効能などを訴えて、消費者から好意的な評価を得ようという宣伝活動もホワイトプロパガンダです。
もちろん、企業のおこなう宣伝活動であっても、それが誇大広告であればグレー・プロパガンダ、ウソや詐欺であればブラック・プロパガンダとなります。
企業がおこなうのが「コーポレート・プロパガンダ」
前述のように、商品やサービスを市場に受け入れてもらい、利益を得る目的でおこなうのが「コーポレート・プロパガンダ」です。
ファクトに基づいた宣伝なので、ホワイト・プロパガンダとされています。もし、グレーやブラックのプロパガンダを展開すれば、遅かれ早かれ市場から淘汰されるでしょう。
企業はコーポレート・プロパガンダを通して、自社の商品やサービスに対する消費者の印象を肯定的なものに導きます。競合よりもすぐれたものである、という意見や共感を増やしたり強めたりすることを目指しています。
プロパガンダを効果的におこなうには、消費者心理についての深い洞察が必要です。直接的間接的に、ものの見方や感じ方に影響を与えて、願う方向へと消費者を動かします。
単純な例でいえば、競合製品を苦労しながら使っているシーンのあとに、自社製品を使っているユーザーの笑顔を見せるCMなどは定石です。または、具体的な製品やサービスではなく、【長年にわたって砂漠の緑化に貢献している】という情報を提供することで、企業イメージを高める…ということもコーポレート・プロパガンダのひとつと言えます。
新しい価値観を示したキャンペーン例
「コーポレート・プロパガンダとは企業による宣伝行為である」という簡潔な説明も目にします。これは結局のところ、企業のマーケティング・コミュニケーション全般を、「コーポレート・プロパガンダ」と言い換えているだけのように感じます。
【コーポレート・プロパガンダの目的は、市場や消費者の考えや印象を変えること】という点にフォーカスすると、宣伝広告のなかにも、「プロパガンダ的」なものとそうでないものとの違いがあるように思います。
あくまでも私見ですが、企業の宣伝広告活動のうち、価値観の転換に重点が置かれたものが「狭義のコーポレート・プロパガンダ」と言えるのではないでしょうか。
「芸能人は歯が命」
米国で初めて「歯のホワイトニング」という言葉が登場したのは19世紀の中ごろだそうです。歯科専門誌で歯を白くする方法が紹介されました。それ以降、ホワイトニングに関して、さまざまな新しい技術が開発されます。
日本では、歯のホワイトニングに関心が向き始めたのは1世紀以上遅い、1990年代になってからでした。1985年にサンギ社が「アパガード」という美白歯磨きを発売します。10年後に展開した「芸能人は歯が命」というキャンペーンで大ヒットとなりました。
アパガードの成功の裏には、それまで意識されていなかった「歯の美白」という新しい価値観を市場に浸透させたコーポレート・プロパガンダがあると言えます。
「こどもといっしょにどこいこう。」
価値観の転換を訴求したキャンペーンとしては、本田技研工業が1996年に発売し、大ヒットした「ステップワゴン」があります。
キャッチフレーズは「こどもといっしょにどこいこう。」でした。ファミリーカーといえばセダンという時代です。そこに、家族みんながハッピーになる使いやすさを最優先にした、商用車由来のミニバンを新時代のファミリーカーとして訴求したのです。
性能や機能、グレードで差別化を図ることがあたりまえとされたころに、ステップワゴンのある生活の喜びを全面的に訴求した、楽しい雰囲気のキャンペーンでした。仕様やスタイリングなど、ヒットの理由は複合的とはいえ、車選びに新しい基準をもたらしたのは画期的です。
「朝シャン」
バブル期の1987年に新語・流行語大賞に選ばれた「朝シャン」ということばがあります。「朝のシャンプー」の略語です。
バブル期前夜の80年代中期に、女子高生のあいだで、朝にシャンプーするのが広がっていました。これを知った住宅設備機器メーカーのTOTOが、1985年にハンドシャワー付き洗面台「シャンプードレッサー」を発表。翌1986年には改良版を発売、大ヒットとなります。また、同年これに呼応して、資生堂から朝専用シャンプー「モーニングフレッシュシャンプーリンス」が発売されます。
もともとは女子高生のあいだで広がっていた習慣ですが、それを新しい習慣として、ほかのユーザー層に定着させた、複数企業によるプロパガンダと言えます。
滋賀県「石田三成」
石田三成は徳川家康に敵対したため、江戸時代以降、戦国武将のなかでも悪人あつかいされてきました。
「しかし、本当の姿はそうではなかったのだ」と石田三成の再評価をうながすCMを滋賀県が2016年に公開します。新しい調査研究などを踏まえ制作された、とてもユニークな動画は話題となりました。
これも、多くの人が持っていたネガティブな印象を、新しい情報を駆使してくつがえした、平和なプロパガンダのひとつです。
さまざまなプロパガンダの手段
プロパガンダの手段、カタチはさまざまです。
マスメディアを介しておこなわれる広告は代表的なものです。情報の提供者は社名やロゴで明示されています。
ウェブサイトやテレビCMに登場するユーザーのコメント、体験談なども、消費者の心理を肯定的に変えるのに有効です。通販番組内の有名人の驚く表情や感想もプロパガンダとして機能しています。
テレビ番組や雑誌の特集で、製品の開発秘話や創業者の苦労話もプロパガンダと言えます。評論家の分析や評価づけもそうでしょう。
映画やドラマで小道具や衣装として登場する、製品やサービスもプロパガンダの一環として機能しています。タイトルバックで表示される企業名やブランドは、スポンサーというよりも作品製作のサポーターとしてとらえている人も多いでしょう。
業界ではあまり使われていない?
この「コーポレート・プロパガンダ」または「プロパガンダ」という言葉ですが、マーケティングや広告、販売促進、それにかかわるクリエイティブなどの分野では、あまりなじみがないのではないでしょうか。
「今回の新製品について、弊社ではこのようなコーポレート・プロパガンダを展開します」とか「新市場への参入にあたって、効果的なプロパガンダ・ツールを検討しよう」とは言わないと思います。
そもそも、マーケティングや広告が、商品やサービスを購入利用してもらうために、消費者を説得し納得してもらう行為です。ビジネスに関して「宣伝」「広告」「広報」「PR」という言葉が定着浸透しているので、わざわざプロパガンダという言葉を持ち出す必要はありません。
また、製品やビジネスを提供したり、それをサポートする業界では、ストラテジー、プラン、プロモーション、ナーチャリングといった、より具体的な活動を示す言葉を使っています。
「コーポレート・プロパガンダ」という言葉は、ビジネスの当事者ではなく、メディア論やコミュニケーション学・文化論、またはビジネスや広告と社会との関わり合いを研究する社会学といった、第三者の立場からの客観的な考察の場面で使われているようです。
【参考資料】
・津金沢 聡広 責任編集『広報・広告・プロパガンダ(叢書現代のメディアとジャーナリズム 6)』、ミネルヴァ書房
・‘ひと’とITのコラム ‘ひと’とITのコラム 第45回 「事実」は一つだけれど「真実」は人の数だけある - 正しく情報と付き合うために -:日立アカデミー (https://www.hitachi-ac.co.jp/news/column/2022/colum_2204.html)
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